雪降る夜に花束を
2020(R2)0717Fri
彼は、順当に行けば人間として生きれた。彼はとても感情豊かで、人を思いやる心をもっていて、人を愛することも知っていた。ただハサミに印象を奪われて気づけないだけで。でも、一度はみんな気づいてたんじゃないのか。植木の剪定や犬のトリミング、ヘアーカットをしてみんなが嬉しそうにすると、エドワードはとても嬉しそうにしていた。みんなの感情がより濃く映し出されたみたいに。みんな一度は、エドワードを受け入れたんじゃないのか。見た目に驚きこそすれ、彼の優しさ、気前の良さに惹かれてたんじゃないのか。エドワードに恋をする人もいたんだ。「普通になればあなたは特別じゃなくなってチヤホヤされなくなる」。みんな、エドワードを何だと思っているんだ。都合のいい植木屋、トリマー、美容師?みんなが見ていたのはエドワードの能力であって、本質じゃなかった。だから平気で、エドワードを追い詰めることができた。悲しい、エドワードは大切な人を守ろうとする強い優しさを持っているのに、ハサミの能力と、ハサミの危うさで見えづらくなってしまう。彼はいつだって大切な人を守ろうとしていたし、愛していた。彼のことを心で見つめようとしていたのは、ペグたち家族だけだった。ペグは初めてエドワードに会った時、驚きこそすれ、すぐに彼の顔の傷を心配し始めた。彼がキムやケビンを傷つけてしまった時、感情的になってエドワードを拒絶してしまったらどうしよう、と不安になったけれどそんなことはなかった。あの街で初めて会うのがペグで本当に良かった。ペグとエドワードが一緒に笑っているシーンが大好きだった。ケビンは、正直な人物だ。その正直さ故に、彼に「退屈だよ」と言ってしまったりする。でも、エドワードはケビンを友達だと思っていたし、ケビンもそうだった。ビルがエドワードに善悪の問題を出した時、話を逸らそうとした。それは、エドワードが事件のことを思い出したくない、と感じたからじゃないのか。エドワードがケビンを傷つけてしまった時、ケビンは「助けて」じゃなくて「友達だよ」と言ったんだ。ケビンは、本当にエドワードと友達だった。ビルは、陽気だけれど聡明な人だ。エドワードの事件の後、ビルは彼に善悪を教えようとした。それは彼がこの街で生きていくためだ。彼を、元々いたお城に厄介払いしようとはしなかった。それは、ビルたち一家が一度彼を受け入れた責任を持とうとしていたからじゃないか。簡単に言うと、ペグとビルの夫婦はお節介焼きなのだ。キムは、当初エドワードと距離を持っていた。まあそもそも、彼を受け入れるかどうかは自由だから、キムのような反応もあって当然なのだ。(ただしジムは、彼を陰で笑っていた。彼の能力や気持ちを、自分の罪を隠すために利用した。言うまでもないクズ。全部の原因お前。一生許さないかんな。橋本か〜んな。) 正直、エドワードが警察に捕まった時、ジムに「真実を話して!」と言うのではなく、自分が警察や周りの人達に言って欲しかった。そうすれば、少なくともあんなに彼が責められ、追い詰められることはなかったのに… 自分も共犯者だ、という事実に怯えていたんだな。でも、キムが彼を抱きしめてくれてとても嬉しかった。彼は大切な人に自ら触れることができない、なぜなら物理的に傷つけてしまうから。彼が相手の体に傷をつける度、彼の心もまた傷ついていた。初めて、彼は人を抱きしめることができた。あの時できなかった…… 最初に「人間として生きれた」と断言したのは、彼が感情を持っていたからだ。彼は求められることに喜びを感じ、キムを見て恋心を抱き、ジムの言葉に怒り悲しむ… 彼の心の動きは人間らしさ(感情豊かという点で)に溢れていた。彼は人間1年生で、またそれを教えられるような立派な人間もほとんどいない。未発達な私たちと彼、何が違う?ただ彼は手がハサミだっただけだ。彼には心臓があるから、いつか彼にも終わりが来る。どうか彼に、静かで安らかな終わりが来ますように、願わくばあの町に最期の雪を降らせながら。