2-3月音楽記録
1.“恋人のランジェ”ハチ
ボカロというジャンル、にわかもいいとこなんだけど、ボーカロイドというか初音ミクの声には、とても思い入れがある。例えば銀杏boyzが好きな人が、峯田さん自身の内面性を意識して聴いてしまう、というのは多いんじゃないかな。それと同じで初音ミクの歌を聴いてると、その内面性について意識がいってしまう、それは別に初音ミクはこんな人なんじゃないかな、みたいな具体性を持ったものではないんだけど、歌声から人格の切れ端のようなものが無意識の場所へ入ってくる。自分の声がどうやって響いているのか意識をしていない、無防備な純粋さのようなもの、そんなことを漠然と感じる瞬間とかがあったりする、内面への意識の向かい方。なんかその分、こういう曲だけを初音ミクの声で聴きたいというのがあって、ハチのこのアルバムはドンピシャ。
マイナー調なAメロ、簡素に鳴ってはすぐに闇に吸い込まれていくようなピアノや一定のドラムパターンで作られる音像はどこかがらんどうのように空虚。そこから一旦テンポが落ちて、サビで開けるようなメジャー調になってテンポも上がる構成はわかりやすいけど、ブワッと感情が上がってく。サビのメロディはもちろん綺麗だし、後ろで鳴ってる鉄琴のメロディもきらきらしてて綺麗。「ひとつになること」は表情が浮かんでくる、「隠せないんだ」ってところは初音ミクが口を大きく開けて歌ってるようでとても好き。
2月はあまり音楽を聴かなかったのだけど、その間音楽を聴くときはこのアルバムを聴いていることが多かった。
2.“Way Down in Stockholm”Will Epstein
ジャンルとしてはexperimental popとのこと。繰り返し歌われる“Goodbye to all the sunshine”というフレーズがとても好き、その繰り返しの中でアレンジが変わっていく、2回目はキラりと光るようなピアノの音。3回目は重いビートと、高いキーでのピアノのコードのベタ押しで盛り上がりは確信的、みたいな。どこか懐かしい気持ちになるのは、盛り上がる曲調の中で、常にのっぺりとして平面的なサックスの音によるものかな。
3.“Beach Life-In-Death”Car Seat Headrest
13分の長めな曲だけど、通して飽きることなく聴いているので、どうにか全部咀嚼してまとめたいなと思っていたら本当に何から書き出せばいいのかわからずに数日経ってしまった。
ジャキジャキしたバッキングギターのイントロとともに始まる歌、どこか渋みや重厚さのある語りのよう、そこにはstrokesやnationalにも通じるようなスマートなかっこよさを感じる、けど見え隠れするどこか情けない感じ、パワーポップ的な切なさのあるコード感も相まって。
13分の曲の中で曲は抑揚を繰り返す、彼のボーカルも。ボーカルの声色、その変わり方には、彼の気持ちやテンションの移りを容易に感じ取ってしまう。時に張り上げられるその歌声は、でも心の中での叫び、そこに表れるのは、さっき言ったナードな情けなさ。3本のギターで飽和する疾走感のあるガレージロックはたまらなくかっこいい、だけどそのボーカルやコーラスのアレンジ、コード感がもたらす印象はとても内省的で、ワクワクするけど、目を閉じて内側で爆発したくなる。
曲が進んでいく中で、やっぱりテンションの移り変わりが顕著に現れるボーカルの叫びが、曲調の変わり目のタイミングとしても、印象付けている。前半の”I don’t want to go insane!”、轟音とその叫びがめちゃくちゃかっこいいのに、同時にとても切ない。その轟音も疾走感もふわっと終わる曲調の変わり目で、ジュワーと散っていくようなギターだけが鳴って飽和した中で気だるいベースとボーカルが響く、何度も言うけど本当に内省的な雰囲気で、心の中にいるよう。
その後のカラッと開けたような演奏と渋くて情けないボーカルは、ダラダラ続いてくただの現実みたい、そのカラッとした感じがね。
そのカラッとした空気を、一瞬で浸すように歪みとリバーブをかけたギターがふくよかに鳴り響き始める。その中で1回目の”we said we hated humans, we wanted to be humans”を繰り返すボーカルは、同様とても重厚に響く。でもその声はどこか奥から聞こえてくるみたい。水に沈んでいる、でも水面へ上がっていこうとはせず今はただ体を抵抗なく投げ出している、だけどもちろんこんな場所は苦しくてやっぱり心の中で叫んでいる。気持ちは内側へ内側へといく、とても好きなところ。
そしてsay “Ma this is my brother”の大爆発、その後2回目の“we said we hated ~”のパートが再び来るのだけど、伸びやかなテンポ感のまま、特にドラムは明らかに激しくなって、演奏は飽和感を増している、沈んでいるだけか、周りの水が温度を持っていく、水に持ち上げられていく。
そのまま演奏は終わる。けど、また演奏が始まる、あの切ないメロウな雰囲気で終わってたまるか、とあの疾走ガレージパンクが戻ってくる。曲の初めのイントロと似ているけど、今回は最初からボーカルが爆発している。演奏もどこかローファイ的で激しい雰囲気を感じる。そのまま演奏はどんどん盛り上がりを加速していって、疾走感と轟音に打ちのめされる。
ナードロックな作品なのだけど、ボーカルのナードなだけじゃなくて重厚な声はどこか「大人なんだけどこんな風に弱いんだよ」と言っているような雰囲気を感じる。でもライブ映像見たら想像以上のナード(2011年のスリーピースでのライブ映像)。ダメダメさが見えれば見えるほど愛おしくなる。最高にかっこいいギターロックだけど、心の優しいところを温めるような安心感
4.“Sapphire Waters”Observatories
2月、3月は何か新譜を聴こうとか、暇な時間に音楽を聴こうって思うことが少なくて、その分ほんの少し本を読む時間が増えたりしてその間にアンビエント聴いてた、のひとつ。
自然音に被さるようにベールみたいな電子音が鳴ってる、ビート感がなく、好きなタイプのアンビエント。最初は自然音が電子音と同じくらいの比率で聴こえてるんだけど、途中から電子音が広がっていって、その電子音のベールの中でランダムに電子音が鳴る。こうやって文字に起こすまで特に意識することなかったけどアンビエントってそういうものだしね、こういう無感情なアンビエントが読書とかには向いてる。何もせずにぼーっと聴く時間も良いすね。
5.“Toumei”Oh, Yoko
これも本読む時とかに聴いてた、アンビエント。アルバムとしてアンビエントポップとしての要素も強い、曲によってはビート感も強いし、詩とメロディを持った女性ボーカルも。だけどその歌に関して、単語として聞き取れても、その意味は次の瞬間には霧散しているような感覚があって。歌声が電子音とかと同じレイヤーに属しているように聴こえていく、音としての歌声。声を聴いていたかと思えば、次の瞬間には声ではない、例えば電子音を耳が捉えている、ような。声は意味を持つ言葉を歌っている、だけど自分はそれを追ってはいない。でも、たまに声の語尾とかで、音としてではなく声としての歌として耳がとらえる。その瞬間、何が大切なことを言った後のような雰囲気に包まれる気持ちになる。
6.“アンダースタンド”ASIAN KUNG-FU GENERATION
hoo hoo、めっちゃウィーザーっぽいなと思って聴いてた。街中でギターロック最高の気持ちに
7.“Morning Bell / Amnesiac”Radiohead
曲の中でマイナーとメジャーを何度も行き来するのだけど、メジャーに切り替わった時も、その唐突さには、いきなり体が軽くなったような心地よさと同時にそれを疑うような気持ちにも。光は見えているけどこのままそこへ進んでいくと元いた場所には戻れなくなるような、そういう道を夢見心地で進んでいる感覚になる。メロディアスなベースの音、邪気のないシンセの音、祝福するようなタンバリンのシャラシャラとした音、それらで飽和していくアウトロは本当に夢見心地。その中で、遠く鳴るサイレンの音の警告はもうあまりにも弱くて。
8.“The Bay”Siv Jakobsen
自然音が耳に入ってから間髪を入れずに流れ始める妖しいギターのアルペジオ、高いフレットでポロポロと鳴っているような弦楽器はハープの音か、頭の中で響くような重ねられた声、それらが生み出すのは影を強く意識するような儚い幻想性。ポーッと鳴る管楽器は夕空に走る雲のような懐かしさを思わせる。彷徨っているような幻想の中、何かの前兆のように管楽器が伸びやかに重い低音を響かせる。そして直後、音が広がっていく。乱れ響くハープの音、層を重ね、空気のように広がっていく美しいボーカル、それらの音の輪郭が掴めなくなる、さっきまで微かに聴こえていた自然音が聴こえなくなってしまい、一体何が鳴っているのか掴めない、霧散していく音の中で意識は混濁し加速していくような心地。
昼の短い眠りから覚めた後のように、音は元の輪郭と空気感を取り戻す、自然音が聴こえている。その短い眠りの中で確かに夢を見たはずで。
Gardening,インディーフォークのアルバム。効果的に使われるハープや管楽器、さらに浮遊感のある歌声、自然音、多様な音をいろんな距離感で感じる、音響がとても良い。ふくよかな音像が物語を想像させる。その音像は、時折森の中にいるような。その中でsivの声が木漏れ日のようにきらきらしている。曲の変わり目は映画の場面が変わっていく時のような感慨がある。森の中へワクワクをもって進んでいく物語の中盤のような、bad designもとても好き。
9.“On Division St”Nation of Language
シンセポップバンドNation of Languageの2020年のファーストから。この2ヶ月も1月同様何聴くか迷ったらシンセポップを軽く漁ってたのだけど、引き続きこのバンドの曲ばかり。
アルバム全体を通してシンセポップのプシュッとした正確なビートで歩いてる時に聴いてると気持ちが高まってどんどん足が進んでく、普段めっちゃダラダラ歩いてる。重厚に響くボーカルもなんだか安心感があって。この曲はミニマルな伴奏から始まって、そこに入ってくるシンセのリフはbeach houseみたいなエモーショナルさと抱擁感を持ってる、あそこまで壮大じゃないけど。重なる他のシンセの音と伸びやかなボーカルが相まって情感に溢れて心地良い。
10.“No Shade in the Shadow of the Cross”Sufjan Stevens
アコースティックギターとピアノを基調としたシンプルでフォーキーな作風のアルバムから。ハイフレットで奏でられる手数の多いギターのアルペジオ、時折何かを知らせるみたいに響くピアノの単音、ベースから重ねられ、曲の中でさらにその層を増していくスフィアンの繊細な歌声、上へ上へと光をたどるようなメロディ。作品全体で本当に神秘的で、このアルバムを聴いてると一切周りの音も、時間も遮断されるような。
この曲も音の数はそこまで多くないけど、ただちょっとしたギターの抑揚とか、層を増すスフィアンの声、メロディは、感情を容易く動かして、光を辿るような心地になる。というか、アンビエント的な雑音とギターのアルペジオで始まった後に入ってくるスフィアンの声の解像度があまりにも高くて、それが綺麗な空気みたいに耳を埋め尽くしてく。色んな音が効果的に鳴っている、でもそれがひとつの層になって聴こえて、何か見分けようとする意識がどんどんと溶けていく感覚。この、光を纏うような、それに溶かされていくみたいなアレンジたまらない。あまりに綺麗な音楽。
11.“Echo Bravo”Duster
無感情なギターストローク、気だるくて絶望や希望といったものとは違うもっと意識の根本のようなものを感じさせるギターのアルペジオ、遠くから聴こえる咳みたいに乾いて響くドラム、時に激しく鳴らされるシンバルの音も奥のレイヤーから響くようなその音は自分の意識を内へ内へと向かわせる。空間を包むようなアトモスフェリックなノイズ、ひそひそと語られるようなボーカル、時に静かな演奏、時に激しい演奏、なのに同時にそれが静かな瞬間にも感じる。
そしてこの音の響き方。ローファイ的な音響の悪さでは片付けられない、この不安定な音響、振動するようなパン振りや時折耳に空気が詰まったような耳の感触、それらは違和感として耳に作用する。それが不快かというと、そうではない、その耳の内側で起こる不安定さは、自分を意識の蠢きのような場所に連れていく。脳を直接舐められるような不思議な音像、快感。意識の混濁、眠りの一歩手前で無秩序に飛び交う意識だったり、人の胸に耳を当てて耳の感覚が普段のそれとは別のものになっていく時や、朦朧とした意識の中立っている感覚のないまま歩いている時、眠りにつくときぼやける意識の中で同時にワクワクしている時だったり。
このアルバムは、その混濁した意識に浸るような音楽、この温度感に浸る心地良さ。何よりそこには安心感がある。一聴した時、暗い不気味だと思っていたこの音楽は、そういう絶望や希望といったものとは違う場所にあるように今は思う。いや、希望的な瞬間はある、だけど無感情さが共存するようなその希望は、なんだかその言葉が思いついては、すぐにすり抜けていく感覚。ジャンルとしてはスローコアなんだけど、それも形を捉えきれていない。
一番乱雑に書いた、また今度。レビュー書こうと思って毎度少し横になって一曲目から流すのだけど、心地良すぎて何もしたくない何も見たくない、レビューの文字をタイプするために、この混濁から抜け出したくない、と思っていると結局そのまま眠ってしまうみたいな。この文章は一曲に対するイメージよりも瞬間瞬間に思ったことを詰め合わせた感じで実際一曲一曲の印象はもっと具体像を持ったものかもしれない、違う印象かもしれない、でもアルバムの温度感の心地よさ、それに対する安心感は終始感じてた。
横になって、視界を真っ暗にして、イヤフォンをつけ、眠気が来て、もうこのまま何もしなければ眠りに落ちてしまうという抵抗のない意識の中で、その音の不安定さをより生々しく感じる。
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