早すぎた遅刻(memo)
僕は気付くとベランダに出ていた。震える手でたばこを一本口元に持っていくとライターで火をつけた。涙が流れて止まる様子を見せない。
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兄ちゃん母さんの肖像描けって!俺観たいし!そうだなアツシの言いたいことはわかる俺も観てみたいよ。父さんそうだよねぇ。
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僕は席を立ってベランダに行った。
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兄ちゃんの母さんのこと知ってる?麻美さん?
私が在学中から「母の肖像シリーズ」を描けっていったのも聡がお母さんに確執があったから。詳しくは知らないけれど‥‥。
これはいい機会だ。俺話すよ。火葬場での出来事。
兄ちゃん小さいころから絵上手くてさ。ことある度に画家になる画家になるって言ってたんだよね。母さんはそれが嬉しかったらしくてね、聡は立派な画家になるんだ、それが私の夢でもあるって。
それが高校になると重荷になってたらしくて‥俺の夢なのかお袋の夢なのかわからなくなったって言って嘆いてた。たださ、いっつもダメになろうとすると支えてくれるのはお袋の夢だって笑ってた。
黙ってたろ、ガンのこと、アニキには、おふくろが。だからさ。だからさ。アニキ怒ったんだ。いつか絵を描いてやるって言ってたのに死んじまったから。
それ以来俺言ってるんだぜ。おふくろを何故描かないのか。「母の肖像シリーズ」で他人の母親ばかり描いて有名になっちまってさ。ただ、約束を果たせなかったアニキの気持ちはわからないではないけど。
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僕はベランダから居間に戻った。
皆がこちらを見て、寒かったでしょと。
「描く‥描いてみるよ」
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(略)
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画廊には様々な表情をした母、つまり女性の肖像が飾られている。
その中の一点。”バレリーナが踊るオルゴール”を写実的に描いた「母の肖像」と名付けられた作品があった。作者の母の宝物だったらしいそのオルゴールは絵の中でひときわ輝いて見えた。作品の下に貼られた値札には「内閣総理大臣に売約済み」とある。
おわり
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