編集サンチョパンサ
新卒で編集者となって上京し、初めて担当する大物作家が北白川先生だった。本格ミステリの旗手として、また社会派の文学人としても名を馳せる先生に初めてお会いする今日、僕は大変に緊張していた。
「講冬舎から参りました吉田と申します。先生が復帰されると聞き編集部一同大変喜んでおります」
「うむ…」
病に倒れ世間から離れて久しい先生が長編に挑むに当たって希望したのが我が講冬舎、それも若い編集者と一緒に…と言うことで僕に白羽の矢が立った。闘病生活以降先生に会うのは僕が初となる…
それにしても先生の様子が妙だ。やつれたのは病の為だろうが、眼鏡越しの目線は泳いでおり、服装もチグハグで羽織の上にネクタイを締めている。
「吉田くん、君の専攻は社会学だと聞いたが今の日本の問題は何だと思う」
「あー…やはり介「邪馬閥だよ吉田くん」
先生は語り始めた。
「現代社会に蔓延る邪悪には君も気付いている筈だ。不正は放置され、反面規律は強いられる…」
ここに来て僕は厄介な仕事を任されたことに漸く気付いた。先生の目は爛々と輝くががどこも見ていない…
「付いて来なさい、君に本当の日本を見せてあげよう。これも勉強だ」
◆
老人の介護には慣れていたがステッキを振り回し暴れる狂人の世話をした経験はない。政府事業の下請けで邪馬閥なるセクトとの関係が深い(先生曰く)桂建設は確かにキナ臭い企業だ、と言うか事務所にいたのはカタギとは思えない強面の社員だった。
「なんなんだこのジジイ!」
「知っている筈だ!邪馬閥の名を!吐け!」
僕はヤクザより鉄製の杖で人を殴りつける先生にびびって立ち竦んでいた。既に社員の何名かは失神し、上長らしき男は胸倉を攫まれている。
「金の流れから読み解いた私の推理は完璧だ…つまり君が間違っている…」
何も知らないと喚く様に興奮が覚めたのか先生の語気は落ち着き、男から手を離した。
そして突如ステッキが頭部に振り下され事務所に脳漿が飛び散った。
(続く)