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ナンパの話

 はじめに、昨夜8時過ぎにラーメンを食べたくなって外に出た。吸い込む度しんと鼻腔にしみる冷気は冬の訪れの気配だ。台風由来の風は止んでいたが、薄着にはことのほか冷えた。昼寝から起きたばかりだったせいか、通いなれた筈の道で道に迷った。なんとかラーメン屋に着いたと思いきや、財布に1円玉しか入っていなかったのを思い出した。仕方なしにローソンでキャッシュを卸して、レンジで温めるラーメンと瓶入りのオロナミンCを買った。駅のベンチでオロナミンCを飲みながらつくづく不思議でならなかったのは、自分に女体が備わっていることや、なにも知らないひとから見たらいっぱしの人間に見えること。その質量を備えて歩いていることだ。
 先日ナンパを受けて以来、ナンパを行う人間はなにを求めているのか暫く考え込んでいた。面識のない人間に話しかけるのは都会では特に難度が高い行為だ。詐欺だと思われて通報されるかもしれないし、はたから見ても女性を狙った不審者だ。
 そこまでして女体で性行為がしたいのか。男性同士の仲間内で自慢がしたいのか。要するに暇なんだろうか。それは人によるだろうが、私に声をかけた人はいったいなにを求めていたんだろう?


「すみません、勧誘とかじゃないんですけど」
 その声が緊張で震えていたので、てっきり道案内かと心積もりをしていたのだった。
「すごくタイプだったので声をかけちゃいました」の第二声が脳に到達した瞬間に「そうなんですか、ありがとうございます」と断りを入れて即座にその場を離れていた。
 その日は友人に服装を褒めてもらったばかりだったので、「すごくタイプ」という言葉にさっきまでキラキラとしていた何かを汚された気がした。私は知らない男性にすごくタイプだと言われたくてこの服装を選んだ訳ではないのだし、自分の好きで着ているファッションをそんな形で消費されるのは納得いかなかった。
 なんなら「声をかけちゃいました」という口上も気に食わない。声をかけてきたのはそちらなのに、何故そこで逃げを打つのか。してしまったと言うなら最初から声をかけなければよろしい。あなたにとってすごくタイプだからと言って、それを言い訳にするのは迷惑だ。そもそもがあなたのタイプなんて知ったことではないし、私のタイプはナンパをしない人間である。
 タイプだとかいう顔もマスクで上半分しか見えないのだ。その上相手がどんな人間かの情報もないのに声をかけるとは蛮勇の極みである。どんなに好ましく思えても、それはたかが皮一枚で覆われた血と肉と骨に過ぎないだろう。こんなことをしばしば考える私のような人間も、女体であるというだけで一方的に価値を見出されもするのかと思うと不思議な心地だった。社会や人生のレールから半分降りたような心構えでいたのにも関わらず、社会の側は見放してくれていないようだ。

 ナンパされた日の夜、急に不安になった。対応を間違えたんだろうか、心ないことをしてしまったんだろうか。筋違いの罪悪感に襲われたのである。たかがナンパされただけでTwitterに10件以上の悪口を書き込んだからかもしれない。私が潔癖で、男性嫌いのきらいがあるから悪し様に思うだけで実際はいい人だったのかもしれない、と考えようと努力した。だが、畢竟私の一番嫌がることをしてくる人は私にとってのいい人ではないのだった。世間には罪悪感を感じさせ、罪悪感で支配しようとする人間がまま存在する。その手に落ち捕まらないように、自身の怒りを自身の怒りとして表明するのは有効かもしれない。だから今これを書いている。

 おわりに、ここまで読んで「でもイケメンなら着いていくんだろ?」「ナンパはキモいけどイケメンならよかったね」と思った人は読解力、又は私への解像度が低すぎるのでどちらかを補ってから読み返すといい。グッドラック。

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