早すぎた遅刻(memo)

その日は晴れていた。
何をするでもない在廊中という看板に分不相応の画家が
一人在廊しているだけのこと。分不相応というのは特に
画家っぽくない見た目、それに起因する。妻には俳優か役者、
営業か客商売でもやればよかったのにと言われる。
褒めているのだろうけれど特に嬉しくはない。
妻との結婚の際、告白したのは僕で付き合うことを提案したのも僕だ。

そんなことを思っていると、ドアの鈴が鳴った。若い2人組の女性だ。
僕は目を合わせないように気をつけながら手元のスケッチブックにドローイングをはじめる。

心ばかりの小さな挨拶と記名をすますと彼女らは画廊の中をしげしげと動き始めた
30分ぐらいしただろうか、彼女らが僕のところにやってきて不思議そうにこう言った。
「何かにおいませんか?」
そういえば確かに糞尿臭い。
僕はいつも何か足らない。
「あ!漏らしちゃったかも」

「びっくりしましたさっきは。てっきりあなたが漏らしたものだと。」
「まぁ、ええ、そうですね。頼子、ちゃんとご挨拶なさい。」
頼子は今年で3歳になる娘で画廊に連れてきていた。
すると娘は「いや。」
「パパが気づいてればちゃんとトイレできた!!」
の意固地を貼る。
「なにぶん人見知りなもので、はい、すみません。」
彼女らは「かわいい娘さんですね、素敵な絵をどうも」とドローイングを受け取り
出ていった。

「絵、売れてるみたいですね」
学芸員さんがたずねてきた。
「そうですね。運がついていたからかもしれません。実際。」
彼女は深く頷くと
「運ですか、実力だと思いますよ。本当に。あなたの描く絵は不思議と魅力がある。」
僕は重々承知の上で、
「あぁそういうことでしたか、運ですよ。実力のある人間はたくさんいる。
僕に敵う画家になると非情に少ないでしょうがね。」
頼子がこちらをじーーっと見る。
「パパ、絵が売れたならお小遣いお小遣い。お菓子お菓子。」
学芸員さんはそれを聞くと
「パパの絵売れて嬉しい?」
頼子は絵がパパより上手いと普段豪語している。
「どっちでもいい。」

「アイスを買おうアイスを。夕食前で怒られるから絶対にママに言うなよ」
頼子は「これ、これかって。ダダイズムダダイズム」とねだる
レジを終え袋を開くと「おいしいねぇおいしいねぇアイスおいしいねぇ。」
と一人おいしそうに食べはじめる。ちなみに僕は食べていない。
自転車を力を入れて漕ぐ、人一人の体重、その重みを感じながら漕ぐ。
買ったアイスは4つ。言い訳しのぎにまぁ大丈夫だろう。

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「ただいま!!アイス買ってもらった」

夕食前だと言ってあるでしょ。と、僕は5分程説教を受ける。(頼子…)

頼子はこちらを見ると、お母さんに嘘をつかない約束してるもん。と。

頼子は正直者だなぁ‥ほら、君のぶんもアイス買ってあるし。

で、絵は売れたんですね。と、いうことは……。無駄遣いを控えてよ。

わかりました。無駄遣いは減らします。

そう言えばこの間カードゲームだったっけ?そのイラストのお金が入ったわよね?

それは‥その…本を買いまして‥‥

いくら?

五万円‥‥。

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人は己と戦わなければならぬときがある。僕はベランダで煙草を吸うことにする。


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