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MUSICMAN Silhouetteというギター
エレクトリックギターの「価値」について語ることの難しさを、楽器店勤務の経験のある私は常に、痛いぐらいに感じる。
だが、一般的な「評価」とギターそのものの価値、いや、この場合は真価というべきだろうか、常に一致するものではないこともまた常々思い知らされもする。
今回はミュージックマン(MUSICMAN)社のロングセラー、シルエット(Silhouette)を採りあげて、私なりのギターの価値の判断について述べてみたい。
以降について先に2点ほど;
シルエットについてはUSA製のみを指すものとし、サブブランドであるS.U.BのX系やスターリンbyミュージックマンのSiloは今回は触れないでおく。
また、文中に出てくる特定のブランド、製品やそのオーナーを貶める意図の無いことをおことわりしておく。
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その前にまずはミュージックマン社(以下MM)の成り立ちについて触れておくべきだろう。
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MMといえばレオ・フェンダーの創始した第二のブランドとすぐに連想されることも多いが、実際はいささか複雑な事情がある。
自身の名を冠したフェンダー(FENDER)社をコロムビア・ブロードキャスティング・システム(CBS)に売り渡す際、レオはCBSと10年間のアドヴァイザリー契約を結ぶ。
実際のところ、これはレオを他社に引き抜かれたり、レオ自身が独立して新会社を設立することが無いようにするためのCBSによる防衛策だったらしい。この期間にレオがフェンダー製品に残したデザインが非常に少ないことがその根拠とされる。
70年代初期、CBSとの契約から解放されたレオはフェンダー時代の副社長にして右腕のフォレスト・ホワイト、フェンダーのセールス部門出身のトム・ウォーカーとの共同経営というかたちで新会社MMを設立する。
実はここからがあまり知られていないハナシなのだが;
レオはこの時期にMMとは別に、自身のイニシャルをとったCLFリサーチという個人会社を設立し、MM社への製品供給を担当するというかたちをとる。
これはフェンダー社の社長を務めていた頃の、会社経営に忙殺されて製品開発が思うように進められなかったことの反省があるという。CLFリサーチでは製品開発製造に専念し、同時に販売チャンネル(?)としてMMを運営するという手法を望んだようだ。
しかし、しばらくするとトム・ウォーカーが経営上の権利を独占しようとしてレオ、ホワイトふたりと対立するようになる。
1984年にレオはMM社と決別し、ウォーカーはMM社をアーニー・ボール社に売却する。これと前後してレオは自身のCLFリサーチを、そう、G&Lに改称して製品開発・販売を続けたのである。
こうして振り返ってみると分かるように、MM社とレオ・フェンダーがかかわった期間は10年前後である。
さらにいえばレオがMMに残した製品のうちエレクトリックギターはわずか2モデルしかない。
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スティングレイ(Stingray)ギターと、
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セイバー(Sabre)ギターである。
しかも両モデルともベースとギターの2本立てであった。
現在では定番機種としての地位を確立したベースも元をただせばギターと同時展開されたスティングレイ・シリーズの「ベースのほう」だったのである。ヘッドのロゴがStingray "Bass"となっているのもこのことに由来する。
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なお現在のMMにはスティングレイ、セイバーともに名を冠したギターがラインアップされているが設計上のつながりはほとんど無い別物である。
70~80年代のスティングレイ、セイバーはともに電池駆動のアクティブイコライザを内蔵しており、現在の基準で見ればノイズが多めである。
かりに楽器店やネットオークションで見つけたとしても購入を決める前に現物を弾いて確かめることをお勧めする。
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改めてMMのシルエットについて、製品化されて世に出たのは1986年とされているが、上記の経緯からも設計にレオ・フェンダーが関与していないことは自明である。
後にMMからシグニチュアモデルをリリースするアルバート・リーが協力したとする資料はあるものの、設計担当の責任者の名は伝えられていない。少なくともフェンダー~MM(CLFリサーチ)時代のレオのような才気煥発なエンジニアが一気呵成に造り上げたものではないことは想像できる。
といっても、シルエットが不出来なギターであるとは私は考えない。むしろ、ギターエンジニアリングの観点から言えば非常に優れていると思う。
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まず目に入るのがマシンヘッドを4対2に配したヘッドストックだ。
マシンヘッドを片側一列でもなく両側等分でもなく非対称に配する手法が、レオが残してくれたスティングレイ・ベースがヒントになっていることは容易に想像できるが、これには以下の3つのメリットがある。
①高音弦のマシンヘッドとナットの距離を短くでき、マシンヘッド~ナット間とナット~ブリッジサドル間の弦の張り(テンション)のギャップを減らすことができる。これによりチューニングが安定しやすくなる。
②ナットからマシンヘッドのシャフト(弦を巻き付ける軸)までの角度が十分に保たれるため、ストリングガイドが不要になる。
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弦の通過点は同時に摩擦の発生箇所であって、チューニングの安定のためにはストリングガイドは無いほうが理想的である。
シルエットはマシンヘッドをナット寄りに配するという設計によりこの点をクリアしている。
③ヘッドの形状がコンパクトになることによりヘッドストック、ひいてはネックが軽くなる。
これによりボディも同様に小型化できると同時に、ボディ側にマスを集中させることでボディをコンパクトにまとめながらギター全体で弦振動を十分に受け止め、増幅させられる。
なんとなく寸詰まりに見えるシルエットのシルエット(輪郭)だが、実際にはサウンドへの影響に配慮しつつ小型化を実現した優秀なフォルムなのである。
シルエットのボディ表の、カッタウェイ付近にはかなり深めのカット加工が施されている。
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ボディ外周のエッジ加工の深さを箇所によって変えることで立体感を出す手法はギブソンのSGでも採られているが、シルエットではカッタウェイ付近を深くカットすることでハイポジションへの左手のスムーズなアクセスを実現している。
この、ハイポジションの運指に配慮した加工はスクープコンターとよばれるようになり、2010年代には他ギターカンパニーも積極的に採用するようになったが、シルエットでは80年代中盤にすでに採り入れていたのである。
さらにいえばネックジョイントはプレートを介した6または5点留めで、24フレットの指板への左手のアクセスにじゅうぶん配慮された形状に仕上げられている。
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このネックジョイント部の形状もなかなかに難しい問題をはらんでいる。
ボディ側を必要以上に薄くするとジョイント部の、ひいてはギター全体の剛性が落ちてしまい、低音の厚みやサステインが減る。さらにはギターの耐久性にも影響を及ぼす。
シルエットではボディ側の厚みを残しながら角を落とすように丸みをつけることで、剛性を保ちつつ左手のスムーズなアクセスを助ける形状に仕上げている。
ピックアップは長くディマジオ製を純正搭載している。80~90年代のPAF Proの流れをくむハムバッキングと、モデル専用シングルコイルの組合せはもはやシルエットのサウンドを構成する不可欠な要素なのであろう。
ブリッジは一見すると簡素なものだが、土台となるベースプレートに秘密がある。
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外見では分からないのだが、多くのギターのブリッジでは加工やメッキ処理が楽なブラス(真鍮)を使うのに対し、このブリッジのベースプレートは鉄製である。
これもまたレオ・フェンダーのMMへの置き土産スティングレイ・ベースからの影響であろう。ブリッジはサドルの横ずれを抑える形状で、かつ可能なかぎり簡素で軽いものを採用するというレオの方針は後にG&Lでも貫かれたのだが、硬い鉄を用いたブリッジによる硬質で歯切れの良いタッチが加わることにより、シルエットの音像はより明瞭でタイトになっている。
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とはいえ、シルエットが全てにおいて完全無欠だとは言い切れない。
90年代頃までの個体では
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このような、俗に弁当箱ザグリとよばれる大ぶりなキャヴィティがあけられていることが知られている。
たしかにギタークラフトの観点からはほめられたものではないが、ギターアクセサリの大手アーニー・ボールの傘下にあるとはいえMMは決して裕福な会社だったわけではなく、あくまでいち量産ギターファクトリーだったのである。ある程度の合理化、工程の簡素化は致し方あるまい。
ピックガードの下をどう加工しているのか不安で仕方ないというギタリストであれば
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流通量が少なく高額にはなるが限定モデルの類もあることだし、それらとシルエットを弾き比べることでキャヴィティが音に与える影響を判断するといいだろう。
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ここからはMMの、アーニーボール買収以降の歩みについての話になる。
MMのUSAにおける製造拠点は
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ヘッド裏のこの表記でおなじみ、カリフォルニア州サン・ルイス・オビスポにある。
MMではかつてこのUSA製の他に、ご記憶の方もいらっしゃることだろう、90年代中盤から2000年代初め頃までのあいだ、日本製のライセンス製造のEXシリーズを展開していたことがあった。
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さらに時代が下ると、アジア工場で製造した部材を輸入しUS工場で組み上げることで高精度かつ低価格を実現したという触れ込みのSUBやスターリンbyミュージックマン等のサブブランドを展開するようになった。
この手法はノックダウン生産といい、自動車業界ではかなり普及しているというが、品質の安定や為替変動による製造コストの上昇などのリスクは決して少なくないときく。精力的に展開できるのは企業体力のある会社に限られることだろう。
MMはこれらのノックダウンに加え、一時期はOLPなる中国製サブブランドまで展開することで大規模な量産体制をとっていたものだ。これは私も楽器屋時代に目の当たりにしたのでよく憶えている。
現在46歳の私と同じか上の世代の方であれば、90~2000年代のMMはそれほど存在感のあるギターブランドではなかったことをご記憶かと思う。
1991年にエドワード(エディ)・ヴァン・ヘイレンのシグニチュアモデルEVHを発売し、大ヒットとなったことでギターファクトリーとしての実力を満天下に知らしめたものの、その4年後にはエディの一方的な契約破棄によりモデル名をアクシス(AXIS)に変更しなければならなくなった。
実は先述のEXシリーズはこの時の部材の余剰に困ったMM社が日本のギターファクトリーに製造を依頼したことがきっかけになっているという。
その後はスティーヴ・ルカサー、ジョン・ペトルーシ両名のシグニチュアのリリースや先述のサブブランド展開などによりビジネス発展の足がかりを得たのであろう、現在のMMは多くのシグニチュアや、先に名の出たスティングレイやセイバーのリブートともいえるモデルをラインアップしている。
また、他ブランドが相次いでカスタムショップを設立するなかでMMはそのような特別部署を設けてこなかったが、2000年代には良質で希少な木材を用いた特別モデルをボール・ファミリー・リザーヴ(BFR)と称するシリーズで展開するようになった。これもまた経営に余裕があるからこそ出来ることなのだろうと私は推測している。
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2023年現在、私より若い世代のギタリストはMMというブランドを、シルエットというギターをどう評価するのだろうか。私は既に楽器屋勤めではなくなっているから、その生の声を聞く機会はほとんど無くなっている。
だが、すでにメインのギターを1~3本ほど所有しているギタリストで;
〇可能なかぎり一台のギターでステージ/セッションをこなしたい
〇他ギターからの持ち替えの際の演奏感のギャップが少ないギターのほうがいい
〇フェンダーギターに共通する歯切れの良さや硬質で明瞭なトーンを備えたギターを手元に置いておきたい
と考えているのであれば、シルエットは有力な候補になる。
モーターバイクの世界では以前所有していたバイクを手放し、長期の空白を経て再度バイクに乗る人をリターンライダーというらしいが、ギターでもほぼ同様の、いわばリターンギタリストともいうべき人達が居るものと思う。
そのような、若さと引き換えに人生経験を積んで良くも悪くも賢くなり、用心深くなったギタリストであれば弾きにくく調整や管理が難しいギターや、高額だがその価値がいまいち理解しづらいギターは出来るかぎり避けたいだろう。
若い頃に欲しかったギターこそが最良にして理想のギター、では無いという事実を受け入れることは決して恥ではないし、むしろ成熟した大人だからこそ下せる判断である。
もし近所の楽器店やリサイクルショップにUSA製シルエットが並んでおり、ダメージや修理改造箇所そして価格が適正と思える範囲内であれば、その2~3倍出さないと手が届かないギターを指をくわえて眺めているよりは思い切って購入に踏み切ることをお勧めする。
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良質な木材とハードウェアを高い加工精度で組み上げ、スムーズでストレスの少ない演奏感を実現したギターはたしかに理想的ではあるが、現実にはそれだけでは一般的な評価を獲得できないものだ。
ギターカンパニーが必要に応じて改善や改良を施しながら生産を続け、多くのギタリストに製品を届けること、ギタリストの要求を上回る性能を発揮しつづけることでギターはその真価を認められるようになる。
見方を変えれば、その領域に達する前に生産が打ち切られたり、改悪としか言いようのない変更によりギタリストの支持を失ったりするギターでこの世は死屍累々なのである。これは中古楽器の世界に首を突っ込んでみるとよく判る。
決して安価でもなければ、キース・リチャーズの他に有名ギタリストの使用例も知られていないアーニーボール・ミュージックマン社製シルエットは、しかし、今のところ一度も生産が止まることが無いまま誕生より37年を迎える。
その事実と、現物を手に取って弾く機会がありさえすれば、シルエットの真価に気づくギタリストは決して少なくはないと私は思っている。