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過剰殺戮⚔ドキドキ♡クリスマス! #パルプアドベントカレンダー2020

12月24日、クリスマスイブの夜半。山奥の国道沿い、木立の壁に区切られた広い敷地の中には、トタン葺きの粗末な長屋が並び立つ。周囲に立ち込める糞尿の不潔臭。出入口に撒かれた石灰。家畜伝染病注意の立て看板。

養鶏場だ。草木も眠る夜半、家畜小屋に詰め込まれ、静かに出荷の時を待つ鶏たちに混じって、何者かの姿が蠢いた。

「……今年こそはやってやる……リア充どもに目にもの見せてやるぞ……」

ボソボソと呟く声。暗闇に紛れる一つの影が、何かのスイッチを操作した。

キュピイイイ―――――ンッッッッッ!

突如、養鶏場の暗闇を二筋の閃光が貫いた。家畜小屋の屋根を超える巨大なシルエット、金属光沢の流線形をリベットで縁取るその姿は……鶏!?

家畜小屋の狭間に立つその巨体は、紛れもなく鶏! メカの、鶏である!

極 地 制 圧 魔 鶏 戦 機 メ カ ト リ ス !

「行け、メカトリス……リア充どもの幸せなクリスマスをブッ潰せ!」

ガガ、ギィ―――――ッッッッッ!

メカトリスの嘴が開かれ、内部に仕込まれたスピーカーが露わとなる。

『テレレレー……テレレレー……テーテッテレーテーテーテッテレテーテーテッテレッテーテーテッテレテー! テーテッテレテーテーテッテレーテーテーテッテレーテーテーテッテレーテー……!』

リヒャルト・ワーグナーの『ワルキューレの騎行』だ! 音圧100db以上の管弦楽が鳴り響き、家畜小屋の鶏たちは大パニックを起こして暴れ回る!

『ガガピー……ピューン……ブブッ、プー……テーテッテレテーテー……』

何かがおかしい! 流れている音楽はただの管弦楽ではない! 毒電波だ!
動物たちの精神に介入する特殊な音波が、管弦楽に混ぜ込まれている!

鶏たちは身を捩り、けたたましく鳴き叫び、鉄柵に身を打ちつけた。次第に鉄格子が歪み、隙間が空き……鶏たちが家畜小屋の外に飛び出していく!

何という鶏離れした力! これがメカトリスの放つ毒電波の洗脳効果か!?

監獄の軛を脱した洗脳鶏たち、およそ数千羽が、メカトリスの前に集結!

「おれたちはリア充どもの裏でひっそり暮らして、人知れず使い捨てられて死んでいく犠牲者じゃねえ! 復讐するぞ、復讐するぞ、復讐するぞ!」

メカトリスと数千羽の鶏が……血祭りにあげる獲物を求め、進軍を始めた!

――――――――――

クリスマスの日曜日。サザンクロス通り商店街の十字路、サザンカ並木には散り際の名残花たちが儚く咲き、イブの夜から降る雪が一面を白く染める。

まるで、これから起こる虐殺を予祝……いや『予悼』する死化粧のごとく!

WOOB! WOOB! WOOB! PAスピーカーが陽気な重低音を撒き散らす!

『キットキミハーコーナーイッ! POWPOW! ヒットリキリーノックリッスマッスイブッ! POWPOW! サーイレンナァィッ! POWPOPOW! ホーリーナィッ! POPOPOPOW!

WOOB! WOOB! WOOB! 歌声を歪めた高速MIXクリスマスソング!

サザンクロス通り商店街の十字路の中央にある噴水広場、帯状のLED電飾で昼日中から七色発光する噴水前に、青年会議所が特設したDJブース!

「「「「「YO! YO! YO! YO!」」」」」
「「「「「FO! FO! FO! FO!」」」」」

広場のDJブース前に溢れるパーリーピーポーたちは、ビールのポリカップを手に酔っ払って大盛り上がり! 商店街のドラ息子やドラ娘と友人たちだ!

温厚なリア充カップルは、ウェーイ系に占拠された中心部を避け、商店街の東西南北に広がるアーケードの中に犇めき、毒ガスめいて愛を撒き散らす!

「チッ……テメーら見せびらかしてんのかコラ……死ねよマジで……殺す」

ポニーテールをひょこひょこ動かし、三白眼で周囲を睨み渡し、ブツブツと低い声で呪詛を呟きながら歩く若い女が一人。ジーンズとピンクパーカーを着て闊歩するその胸は慎ましかった。彼女は野村ユヅル。殺し屋見習いだ。

ユヅルはスケバンめいた眼光で向かって来る者に進路を譲らせ、歩道中央を無遠慮に闊歩し続けた。何故中央なのか……カップルを分断できるからだ!

「……アッ、ワンチャーン! カワイー!」

ユヅルが相好を崩して歩み寄るは、ペットショップのショーウィンドウ。
種々雑多な仔犬たちが、ガラスの檻の中で愛くるしく戯れている。ユヅルはガラス窓に両手をついて顔を寄せ、暗い笑みで食い入るように眺めた。

「アーイイ……犬は人間を裏切らないから……アー、ヘッヘッヘ」

窓越しに仔犬をキメるユヅルの背後を、航空ジャケットとカーゴパンツ姿の少年が通り過ぎた。無骨な携帯端末を片手に、両耳にはイヤホン、鋭い目をスマートグラスで隠し、困惑の表情。彼は九頭見アレイ。少年ハッカーだ。

『やっぱ駄目。ネットへの接続は無理そうだよ、アレイくん』

アレイのイヤホンに、中性的な電子音声が響く。端末にインストールされたAI統合型OS『モルペー』の中枢、自律思考アシスタントのロクサーヌだ。

「どいつもこいつも、HIDみてーなヤツ持ち歩いてるんだがなァ」
『通信規格の違いかな? レガシー機ばっかりのガラパゴス現象とか?」
「そんな、途上国じゃあるめーしこの明らかな日本で……そういや、街中に電柱が立ってやがるのは妙だな。電線はとっくの昔に地中化されたはず」
『あんまり考えたくないけど、タイムスリップとか? 異世界転生とか!』
「余り考えたくないにしちゃヤケに楽しそうじゃねーか、ロクス」
『ヘヘ、バレた? ボクは、アレイくんと一緒だからどこでも平気だよ!』
「ったくしゃーねーな……まぁのんびり行くさ」
『だね。ぶらぶら歩いてるうちに、冴えたアイデアが浮かんでくるかも!』

立ち止まって商店のショーケースを眺め、傍からは独り言にしか聞こえない二人だけの会話を交わし、振り向くアレイの眼前に少女が突っ込んで来た。

「エッ? おいお前、前見ろ前!」
『うわわアレイくん避けて!』
「たっくーん? どこー?」

革ブーツに黒タイツ、キルトスカートにセーター姿。やや鼻につく甘い声を周囲に振り撒いて呼ばわり、ロング髪を靡かせてドタドタと駆ける少女。

「『ぶ、ぶつかるぅーッ!?』」
「たっくーん……ぶげらっ!?」

CLAAAAASH! アレイの胸に飛び込むように、少女は過たず衝突!

『だ……大丈夫、アレイくん!?』
「おーいってエエエエエ……」
「いったーいもーう……」

作用反作用の法則で撥ね飛び、尻餅をつく二人の姿を、通行人のカップルが微笑ましくも好奇の目で遠巻きに見つめる。ドジっ子少女・平等院ひとみはキルトスカートの尻を撫で、慌てた様子で飛び起きてアレイに詰め寄った。

「ちょっと! どこ見て歩いてるのよ貴方!」
「どこ見て歩いて――」
『よそ見して走ってたのはキミの方じゃない! 責任転嫁はダメだよ!』

アレイだけに聞こえるイヤホン出力から、スピーカーの外部出力に変更したロクサーヌがお怒りモードで窘めた。AIのロクサーヌにも、アレイのかけたスマートグラスの映像を通し、一部始終はしっかりと見えていたのだ。

「ロクスお前、そこまで言わんでも」
『アレイくんが許してもボクは許さないよ! 相手が女の子だからって!』
「エッ何今の声!? Siri? Cortana? 私はロボットじゃありません?」
『フフーン、よくぞ聞いてくれました! ボクはニューラロジック社――』
「ねぇ、たっくん知らない!? 女の子みたいにカワイイチョー美少年!」

ロクサーヌの得意げな自己紹介を完全無視し、ひとみはアレイの襟首を掴み顔を近づける。恋の始まりというより、ヤクザの詰問じみた見た目だった。

「た……たっくん!? 俺もここに来たばっかで、よく分かんねーんだよ」
「知らない? ガックシ、残念……たっくんはどこなの……私のたっくん」

アレイの返答にひとみは口から魂を漏れ出させ、フラフラと歩き出す。

『……って、ちょっとキミ! ぶつかっといてゴメンの一言もナシ!?』
「放っとけって、ロクス。関わり合いになったら面倒だ」
『ムゥ……アレイくん、女の子だからって甘やかし過ぎてませんこと?』
「ロクスこそ、女がどうってヤケに拘るじゃねえか」
『拘ってないもーん! フンだ、アレイくんなんてもう知らない!』

AIと痴話喧嘩するアレイを顧みずに、ひとみはゾンビめいて歩き続ける。

《アー困ったな……周りはアジア人だらけ、見える文字は記号だらけ、人に話しかけても英語が全ッ然通じない。ここどこ? チャイナ? コリア?》

シャツとスラックスの上に膝丈のコートを羽織った、ユダヤ系白人の青年が道の隅で立ち尽くし、絶望の表情で両頬を押さえて呟いていた。呆然と佇むユダヤ人青年はジョッシュ、ジョシュア=ゴールドマン。怪物ハンターだ。

《オーマイゴッド……ヘルプ!》

ジョッシュは主に祈った。灰色の瞳が流れる雑踏を右往左往し、彼に救いの手を差し伸べる主の御使いは未だ現れず。迷える羊が一匹、いや二匹。

「ヘルプミー……たっくんイズどこ……」
《ワッ!?》

俯き顔でゾンビ歩行を続けるひとみ。商店のショーウィンドウ前で棒立ちとなったジョッシュの肩に、ひとみの頭がコツン、と当たって立ち止まった。

《あッ、ごめん! じゃなくてえーっと……言葉が!》
「アイムソーリーヒゲソーリー……たっくん……たっくんを知りませんか……」
《TA……TAKKUN!? TAKKUNって何!?》
「たっくんイズマイハニー……ウェアイズたっくん……」
《ハニー!? ワオ、てことはTAKKUN?とキミは女の子同士で……イヤイヤそんな言い方は差別的だな。ゴメン、今の言葉は取り消すよ》
「たっくん……マイ・ラヴ……」

慌てて取り繕うジョッシュの話など聞きもせず、ひとみはスマホを取り出しチャットアプリを立ち上げ、たっくんこと大門寺泰人と二人だけのルームを開いて呼びかけを連投。日付が変わってから……ひとみがこの街に来てから悍ましく大量に書き散らしたトークには、全て既読が付いていなかった。

《エ……何この子……こわ……じゃなくてそうだ! スマホがあった!》

ジョッシュはヒキ顔から転じて会心の笑みと、コロコロ表情を変えて懐からブラックベリーを取り出した。電波の違いで通話とネットが使えないことに気づいて、絶望顔に逆戻りしたが。ひとみはいつの間にか姿を消していた。

《何てこった、頼みの綱もダメでお先真っ暗……いや待て、Wi-Fiがまだ……》

ジョッシュは冷や汗の浮かぶ顔に冷静さを取り戻し、ブラックベリーを握り慎重な足取りで歩き出す。商店街の一角に『Wi-Fiあります』のステッカーと『カード使えます』のステッカーを見つけ、ジョッシュは勝ち鬨を挙げた。

《Wi-Fi……使える! VISA……使える! ヤッタネ、助かった!》

ジョッシュは大船に乗ったような心の余裕を取り戻し、カップル客で犇めくお洒落カフェの自動ドアを潜った。カウンターの女性店員が笑顔を向ける。

「いらっしゃいませー、ウェルカム。お一人様ですか?」
《ワッ? アー……(その人差し指の意味は何だ?)イェス。多分ね》
「今カウンターしか席が空いてないんですが、大丈夫ですか?」
《アー……(カウンター? カウンターに座れってことか?)イェス、OK》
「かしこまりました。お一人様ご案内でーす!」

店員の目線の動きで察したジョッシュが、碌に意味も分からず笑顔で頷いて親指を立てると、店員も笑顔で席に誘導した。やればできる……大事なのは諦めないチャレンジ精神だ! ジョッシュは内心でガッツポーズした。

「お決まりになりましたら、またお声がけください」
《OK、ありがとう》

ジョッシュは店員が去るなり、ブラックベリーをWi-Fiに接続させ、マップで現在地を検索し、アメリカから遠く離れた日本の住所を見て驚愕した。

《ジャ……ジャパン!? 何でそんなところに!?》

唖然とした顔で言葉を漏らすジョッシュの姿に、隣に座った黒スーツの男がくるりと不貞腐れた顔を向けた。ベートーヴェンのようにウェーブがかった髪をして、無精髭を生やした中年男だった。名前は不破サダム。殺し屋だ。

《ハ、ハロー。えーと……英語ワカル?》
《ちょっとだけなら》
《マジで? 嬉しいね! 僕ここに来たばかりで何も分からないんだ!》
《ハァ、マジで。俺もなんだ、実を言うと》
《……オゥ、マジで》

ジョッシュの声にサダムは皮肉笑いで低い声を被せ、ジョッシュはその様に肩を落とすと、更に低い声で応じた。サダムは意気消沈して椅子にもたれるジョッシュを素早く観察。懐に銃を隠し持っている雰囲気。大きな銃だ。

《オイ、お前さ。そのデカチン、何に使うつもりだ?》
《エッな――ちょっと待て、何で僕が銃を持ってるって分かった?》

サダムが拳銃を象った左手でゴンとテーブルを叩くと、ジェスチャーを見たジョッシュが狼狽してサダムの耳に顔を寄せ、声を低めて問うた。

《何で分かるかって? そりゃ分かるさ。俺の”商い”を舐めるなよ》
《こ、これは不可抗力なんだ。警察に連れて行かないで、お願いだから!》
《ハァン、警察ゥ?》
《エッ警察じゃないの、キミ? じゃあもしかして……YAKUZA?》
《ヤ、ヤクザァ? アーまあそうだな……似たようなもんか》
《じゃ、じゃあキミも隠し持ってるからお相子だね、拳銃!》
《何のお相子だアホタレ。大体な、現代のヤクザってのは戦争してねえ限りチャカは持ち歩かねーんだよ(まあ俺は持ってるけどな、現在進行形で)》
《そ、そんな馬鹿な!》
《オメーさ日本の法律知ってる? 弾とチャカ、セットで持って捕まったら刑務所で15年だぞ。イカれてるだろ。ここはヤンキーの国と違うんだ》
《15年……そんな馬鹿な!? 僕は警察に掴まったらどーなるんだ!?》

「お決まりですかー?」

歩み寄る店員に、ジョッシュはハッと顔面蒼白で振り返った。

《オメー何か頼んだ方がいいぜ。何飲むの、コーヒー? それとも紅茶? あとさぁ、ここピザが旨いらしいぜ。頼んどいたほうがいいんじゃね?》
《お茶とかコーヒーより、僕はお酒をキメたくなってきたな……》
《じゃあこれな、アァサァヒィ~、スゥ~パァ~、ドッッルルラーイ》
《エッ、何だって?》
「すいませんお姉さーん、こいつに生一つ。あとオーガニックピザ1枚」
「生ビールとオーガニックピザですね。かしこまりましたー」
《ハッ、ピザ!? そんなの僕頼んでないよ!?》
《ハッハハ、小せぇこと言うな。腹も膨れりゃ気分も落ち着くって!》
《あと一つ言っておくが、ピザはシカゴが世界一旨い。規定事項だぞ》

呵々と笑うサダムに、ジョッシュが腕組みして言い返す。賑わう店の様子を窓ガラスの向こうから、静かに眺める黒い影が一つ。黒サンタ……ではなく少女だった。砂漠の民めいた黒装束で、目元を除く全身が覆われていたが。

【(見たことのない人々、街並み、それに車……私の住む国、いえ時代とは根本的に異なる世界。私は夢でも見ているのかしら……ここは一体……)】

全身を覆う黒装束の内側で、少女の全身に刻まれた天地神明の絵画のような呪術的刺青が翡翠色の燐光を放ち、SFメカのエネルギーラインめいて刺青の輪郭に光が走る。稲妻が閃くように。実際、彼女は電気を帯びていた。

途方に暮れて通りに向き直る少女の名は、アンゲラ。故国リンドバーグでは国家祈祷師で、傷を癒す力を持つ。祈祷術を学ぶ途上で副産物として識った雷の力は、人を殺さぬ程度に痛めつけ、他者を遠ざけることに役立つ。

所在無げに俯いて立ち尽くすアンゲラの前に、アメリカンポリス姿の女性が立ち止まった。CLAP! CLAP! CLAP! アンゲラが常時身にまとっている電磁バリアの影響で、女性に投影されたポリス服にノイズがちらついた。

《こんにちは、お嬢ちゃん。お困りかしら?》

英語で話しかけられ、アンゲラは思わず顔を上げた。アジア系の短髪女性が人好きのする微笑みをアンゲラに向ける。日本人にしては、些か目鼻立ちがクッキリし過ぎていた。彼女はノイズの波立つ身体に困り顔を浮かべる。

《あらやだ、プロジェクション機能の故障かしら?》

電子ノイズの狭間から、女警官の身に着けるくノ一スーツが透けて見えた。

【悪いけど、一人にしておいてくれないかしら】

女警官の視界に文字が走り、アンゲラの発生した言葉を内蔵データベースで検索する……が、結果はまさかの『該当なし』。女警官、正確には女性型のアンドロイドである楓、インナーヴィジョンズ・タイプXX2501は当惑した。

《おかしいわ。アラビア語にペルシャ語も登録してあるはずなのだけれど》
【気にしないで良いのよ。この世界で”異物”なのは私の方なのだから……】

捨て台詞を吐き、当て所なく歩き出すアンゲラの姿に、楓は発作的な義憤を感じ後を追いかけた。言葉は通じないが、放っておくこともできないのだ。

《ちょっと、どこへ行くの! 女の子が一人で出歩いたら危ないわ!》

楓は追い縋るも、小柄なアンゲラは路上の人波に紛れ、忽ち見失った。

《あの子、大丈夫かしら……心配だわ》

楓とてこの街では新参者であり、元の世界へと帰る術を探していた身の上はアンゲラと同じだ。しかし楓は持ち前の正義感で、行動の優先度を変えた。

モデルめいた高身長で頭一つ飛び抜けた楓は、商店街の人並みに目を凝らし熱感知センサーも駆使して、アンゲラの行方を追跡して歩き出す。

直前にアイカメラが記録した映像をメモリに引き出し、街頭に溢れる人々の服装と照会して手掛かりを探す。自分を見つめる神秘的な銀色の双眸……。

[フン……日本人(ヤポンスキ)の街か]

ロシア語で呟き、赤紫のセミロング髪を靡かせて歩く女。黒地に金の双龍をあしらったスーベニアジャケットをまとい、迷彩ズボンと軍用ブーツを履く威圧的な出で立ち。薄黄色のスマートグラスには何の情報も表示されない。

楓と向き合い、通りの反対側から歩いてくる女の名はナターリア。情報屋で何でも屋。服の下に装着した超薄型軽量の炭素製外骨格は、5.45mm程度の弾なら弾き返せる。ナターリアが地を踏む度、外骨格が僅かに軋んだ。

「ねぇキミ、ちょっとお話しできない? 聞いてる? 今時間いいかな?」

プロデューサー風の服装をしたスカウトマンが、ナターリアに付きまとって頻りに声をかけ続けていた。彼女がその気になれば、翻訳ソフトで男の話を解することもできたが、ナターリアは侮辱されるまで無視する気でいた。

[(いざとなれば、グーパン一撃でこのアホの顎を砕いてやるまでだ)]

心中で物騒な腹積もりを呟くナターリアの目に、人込みから頭の飛び抜けた楓の姿が目に入る。警官服の姿に顔を顰め、直後に得心して首肯した。

「エッいいんですか!? お話、いいですか!? ちょっとだけ、ネ!」
[……豚が]

人込みが途切れ、周囲を見回し歩み出る楓の元に、ナターリアがそそくさと歩み寄った。騒ぎを起こすのも面倒だから、こいつで合法的に追い払おう。

[おい、そこのお巡り!]

ナターリアのロシア語に反応し、楓の言語がロシア語を自動選択した。

[ちょっといいですか? 黒い服を着た女の子を見なかったかしら?]
[お、女の子だと? 知らん。いやそれより、お前ロシア語が話せるのか。じゃなくて、私にさっきから付きまとってるこの男だ……ほら!]
「うっわースゲー、モデルさん? こっちの方はちょい顔キツ過ぎかも?」

呆けた顔で楓を見上げ、呟くスカウトマンの日本語を聞き、楓の言語機能が今度は日本語を自動選択する。楓は持ち前の正義感で憤慨し腕組みした。

「貴方いけませんよ、女性につきまとっては! 迷惑防止条例違反です!」
「エッ、つきまとい!? そんな……いやでもこれは……仕事で!」
「女性を追い回す仕事とは具体的にどんな仕事ですか? 強引なスカウトは法に触れますよ。どうやら、応援を呼ばないといけないみたいですね」
「チッ、面倒臭ぇなクソッタレ。わかった、わかったよ……ざっけんな!」
[二度と近づくな、豚野郎]

尻尾を巻いて逃げるスカウトマンに、ナターリアが冷笑して吐き捨てる。

[貴方、見も知らぬ他人に汚い言葉を吐いてはいけませんよ! それよりも女の子は見なかったですか? アラブ人みたいに、全身を黒服で覆った]
[見なかった。クソ野郎を追っ払ったことは感謝するよ。警官もクソ野郎の集まりだが、私の役に立つ警官はクソ野郎じゃない。お前は良い警官だ]
[ちょっと貴方! 汚い言葉を吐くと、心まで汚くなるんですよ!]
[ああ、何て感動的なセリフだ。最後に聞いたのは十何年前の教会かな]
[どうしてそう捻くれてるんですか、もう!]

ムキになって言い返す楓に、ナターリアは飄々と片手を振って歩き出した。用済みの警官にいつまでも付き合う義理はない。アーケード街の風に乗ってどこかから、タバコの匂いが漂ってくる。ナターリアは口つきタバコの箱を懐から取り出した。そう言えばこの街はタバコ臭くない。タバコだけでなく排煙、油脂……他の悪臭もしない。清潔な街だ。私が住むには清過ぎる。

満ちる雑踏の臭気、漂う飲食店の香りに紛れた紫煙の臭いを、探偵になった気分で追跡して行った先に、路上の隅の喫煙スペース。日本人はこんな所で人に隠れるようにしてタバコを吸うのか。つくづくマゾな豚野郎どもだ。

ナターリアは灰皿の前に立つと、ベルモルカナルを一本取り出し、吸い口の前半分を縦に折り、後ろ半分を横に折り、十字の吸い口を咥え火を点けた。

商店街に交差する路地から向こうを見れば、花屋だ。サムライ映画のような服を着た男が、店頭の花を熱心に見回していた。どう見ても、花に興味など無さそうな風貌なのに。日本人というのはつくづく妙なヤツらだ。

益体の無い事を考えていたナターリアの視線が、サムライの横に立っている小さな黒服へと吸い寄せられる。さっきの警官が宣っていたガキか。

浅葱色の長着と紺色の馬乗袴をまとい、桔梗色の半纏を羽織った細目の男がスポーツ刈りの頭髪を掻き、路地裏の花屋を物色していた。我が家の花瓶の一輪挿しに合う花は。洋花は合わないか……いや、逆にアリかも知れない。

「……おや?」

和装の男・鞍石キヨツグ。市役所特命係勤務の交渉”忍”。隣に気配を感じて振り向くと、謎めいた黒装束の子供・アンゲラ。いつから立っていたのかも察知できないとは、私も勘が鈍ったな……キヨツグは無言で顎を撫ぜた。

アンゲラは人形めいて立ち尽くし、バケツの花に見入っていた。緑と紫とが花弁で絡み合う、クリスマスローズ。アンゲラは視線を察し、少しだけ首を傾げ、目だけ動かして男を見た。キヨツグの視線は花に向き直っていた。

「幸せとは……侘びた家に独り暮らし、来る当ての無い友を待ち、花一輪を上手く活けられた……言わば静けさの裡に悟る喜び。そう思いませんか?」

アンゲラは無言で顔を向け、静けき銀の双眸でキヨツグを射抜いた。心中を容易に悟らせない、試すような視線を横目に、キヨツグは肩を竦める。

「ちょっとすいません! このクリスマスローズを、花束で下さい!」
「はーい!」

体格は立派だが、柔和な笑顔で店員と言葉を交わし、花を伴って店の奥へと消えるキヨツグの姿を、アンゲラは無言で眺めて双眸を細めた。間を置いて花束を手に戻ったキヨツグは、未だ店先に佇むアンゲラへ花を差し出した。

【……何?】
「ほんの自己満足です。何分今日は、クリスマスゆえ。遠慮なくどうぞ」
【花……くれるの? 私に? どうして?】
「愚かな男は、ついサンタクロースを気取りたがる。メリークリスマス」

中田譲治めいたグッドボイスと共に、手渡された花束にアンゲラが目を瞬き顔を上げると、キヨツグの姿は既に無かった。アンゲラは無言で嘆息した。

――――――――――

擦り切れたジャージの上下に、ロングコート。古ぼけたチロリアンの靴底を踏み鳴らし、浮かれた街には場違いの貧乏少年が、通りを彷徨い歩く。

「うー冷えるな……山の中とは違った寒さ……しかしどこなんだここ?」

貧乏少年の名は神事ノゾム。隠多喜神社の神主一族・神事家の跡取り息子。

「昨夜、変な黒サンタの夢を見て……いきなり『世界を救いたいか』なんて聞くもんだから、ノリで『はい』って答えちゃったら、あいついきなり袋に僕をぶち込むんだもんなぁ。おまけに、目が覚めたら知らない街の中……」

ノゾムは自販機になけなしの千円札を流し入れ、熟練の仕事人めいて慎重にホット飲料を選んだ。無駄遣いは避けるべきだが、寒さには敵わない。

「甘酒おしるこ緑茶にココアとはちみつレモン……どれも微妙だな」

自販機と睨み合うノゾムの右から、ひとみが虚脱状態でゾンビ歩行。左からアンゲラが歩み来て、抱えた花束に視線を落とし指で撫ぜる。

「よし決めた! 僕はッ、このコーンスープにするぞォーッ!」

鋭く突き出した人差し指でボタンを押下する瞬間、ノゾムの指が止まる。

「あぁーッ、ダメ! クソッ、選べない! 僕は何を選べばいいんだッ!」
「……たっくん……一体どこに居るの……私のたっくん……」
「ヘェ!?」

右隣でぬるりと立ち止まる人影。亡霊めいた呻き声にノゾムは戦慄を覚えてゆっくりと振り向く。ロング髪を垂らした少女が、ゆっくりと頭を上げた。

ギ、ギ、ギ、ギ、ギ……チーン。ひとみの瞳が狂気絢爛!

「たっくん……たっくん……たっくん! ここに居たのね!」
「違いますけど!? 誰と間違えてるの!?」

驚愕するノゾムの襟首に、ひとみはガバッと両手を伸ばして掴み、凄まじい腕力でノゾムを自販機に押し付けた。衝撃で、自販機から冷たい炭酸飲料が吐き出される。ノゾムを見るひとみの瞳は焦点が合っていない! 

「ようやく見つけたわ……たっくん! もう逃がさない!」
「ちょ何なの! つーか力強ッ……止めて、放して、ハナセーッ!」
「放さないわ、もう二度と離すもんですか! 私とたっくんは一蓮托生!」

ノゾムは恐怖にもがき、ひとみは狂喜して締め上げる! たっくん欠乏症が限界まで達し、ひとみは目にする少年を全て大門寺泰人と認識している!

「ゲボボ、ホゲェーッ! 僕はァーッ! たっくんじゃありませーんッ!」
「――ハッ!?」

キラリラリ! ひとみの背後に黒背景で稲妻が過ぎる! ひとみは憑き物の落ちた表情で一瞬の呆然自失。ノゾムを見て人違いの怒りに顔を歪める!

「……って、全然たっくんと違うやないかーい! そんなアホな、死ね!」

ひとみの流れるような一本背負いが炸裂! ノゾムの身体が宙を舞う!

「りふじーんッ!?」

偶然通りかかったアンゲラを目がけ、パチンコ玉めいてノゾムが飛翔!

【なッ――!?】

CLAP! CLAP! CLAP! アンゲラは咄嗟に強化磁気障壁を展開! 黒服の内側で刺青が翡翠色の燐光を放つ! しかし人体などの重量物は防御不能!
肉体回避が間に合わないと悟ったアンゲラは、反射的に花束を遠ざけた!

CLAAAAASH! 両者衝突! BUZZZZZ! 高圧電流放電!

【キャアッ!?】
「マ゜―――――バババババッ!?」

ノゾム、感電、痙攣、絶叫! 骨格が透け、髪が焦げて煙が立ち上る!

「嘘やん……けぽッ」

常人なら三度は死んだ紫電に血肉を焦がし、ノゾムが口から黒煙を吐いた。

【花は大丈夫!? 良かった……平気ね。それより……】
「このひとみをたぶらかしやがって、テメーさてはサタンの遣いだな?」
「爺ちゃん……荒神様……僕が一体何をしたと言うんですか……」

もそもそと起き上がるアンゲラ、狂える顔で歩み寄るひとみ。二人の少女にゴミを見る眼差しで見下ろされたノゾムは、いつものように死を覚悟した。

そして、ヤツが現れる――。

CLAAAAASH!!!!!


宴も酣の中央広場DJパーリーに、脈絡も無く上空から超合金の破壊神降臨!

極 地 制 圧 魔 鶏 戦 機 メ カ ト リ ス !

『コケエエエエエッ!』

ベツレヘムの星を頂に飾るローマ噴水を破壊し、共産主義独裁者像のごとく鎮座して偶像の座を簒奪する! 飛び散る水飛沫! 飛び散る血飛沫!

「「「「「ギャアアアアアッ!?」」」」」

頭、手足、臓物! 周囲に飛び散った人体の一部を蹴散らして、蜘蛛の子を散らすようにパーリーピーポーたちが逃げ惑う。しかし、恐怖はそれだけに留まらない! 広場の上空より、十字路の彼方より、黒い群衆が襲来!

「「「「「コケーッコッコッコッコッコーッ!」」」」」

クリスマスのサザンクロス通り商店街に溢れる、鶏の大群! イナゴめいた脱走洗脳鶏の軍団が、跳躍し、羽ばたき、大波となって通りを強襲する!

「――見てください、鶏です! 無数の鶏が突如として、クリスマスの街を埋め尽くさんばかりに現れ、人間を襲っています! みんな逃げて!」

上空を飛ぶヘリコプターから身を乗り出し、TVアナウンサーが空撮報道!

『ガガピー、ギュギュギュイーン! ピエーッ!』

メカトリスは電子拡声ノイズを撒き散らし、空撮ヘリを見上げた!

「テメーらだけ安全地帯で調子こいてんじゃねえーッ! 死ねェーッ!」
『コケエエエエエッ!』

キュピイイイ―――――ンッッッッッ!

『ピーヒョロロロローロロッ、ヒョーロロロロロロッ!』

メカトリスは黄色の双眸を光らせ、嘴からFAX送信音めいた怪音波を発信!

「――ああッ、あれは一体何でしょうか!? 巨大なロボット!? これは現実の出来事なのでしょうか!? 鶏の巨大ロボットが、鶏の群れを率いて街を破壊しています! 皆さんどうか逃げて! ああーッ!?」

妨害電波で操縦不能となった報道ヘリが錐揉み回転落下、広場で爆発炎上!

KA――BOOOOOM!


『コケエエエエエッ!』
「フハーッハッハハハ! 死ねェ、リア充ども、死ねェ!」

鶏型戦術機のコクピット内で、赤ローブに髭顔の筋肉中年男が血走った目で哄笑し喚き散らす! 腕まくりした左腕には無数の注射痕! 右手に握ったエントリープラグに満ちるは、疲労のポンッと取れるクリスタルL.C.L溶液!

「エントリープラグ挿入! ウオオオオオ―――――ッ!」

エントリープラグから体内へとL.C.Lが注入、赤ローブ男が瞳を輝かせ咆哮!

「親は死んだ! 金も家も仕事もねえ! 俺は無敵だアアアアアッ!」

視界が閃光に染まり、赤ローブ男はロケット射出めいた加速感に耐える!

『コケエエエエエェェェェェッ!』

メカトリスが咆哮、残酷なワルキューレの騎行を110db音圧で全方位投射!

『ガガピー……ギュイーン…………テレレレー……テレレレー……テーテッテレーテーテーテッテレテーテーテッテレッテーテーテッテレテー! テーテッテレテーテーテッテレーテーテーテッテレーテーテーテッテレーテー……!』

「「「「「コ、コケケケココココッ……ゴゲエエエエエッ!?」」」」」

洗脳鶏の大群が悶絶! 波打つように跳ね、押し合い圧し合い悶え苦しむ!

鶏が肥大化し、骨格が毛皮を突き破って肥大化! 犬猫サイズから虎じみた巨体まで膨れ上がる! 赤黒い流血滲むチキン塊めいた悍ましい形態に!

「フハーッハッハハハ! 俺たちがワイルドハントだ! 数千羽の鶏たちを生贄に捧げェッ、悪霊ども(デーモン)を召還ッ!」

赤ローブ男はコンソールのモールス信号を秒間16連打! トラトラトラ!

「今日から俺は地獄の征夷大将軍だ! リア充殲滅作戦、進撃始めぇッ!」
「「「「「ガガガガ、ゴゲエエエエッ! オギャアアアアッ!」」」」」

虐殺破壊虐殺破壊虐殺破壊虐殺破壊殺す壊す殺す壊す殺す壊す殺す壊す!

「「「「「ヒギャアアアッ!?」」」」」
「「「「「ゴゲエエエエッ!」」」」」

押し寄せる悪霊チキンたちの波状攻撃に、グロス単位の無垢なる市民たちが蹂躙残虐殺! チキンの羽や脚で五体バラバラに千切られ、乱杭歯の生えた嘴で頭から上半身丸ごと噛み千切られる! 腰から下だけ数歩走って卒倒!

「「「「「オギャアアアアアッ!」」」」」

商店街中央の噴水(跡)広場から押し寄せる異形たちに、ノゾムを掴み上げ鉄拳制裁しようとしていたひとみが、気を取られてノゾムを放り出す。

「何ッ、魔導モンスターッ!? サタンの遣いだわ! 私、行かなきゃ!」

セーターの下の腹巻の下から朱漆塗りの天狗ジーザズ面を抜いて、ひとみがカメラ目線でキメ顔の後、悪霊チキンの大群犇めく広場へ猛然と駆け出す!

【エーッ!? ちょっと貴方、何する積もり!? 危険だわ、ダメよ!】

銀色の双眸を蝸牛めいて飛び出させ、仰天したアンゲラが慌てて後を追う!

「いっててて……どうしてこう僕と出会う女の子は危険人物ばかりなんだ」

よろよろと立ち上がるノゾム、彼の眼前に押し寄せる悪霊チキンの大群!

「えッ……はあああッ!? うわあああなんじゃこりゃあああああッ!?」
「「「「「ゴゲエエエエエッ!」」」」」
「げぼびぶぎゃらぼごげらぼごおッ!?」

機甲師団めいた悪霊チキンの軍勢に跳ね飛ばされ、ノゾムが宙を舞う!

「何でこうなるの……もうヤダ……」

全身骨折! 内臓破裂! 大量吐血! 空中で白目を剥くノゾム!

「ゴゲエエエエエッ!」

フライ球を捕らえる遊撃手めいて、落下地点で嘴の乱杭歯を開くチキン!

「クソッタレえええええッ!」

綺麗な放物線を描いて落下するノゾムの両目が充血! 眼球が縦横に分裂し木苺めいた一対の複眼と化す! 四本の犬歯が牙めいて飛び出し、黒曜石の兜めいた皮膚が顔を覆う! ジャージとコートの背を突き破る無数の節足!

「ゴギャアアアアアッ!」

硫黄臭を含んだ腐食性の毒血を撒き散らし、土蜘蛛デーモン化したノゾムが空中で身を捻る! 黒曜石の具足めいた右腕で手刀! 悪霊チキンに落下!

ロングコートを翻して落ち様に――SLAAAAASH! チキンを一刀両断!

「カハーッ!」

ノゾム土蜘蛛デーモン、両腕手刀を構え、全方位を見渡して、悪霊チキンの包囲網を牽制! 陽炎の残像を曳いて高速移動しつつ連続剪断! 血の嵐!

「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」

殺戮の風が駆け抜け、羆サイズのチキンたちが肉塊となって路上を転がる!
石畳の血の海を踏みしだき、数十体の悪霊チキンを制圧したノゾムが跳躍!
看板を踏み台に跳ね、商店街のアーケードを突き破って頂上に到達!

「ゴギャアアアアアッ!」

土蜘蛛デーモンが陽炎を曳いてアーケードを走り、噴水広場を目指す!
足元のアーケード内では、路上を埋め尽くさんばかりに溢れる悪霊チキンの群れに行く手を塞がれ、ひとみとアンゲラが死に物狂いで血路を開く!

SPARK! SPARK! SPAAAAARK! アンゲラ、紫電の出血大サービス!
触れた傍から、悪霊チキンたちに凶悪高圧電流が流れて黒焦げに調理する!

「チィッ、先に変身しとけば良かったわ! ひとみピンチ!」
【無茶しないで! 安全な場所に避難しましょう! 早く!】

五体や十体、電気加熱調理殺したところで状況は変わらない! ギリギリの回避を続けていた少女二人は、悍ましいチキンの群れに忽ち包囲される!

【拙いわね……せめて私が囮になって、この子だけでも逃がさないと……】
「オンギャアアアッ! 邪魔するな手羽先どもおおおッ!」

アンゲラが半歩前に進み出て、吠え猛るひとみを庇うように片腕で抑えた。

「ゴギャアアアアアッ!」

CLAAAAASH! 二人の頭上から、アーケード屋根を突き破り異形が出現!

ひとみを庇うアンゲラを更に庇う位置で、ノゾム土蜘蛛デーモンが屹立!

【貴方……その服、その身体ッ!?】
「出たわね魔導モンスター! ひとみが成敗してアババババッ!?」

BUZZZZZ! ひとみ、電流失神! ノゾムが肩越しに振り返り、黒曜石兜の木苺複眼でアンゲラとひとみを一瞥し、顎から蒸気めいた息を吐き出す!

「カハーッ……僕ヲ……見るナ……」

複式蒸留器のごとく変声機にかけたような、人語か疑わしい冒涜的発声!

【貴方……人、なの……? 私たちの、味方なの……?】
「「「「「ゴゲエエエエエッ!」」」」」

ノゾムの返答を待たず殺到する悪霊チキンたち! 感動シーンブレイカーは戦術の基本! 秘密結社ワイルドハントの戦闘教本にもそう書いてある!

「ゴギャアアアアアッ!」

乱杭歯を向いて全方位突進する悪霊チキンに、土蜘蛛デーモンは牙を剥いて陽炎を帯びロケット射出! 両腕の手刀と背中の節足が残像加速で切断!

SLASH! SLASH! SLAAAAASH! 吹き荒れる血煙は路上の殺戮謝肉祭!

【これは……私は夢でも見ているの!?】

怪物を殺すには、怪物をぶつけよ! 呆然と立ち尽くすアンゲラの目の前で旋風が唸り、数十体の悪霊チキンがぶつ切り骨付き肉と化して沈黙!

「カハーッ!」

制圧を終えた土蜘蛛デーモンは、跳躍を繰り返しアーケード屋上に到達!

「ギャアーッ!? 大事な晴れ着が血塗れじゃない! ひとみショック!」

血の池地獄で全身血塗れ姿のひとみが、真っ赤なおべべを振り乱して復活!

【さあ、どこか安全な場所に避難しましょ】

ひとみの手を取ろうと伸ばしたアンゲラの腕を、ひとみの手が鷲掴みする!

「敵の正体見たりよ、魔導モンスター! 私たちも魔法少女に変身よ!」
【エェーッ!? ってか力強ッ!?】

銀色お目目を飛び出させ驚愕するアンゲラに構わず、鶏血全身パック状態のひとみが真っ赤な八重歯をキラリと光らせ、天狗ジーザズ面を顔に掲げる!

「たっくん、準備はいい!? ……OK? わかった♡」
【たっくん!? たっくんて何!? ていうか誰!?】
「風よ慄け、山よ、御霊は我に舞い降りん――天狗ジーザズぅ、変身☆」

ひとみを起点にミラクル七色怪光線トルネード発光! ひとみとアンゲラの着衣が弾け飛び、ゲーミング発光裸体に狩衣とゴスサンタ衣装を織り交ぜた冒涜的天狗ジーザズ魔法少女コスチュームが生成! 魔法少女・爆誕!

「天狗レッド・ひとみ、切れ味は絶好調! 極楽浄土に連れてったげる♡」

赤いミニスカ狩衣ゴスサンタ衣装をまとうひとみが、一本足下駄で血の海に着地してキメポーズ! プレゼント袋から取り出すは魔導チェンソー!

「て、天狗パープル・アンゲラ! 迸る雷光は生命の輝きよ! 征くわ!」

紫のミニスカ狩衣ゴスサンタ衣装のアンゲラが、翡翠色のLED電飾ブーツで着地してキメポーズ! プレゼント袋から取り出すは魔導スタンバトン!

「イケてる全身タトゥーね、パープル☆ 私、結構好きかも!」
「エッ!? ……ヒャアアアアアッ!」

天狗レッド・ひとみのウィンク発言で我に返った天狗パープル・アンゲラが自分の身体を冷静に見つめ、魔導スタンバトンを取り落とし乙女の悲鳴!

「何なのよこの格好おおおッ!? 刺青は誰にも見せたくないのにいッ!」
「カワイイ声で啼いておねだりしても、魔導モンスターは攻撃の手を休めてくれないの! さあイキましょ! 二人で殺るのよ、私について来て☆」
「ちょ、ちょっと待ってえッ!」
「「「「「ゴゲエエエエエッ!」」」」」

VROOOOOM! ひとみが魔導チェンソーを唸らせて駆け出し、アンゲラが魔導スタンバトンを拾い上げ慌てて後を追う! 迫り来る悪霊チキンたち!

「哀れなサタンの僕どもッ! ひとみが安らかに極楽浄土へ送っちゃう!」
「癒すことが叶わぬなら、せめて安らかに安楽死(イカ)せるわ!」 

VROOM! SPARK! VROOM! SPARK! VROOM! SPARK! VROOM!

「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」

チェンソーの斬撃軌道が悪霊チキンを分割し、スタンバトンを振るう軌道が紫電をスパークさせて円弧上に数メートル放射、悪霊チキンを焼け焦がす!

――――――――――

三人の変身ヒーロー&ヒロインが噴水廃墟コロシアムを目指す中、今一人の少年・アレイが通りの殺戮を見詰め、無力感に唇を噛み締め血を流す!

「チキショウ、クソッタレ……見てるだけか!? 俺は逃げ隠れることしかできねえのか!? 俺の戦場は電子の海だが、このままじゃ男が廃るぜ!」
『あるよ! アレイくん! ボクたちも変身するんだ!』
「へ、変身だと……?」
『そうだよ、アレイくん!』

「「「「「ギャアアアアアッ!?」」」」」

物陰に隠れて、スマートグラス越しに向き合う電子と現実。クリスタル鎧に迷彩ボディペイント姿のロクサーヌが胸を張る様に、アレイは嘆息した。

「おい、急にどうしたロクス。逃げる時にどっか頭でも打ったか?」
『ボクは至って正気だよ、アレイくん! ボクたちも変身して人間を超えた力を手に入れて、あのチキンモンスターどもをやっつけるんだ!』
「バッカでぇ。俺たちゃ電子戦メインの安楽椅子探偵だろう、インドア派の俺たちコンビが、あのフィジカルお化けどもとどうやって戦うんだ!」
『生身で敵うわけないでしょ! だから……変身するんだよ!』

ロクサーヌがスマートグラス越しに顔を近づけ、大手を振って喚き立てる!

「「「「「ギャアアアアアッ!?」」」」」

アレイが溜め息をついて眉根を揉む間にも、死人は着実に増えていく!

『時間が無いから手短に言うよ、アレイくん。ボクたちのHIDに、メールが届いたんだ。差出人の名前は『サンタクロース』……名前は馬鹿げてるけど重要なのはそこじゃない。メールには『ソウルアバター』ってプログラムが添付されてた。詳しい説明は省くけどね、電子空間で構築したプログラムを物理現実に実体化させられるみたいなんだ。まるで魔法みたいだよね!』

ロクサーヌがスマートグラス上にメーラーを表示し、サンタクロース名義で送られたメールと、謎めいた現実干渉プログラムをアレイに突きつけた。

「有り得ねえ……そんな出鱈目なウソ話が……とても信じられねえ」
『もう、そんなの気にしてる場合じゃないんだってば! ボクたち変身して戦わないと、物理現実パーティションでクリーンされちゃうんだよ!』

「「「「「ギャアアアアアッ!?」」」」」

『一か八かだよ、アレイくん! 迷ってる時間があるなら少しでも生き残る可能性が高い方に動き出せ、いつもアレイくんそう言ってるじゃない!』
「いや……しかしだな……」
『あーもうグチグチうっとい! プログラムはボクがコンバートしてるからアレイくんはオプティグラス上のアイコンをフリックするだけで大丈夫!』

アレイのスマートグラス上に、瓶詰めのリンゴ(ポム・プリゾニエール)を翻案した半透明アイコンが表示され、鼓動を波打たせて虹色発光する。

『変身するんだ、アレイくん! ボクと! 合! 体! 変身するんだ!』

ロクサーヌはソウルアバターの起動アイコンをハープのように抱え、合体の二文字をやけに強調し、スマートグラス越しにアレイに迫って声を張った。

CLASH! CLASH! CLAAAAASH! 一帯を荒らし回る悪霊チキンの軍勢の一頭が、アレイの隠れた遮蔽物を引っ繰り返し、嘴の乱杭歯を剥いた!

『これが最後のチャンスだよ、覚悟を決めろ……アレエエエエエイ!』
「ゴゲエエエエエッ!」
「しゃあねぇ、どうなっても俺は知んねえかんな!」

やけっぱちで喚くアレイの指が、アイコンをフリック! 酒瓶からリンゴが滑り出して生命の水が飛沫と散り、アレイの身体が電子ノイズと共に霧散!

[[ ACCEPTED: Virtual Materialization Emulated…… ]]

「ゴゲエエエエエッ!」

悪霊チキン、乱杭歯ギロチンカッター攻撃! しかし虚しく空を切る!

『力が漲ってくるよ、アレイくん!』
「応! 行くぜ、ロクサーヌ!」

虚空より雪煙が凝集! ブリザードめいて竜巻回転! 臨界まで達し炸裂!

「『個人装甲電子戦型ソウルアバター……ジャック・ローズ!』」

それは、七色偏向プリズム全身鎧に身を包む、人機一体の凍結電子戦騎士!

『ボクとアレイくんの 合! 体! 変身でッ!』
「敵のブルートフォースアタックも全部まとめて凍結(フリーズ)だッ!」

背中の七色偏向プリズムマントを寒風に棚引かせれば、裏地の燃えるような薔薇色が飽くなき闘争心と正義感を叫ぶ! 背後で白い冷気が爆発!

[[ SELECT ARMAMENT: Changing…… "Shooting Buster" ]]

凍結騎士の両腕に電子ノイズが凝縮し、双砲塔ベルト給弾式チェーンガンを再構成してマウント完了! 武装展開の所要時間はコンマ1秒未満だ!

「オラァ行くぜェッ! 俺たちの冷たくて速い弾を喰らいなァッ!」

BRAT-A-TAT-A-TAT-A-TAT-A-TAT! 高速給弾・高速連射・高速排莢!
二門水平連結で撃ちまくりながら回転し、凍結APFSDS弾を全方位に投射!

「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」

矢継ぎ早に放たれる凍結弾に撃たれ、悪霊チキンたちが凍って崩れ落ちる!

「まだまだ喰い足りないぜェ!」
『ボクたちの本気、こんなもんじゃないんだからッ!』

チェーンガン連結解除! 左右独立で機関砲を構え、凍結騎士が駆け出す!

「右右ィ! 左左ィ! 上下上下ァ!」
『自分たちだけズルして無敵モードだもんね!』
「ブラックアウトさせてやるぜ、アホども!」

BRAT-A-TAT! BRAT-A-TAT! BRAT-A-TAT! 凍結フレシット弾の雨霰!

「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」

凍結弾に当たったそばから、チキンたちの身体が冷凍崩壊! 壊死した肉が冷凍マグロじみて通りに転がり、冷気を帯びた白煙が吹き抜ける!

「「「「「ゴギャアアアアアッ!」」」」」

悪霊チキンの第二派が、定員オーバーの広場中央より溢れて押し寄せる!
決壊したダムから流れ下る濁流のごとく! 凍殺した屍が氷河めいて転がる零下の通りの、雪煙漂うど真ん中で待ち受ける凍結騎士を目がけて!

BRAT-A-TAT-A-TAT-A-TAT-A-TAT-A-TAT! 双砲身のフレシット弾掃射で前衛の数ダースの悪霊チキンを一絡げに凍結粉砕! 凍結騎士が走る!

[[ SELECT ARMAMENT: Changing…… "Glacial Horn" ]]

走りつつ、両腕チェーンガンが電子ノイズと共に分解! コンマ1秒未満で凍結騎士の双腕に氷柱剣……七色偏向プリズムのカッツバルゲルを再構成!

「『ウオオオオオッ!』」

マントの裏地の薔薇色を靡かせ跳躍、凍結騎士は一対の氷柱剣でX字を象り歪な刀身から氷粒を散らし、悪霊チキンの波状攻撃のど真ん中に飛び降り様シザークロス! 残心のち双剣を振るい、手近な者から叩き斬っていく!

SLASH! SLASH! SLAAAAASH! 白兵戦は戦の華と唸る捨身の氷剣戟!

「「「「「ゴギャアアアアアッ!?」」」」」
「おい見ろ! 何だあいつは……?」
「仮面の変身ヒーロー?」
「嘘だろ……まるで夢でも見てるみたい」
「ゴギャアアアアアッ!」
「「「「「ウワアアアアアッ!?」」」」」

路地から戦闘を窺う、生き残りの逃げ遅れ市民たちに悪霊チキンが突進!

『アレイくんッ!?』
「ああ、見えてるよッ! 何でさっさと逃げやがらねえんだ!」

[[ SELECT ARMAMENT: Changing…… "Shooting Buster" ]]

チキンの束を切り倒しつつ、凍結騎士は片腕の剣だけ機関砲に換装!

『FCSは任せて! ピンヘッドできるぐらい精密に撃っちゃうよ!」

BRAT-BRAT-BRAT! 機関砲が連射サイクルを落としてバースト射撃!

「ゴギャアアアアアッ!?」

悍ましい背筋が漲るチキンの背中の中央に、凍結APFSDS弾が複数命中!

「「「「「やったか!?」」」」」

崩れ落ちるチキン! ヒーローと怪物の闘争に、興奮を隠せない市民たちがわらわらとスマホを手に歩み出て、怪物の死体を移さんと我先に群がる!

『何してんの、あの人たち!?』
「危ねえぞ馬鹿野郎、退けェっ!」
「ゴ、ゴギャッ……ガゴオオオオオッ!」
「「「「「ウワアアアアッ! まだ生きてるぞッ!」」」」」

死力を振り絞って起き上がる怪物に、市民たちが慌てて後退! うち一人が何かに躓いて転倒! スマホを取り落とし、肩越しに振り返れば怪物の。

「させねェッ!」

PKKKHHT! 残像と雪煙を曳いて駆ける凍結騎士の氷柱剣が、死にかけた悪霊チキンの背中に飛び込み、断末魔に反らされた胸から突き出した!

「ゴギャアアアアアッ!?」

過たず心臓を貫き凍結! 刺突点から氷結が広がり、どす黒い壊死が致死の染みを広げる! 凍結騎士は氷柱剣を抜き――SLASH! 返す刃で首切断!

「「「「「ウオオオオオオッ!?」」」」」

ヒーローらしからぬ念入りな虐殺に、市民たちはスマホを放り出し失禁!

『キミたち、こんな所でボヤボヤしてたら死んじゃうよ! 早く逃げて!』

残虐騎士に相応しからぬロクサーヌの中性的な声に、市民たちが目を瞬く。アレイは無言で鼻を鳴らし、氷柱剣を血払いめいて振り、身を転じた。

――――――――――

四人の少年少女戦士たちが、地獄の死者・魔鶏戦機メカトリスの座す広場へ示し合わせたように向かっていく中。商店街の中でも、変身の恩恵に与れぬ一般人……夢を見ることを忘れた大人たちが少数、抗戦を続けていた!

BRAT-A-TAT! BRAT-A-TAT! BLAMBLAMBLAM! BLAMBLAMBLAM!

「いつの間にか手元に現れたプレゼント袋……一体誰が、何の意図で?」
「使い物になりゃ何でもいいのよ! チックショウ、敵が多すぎる!」
「……同感です」

アーケード街のど真ん中、ピンクパーカー姿の女と桔梗色の半纏を羽織った男が背中合わせで、悪霊チキンの包囲網を押し返さんと果敢に立ち向かう!

「てかあんた、そんな恰好(ナリ)して鉄砲使えるワケ!?」
「一応。昔取った杵柄……とでも言いましょうか」

重改造Vz58短縮カービン銃を構える女は、野村ユヅル! 16.5インチ銃身のHK416アサルトライフルを忍者刀めいて構える男は、鞍石キヨツグ!

BRAT-A-TAT! BRAT-A-TAT! BRAT-A-TAT――CLANK!

「何なのよこいつら! 撃っても全然ピンピンしてんじゃん! 死ね!」

ユヅルは銃を弾切れさせて舌打ちし喚く! 背負ったプレゼント袋の中からガード電球型の緑色手榴弾・URG-86を抜き出し、着発信管に設定し投擲!

BTOOOOOM! 悪霊チキンのモッシュピットに飛び込み炸裂!

「口汚い罵り言葉を吐くもんじゃありませんよ、お嬢さん」

BLAMBLAMBLAM! BLAMBLAMBLAM! 残像が見える速度で指を閃かし凄まじいセミオート連射で敵を牽制するキヨツグが、苦笑いして窘めた。

「「「「「ゴギャアアアアアッ!」」」」」

二人の抵抗も焼け石に水! 囚人の乱闘場めいてユヅルとキヨツグとを囲む悪霊チキンたちは、致命傷でない者が起き上がり、乱杭歯を剥いて再突撃!

BLAMBLAMBLAM! BRAT-A-TAT! BLAMBLAMBLAM! BRAT-A-TAT!

「多勢に無勢。これではいずれジリ貧か……!」
「だったらどうすんのよ! 死に物狂いで戦う以外、方法はないわよッ!」
「一先ず、この四面楚歌の不利な場所を、一刻も早く離脱すべきかと」
「口で言うのは簡単! やれるもんならやってみなさい、馬鹿チン!」
「方法はあります。不肖・交渉”忍”……この鞍石にお任せを」

「「「「「ゴギャアアアッ!」」」」」
「ウギャーッ!? 死んでたまるかァ!」

殺到するチキンの大群! BRAT-A-TAT! ユヅルは自棄クソで弾切れまで撃ちまくり、最後っ屁に手榴弾のピンを口で抜いて、投げつける!

「……御免!」

BTOOOOOM! 地上の花火めいてURG-86が弾け、悪霊チキンが吹き飛ぶと同時に、銃と袋とを背負ったキヨツグが、ユヅルを肩に抱えて身軽に跳躍!

「うおッ……おわわわわわ高い高い高い高い高い! ちょッままままま!」
「鞍石家二十六代目当主・鞍石キヨツグ……推して参るッ!」

因幡の白兎もかくやのバランス感覚で、キヨツグは悪霊チキンの額を踏んで怪異の海を飛び渡る! ユヅルを支える腕と反対側の、徒手の半纏の袖から滑り出る筒状のプラ包装! 内部にはピンクの微細ビーズと液体が満ちる!

キヨツグが忍者バランス走行を続けつつ、悪霊チキンの大群が迫る背後へと投げ打てば、包みに繋がれたコードがTOWミサイルの誘導ワイヤーのごとく唸ってバランスを取り、プラ筒包装が遠く背後に犇めく敵の中へ落下!

「鞍石流交渉術……”発破掛け”。御免ッ!」

FLICK! キヨツグの握った遠隔信管のスイッチが弾かれ――BTOOOOM!

「「「「「ゴギャアアアアアッ!?」」」」」

手榴弾とは比較にならない爆轟音を伴い、悪霊チキンたちが数十頭の規模で骨肉を弾けさせ爆死! キヨツグの肩の上でユヅルが度肝を抜かれ絶叫!

「ホギャアアアアアッ!? 何だああああああッ!?」
「ANFO爆薬です! 至近距離では危険ゆえ、今まで使えませんでした!」

キヨツグが糸目を見開き、ジグザグにチキンを飛び渡って答えつつ、懐から新たな爆薬包装を滑り出させる。WHIRRR――FLICK! BTOOOOOM!

――――――――――

商店街のカフェの二階、テーブルを寄せ集めた即席のバリケードの隙間から銃口を突き出し、癖毛髪の中年男とユダヤ人青年が、銃撃を交互に継続!

BRAT-A-TAT! BRAT-A-TAT! BLAMBLAMBLAM! BLAMBLAMBLAM!

「やってらんねーなチクショウ。大体、俺は人間専門の殺し屋なんだよ!」
《何か言ったか!? 日本語じゃわからないから、英語で言ってくれ!》
《撃っても撃っても湧いてきやがる! これじゃ切りがねえぜ!》
《分かってる、分かってるよ! だけど、やるしかないんだ!》

ベートーヴェンめいた癖毛髪の男・不破サダムは、擲弾発射器が装着されたSAN SG751SBアサルトライフルで撃ちまくる! 隣ではユダヤ系白人青年のジョシュア・ゴールドマンが、IWI TAVOR TS12ブルパップ散弾銃を再装填!

POM! ――BTOOOOM! BLAMBLAMBLAM! BLAMBLAMBLAM!

《サンタクロースのクリスマスプレゼントにしちゃ随分と物騒な玩具だ!》
《同感! おかげで、どうにか命が助かってるけどね!》

ジョッシュとサダムは軽口を交わしながら、逃げ場の無い袋小路でチキンを寄せ付けまいと撃ち続ける! 続々と店内に侵入する悪霊チキンは、同朋の死骸を掻き分けながら、人間の臭いに引き寄せられて押し寄せ続ける!

《血がクッセエな! ヤツらの死骸に埋もれて窒息死しちまいそうだ!》
《食われて死ぬのも窒息死するのも、どっちも御免! フラグアウト!》

ジョッシュがプレゼント袋から林檎型手榴弾・M67を掴んで、悪霊チキンの群れに投じて叫ぶ! 二人は遮蔽物の下に身を伏せ――BTOOOOOM

――――――――――

商店街のまた別の場所では、アメリカンポリス姿の黒髪短髪アンドロイドとミリカジ姿の赤紫髪女の二人が、悪霊チキンの満ちる路上を身軽に跳ねる!

《法律に照らせば、怪物にも生存権はあると思うけど……ゴメンナサイ!》

BUZZZZZ! 女アンドロイド・楓は、ポリス制服を投影したくノ一スーツの左腕から展開した赤熱ブレード『鬼切』を振るい、悪霊チキンを焼き切る!

[命を脅かす者があれば、排除するのみよ。相手がチェ×××××奇形児みたく怪物でも、やることは同じ。肉を抉り、骨を砕き、脳に銃弾を叩き込む!]

WHIRRRRRR――SH-BLAM! SH-BLAM! WHIRRRRR――SH-BLAM!

赤紫髪女・ナターリアは、服の下の炭素製外骨格にマウントしたワイヤーのリールを唸らせて身体を宙に舞わせ、ShAK-12ブルパップ銃を巧みに操って悪霊チキンの脳天に大口径弾を見舞う! 着地し、撃ち、飛び離れる!

BUZZZZZ! SH-BLAM! BUZZZZZ! SH-BLAM! 銃撃と斬撃が断続的に悪霊チキンの群れを迎え撃ち、少しずつだが着実に数を減らしていく!

――――――――――

「ハーッハッハハハァッ! 殺せ、鶏ども、殺せ! リア充は皆殺しだ!」
『コケエエエエエッ!』

悍ましいチキン肉塊の大群が蠢く噴水広場! 巨漢の前線本部指揮官めいて鎮座する超合金ロボットのコクピットで、赤ローブ男が痛快に哄笑!

「させないわよ、魔導モンスター!」
「罪深い人……なぜ何の罪もない人たちを無意味に殺すの! 許せない!」
「ゴギャアアアアアッ! 自惚レルな人ノ子! 畜生デ我は殺セぬゾ!」
「手前に人の心ってモンはねえのか! 罪の代償を払わせてやるぜ!」
『今のボクたちなら百人力だ! その悪趣味なロボットには負けないよ!』

VROOM! VROOM! VROOOOOM! SPARK! SPARK! SPAAAAARK!
SLASH! SLASH! SLAAAAASH! BRAT-A-TAT! BRAT-A-TAT! SLASH!

夥しい血飛沫を撒き散らし、殺戮芝刈り機めいてチキン肉をばら撒きながら四人の少年少女が集う! ひとみ! アンゲラ! ノゾム! アレイ!

「何だお前ら! と思ったら……フハッーハッハハハ! たった四人で!」
『コケエエエエエッ!』
「ワイルドハントの神通力をとくと味わいな! さっさと殺せ、鶏ども!」
「「「「「ゴゲエエエエエッ!」」」」」

軍隊蟻のごとく犇めく悪霊チキンの大群が、湘南のビッグウェーブのように一際大きく波立ち、四人のヒーロー・ヒロインを飲み込まんと挑みかかる!

「「「「『やれるもんなら……やってみろッ!』」」」」」

四人の少年少女と、”一人”のAI! 決意の表情を浮かべた五人が顔を並べて決意の咆哮! 七色偏向プリズム鎧の凍結騎士が、雪煙を曳いて先んじる!

「お先に行くぜッ!」
『サンタに貰った『ソウルアバター』の力で……ボクたちも、やれる!』

[[ SELECT ARMAMENT: Changing…… "Harvard Cooler" ]]

凍結騎士ジャック・ローズの身体に凝集する電子ノイズ! 中世棺桶めいたエアタンクが背面に現出し、タンクから堕天使の羽のように六対十二枚ものヒートパイプ接続ラジエーター翼が現出! 翼の空冷ファンが急速回転!

腰だめに握る凍結騎士の両手が、排気口めいて無骨な砲口と化す! 背面の空冷ファンがフル回転し、装甲をも凍らせる猛烈な冷気をフルチャージ!

「『全員まとめて瞬間冷凍してやる! ハーバード……クーラーッ!』」

小さな凍結騎士をクローラ轢殺せんと殺到する、悪霊チキンたちの信じ難い大群を目がけて、凍結騎士の突き出したダクト砲口が白く瞬き、発砲!

PHHH――BREEEEEEEEEEZ!!!!! エネルギー砲のごとく冷気の奔流!

「「「「「「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」」」」」」

六対十二枚のラジエーター翼によって溜められた、強烈無比な冷凍ビームが長大な氷の剣がごとく、広場を横一文字に薙ぎ払う! 空気中の水分が忽ち凍結してダイヤモンドダストが乱反射し、グロス単位でチキンが凍結死!

「ひとみをさしおいて抜け駆けとは小癪な! んじゃあ、私も殺るわよ♡」

VROOOOOM! バスタードソードめいて巨大チェンソーを携え、ひとみも一本足下駄で大跳躍! 悪霊チキンどものモッシュピットに飛び込む!

「もーろーびとーこーぞーりーてーむかーえまーつれー! ひさーしーくーまちーにーしーしゅはきませーりー! しゅはきませーりー! しゅーはーしゅはーきませーりー! しりょーおのーはらわたーうちくだーいてー!」

VROOM! VROOM! VROOOOOM! ひとみの賛美歌とチェンソー乱舞!

「本当に戦場は地獄よ! 死んだサタンだけがいいサタンだわ、死ね!」

VROOM! VROOM! VROOM! VROOM! VROOOOOM!

ひとみは魔法少女スマイルで鋸刃の全方位回転切り! アンドゥトロワ……アンドゥトロワ……殺戮のフィギュアスケートが悪霊チキンを薙ぎ払う! 

「「「「「「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」」」」」」

生ける鶏も死ねる鶏も、温かい鶏も凍った鶏も、全部見境なく鋸刃両断!

「人の命は野花のごとく、敵の多さは砂粒のごとく……でも、やるわ!」

SPAAAAARK! 地上の雷めいて爆音と閃光を曳き、アンゲラが強化された身体能力で大ジャンプ! 余りに眩し過ぎてシルエットしか見えない!

「力が……身体の底から漲ってくる! いつもの祈祷よりもっとずっと!」

SPARK! SPARK! SPAAAAARK! アンゲラは、魔法少女衣装のLED電飾に劣らぬ翡翠色の燐光をまとい、束の間の命を謳歌する蛍めいて舞い踊る!

「「「「「「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」」」」」」

スタンバトンを一薙ぎすれば、雷めいた大電流が悪霊チキンを焼き尽くす!

「ゴギャアアアアアッ!」

暴れ回る魔法少女二人と変身ヒーロー少年を飛び越え、土蜘蛛デーモン姿のノゾムが四肢の手刀足刀と節足を閃かし、陽炎の残像を曳いて高速移動!

「所詮畜生ハ畜生ゾ……精々命有ラん限り藻掻ケ、足掻ケ! カハーッ!」

CLASH! CLASH! CLAAAAASH! 黒曜石兜じみた頭でロケット頭突きを見舞ったらば、ビリヤードめいて数十体を巻き添えに将棋倒しで圧殺!

「僕ハ、許サナい……オ前を、殺ス! 貴様ハ、ココで死ナねバならヌ!」

SLASH! SLASH! SLAAAAASH! 四肢節足が蜘蛛足めいて蠢き、触れる者の全てを鉞で打ったかのごとく切り裂く! 羆サイズの鶏を骨ごと断つ!

「「「「「「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」」」」」」

他の三者より一際高速に、常人には殆ど死人不可能な速度で、殺戮の颱風と化したノゾムが静けさと共に死神の鎌を振るう! 切る斬る伐るキルKILL!

VROOM! BRAT-A-TAT! SLASH! SPARK! SLASH! SLASH! SLASH! BRAT-A-TAT! VROOM! VROOM! SPARK! BRAT-A-TAT! SPARK! VROOM! SLASH! BRAT-A-TAT! SLASH! SPARK! SLASH! SLASH!

「「「「「「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」」」」」」

縦横無尽に駆けまわる四人の少年少女……いや鬼神の申し子たちが、鏖殺の嵐もて悪霊の鶏たちを撃滅する! 両断! 凍結! 解体! 電流殺!

「何だ……何だお前ら……何なんだ、貴様らはあああああァ――ッ!」

BRAT-A-TAT! BRAT-A-TAT! 凍結騎士が銃撃を止めて空中へと飛翔!

「退きな、お三方! これじゃキリがねえ! まとめて片付けるぜ!」

[[ SELECT ARMAMENT: Changing…… "General Frost" ]]

凍結騎士の背面に再びラジエーター翼が現出! 徒手を虚空に掲げ、猛烈な勢いで空気中の二酸化炭素を冷凍凝縮! 巨大なドライアイス塊を生成!

「『雪の花火は陸で咲く! 必殺! ジェネラル……フロスト!』」

PHHH――BTOOOOOOOM! ドライアイスボールが地に投げ打たれ炸裂!

「「「「「「「「「「ゴゲエエエエエッ!?」」」」」」」」」」

穢れなき純白の極地制圧戦術凍結弾が、雪崩めいた奔流となって噴水広場を飲み込み、地に這う者たちを氷点下78.5℃の極冷地獄で凍り付かせる!

「つめたーい! 死んじゃう! 死んじゃーう! あばばばば!」

ひとみはケツを捲って飛び上がり、ドライアイスアイス波から遁走!

「ちょっと、いくらなんでもやり過ぎよ! 持ち応えられるかしら!?」

CLAP! CLAP! CLAP! アンゲラは電磁バリアを展開し防御! 溢れ返るドライアイス波が、彼女の周囲数メートルの半球を避けて流れ行く!

「カハーッ!」

ノゾムはドライアイス波をまともに浴びるが、身体から発する溶岩のような灼熱が極冷を中和! 雪のようにドライアイス波へと足跡を刻み、水蒸気とダイヤモンドダストをまといながら連続跳躍、ひとみとアンゲラを救出!

「「キャーッ!?」」

背中の節足で魔法少女二人を抱え、氷点下の死の世界から離脱せんと跳躍を繰り返す! 陽炎の残像を曳いて駆け、跳び、向かう先は――メカトリス!

「ゴギャアアアアアアッ!」
「ウワアアアアアアッ!?」

跳ぶ! 跳ぶ! 跳ぶ! 極低温で動作停止し、木偶の坊と化した超合金の胴体に貼りついて蜘蛛のごとく攀じ登る! 巨大な鶏頭の首根へと!

「キエーッ! 唸れ、魔導チェンソー☆」

BROOOOOOOOOOM! ひとみが魔導チェンソーを閃かせ、メカトリスの顔面で火花が舞う! 黄色の双眸を湛えた顔面上部が長方形に開放!

「そこねッ! お願い、魔導スタンバトンッ!」

SPAAAAAAAAAARK! 迸る紫電がコクピットを舐め尽くし、搭載された電子機器を一網打尽に破壊! メカトリスの管制装置は完全に機能停止!

「チクショーッ! こんな出鱈目、認められるか! まだ負けんよ!」

魔法少女二人に土蜘蛛デーモンの三者と対面した赤ローブ髭顔筋肉中年男が血走った目を見開き絶叫! その手には、今一つのエントリープラグ!

「ワイルドハントは永遠なりィ! 二号機行くぜえッ! オオオオオッ!」

赤ローブ男は、疲労のポンッと取れるクリスタルL.C.L溶液を注入し咆哮!

「オオオオオ――アア゛ッ!? ガバッ!? ゼハーッ、ゼハーッ!?」

空のエントリープラグがコクピットの床に転がり、男が呼吸を荒げる!
男の視界が光に染まり、加速した薬物中毒は遂に危険な領域へと突入する!
極楽色の過剰摂取(レインボーブリッジ・オーバードーズ)だ!

「うわあああああッ!? 何だ、何だこれェッ! 助けて、助けて!?」
「カハーッ……」

男の生首を捥いで心臓を抉り出しす構えだったノゾムは、オーバードーズで錯乱する男の姿にすっかり鼻白み、男の苦悶を馬鹿馬鹿しそうに眺めた。

「アーッアッアッアッ……俺の人生こんなはずじゃア゛ーッ! クゥーン」

土蜘蛛デーモンに虐殺されるまでも無く、男はしめやかに息を引き取った。
メカトリスのコクピットから見下ろす商店街は、死の静寂に満ちていた。

――――――――――

「ちょっと、一体何なのよあんたたち! 放しなさいよゲボオッ!?」
「オラ騒ぐんじゃねえ! 次がつかえてんだよ!」

頭陀袋を被せられて喚き散らすひとみの頭を、AKS-74Uアサルトライフルの金属折り畳みストックが打擲した。黒ローブにガスマスク姿の男が、両手の銃を握り直して面倒臭そうに吐き捨て、仲間の黒ローブに手を振って示す。

「おい、俺たちは街の危機を救ったヒーローだぞ! 何でこんな目に!」

頭陀袋を被せられ、後ろ手に縛られたアレイが怒りに震えると、黒ローブは後頭部をAKの銃口で小突き、うんざりしたように深い溜め息をこぼす。

「感謝してるよ、流石は選りすぐりのヒーローどもってとこだな。約束通り元の世界にちゃあんと帰してやるから感謝しな。はい、次!」

死屍累々の噴水広場に引っ立てられた救世主たちは、黒ローブガスマスクの男たちが、三人がかりで広げる巨大なプレゼント袋に次々と放り込まれる。

「やれやれ全く、俺たちは地獄の獄卒か? 一体何の罪でこんなクソ仕事をさせられなきゃならねえんだ? おい、そうだろブラザー」
「無駄口叩くな! お前もサンタがやりたくてこの仕事に入ったんだろ!」

黒サンタたちは渋々と言った様子で手を動かし、役目を終えた救世主たちをプレゼント袋型の転移装置へとゴミのように投げ入れ、自分の選んだ仕事を心から悔いていた。サンタなんてやるもんじゃない。黒い奴は特に最悪だ。

「世界中のやんちゃどもを甘言で騙して、世界平和に貢献させるたぁな!」
「おめえら、今度会った時は絶対にブッ殺がばあッ!」

頭陀袋を被せられたサダムの脳天を、AKの金属ストックがクリーンヒット!

「ハイハイ。今度はお呼ばれしないように、一年いい子で過ごすんだよ!」

気絶したサダムを、黒サンタが二人で引っ張ってプレゼント袋に投げ込む。

「悪夢だ……これはきっと悪い夢なんだ……」

頭陀袋を被せられ連行されるノゾムに、黒サンタが銃口を構えて嘲った。

「そうそう、これは悪い夢だ。起きたら全部忘れてんだから、気にするな」

黒サンタがノゾムをプレゼント袋に放り込むと、影も形も無く消え去った。

「おい、こいつで最後か?」
「拾い残しはいねえな!」

指揮官らしきガスマスク黒サンタが、バインダーに挟んだチェックシートの名前リストを赤ペンでなぞる。全ての名前にチェックが付けられていた。

「作戦終了! おーい、撤収だ!」
「「「「「撤収!」」」」」

黒ローブガスマスクサンタクロースたちは、ボンネットに二本の角が生えたトナカイ型軍用トラックの荷台にそそくさと乗り込み、エンジンを回した。

「それじゃあ諸君! メリークリスマス!」

CLANK! BLLLLLGGGGHH……VROOOOOM! トナカイ型軍用トラックがエンジン音を高らかに響かせて、死屍累々の広場から冬の空に飛んでいく。

――――――――――

クリスマスの夜。アパートの一室に、脂と香草の焼ける薫香が漂っていた。

「どれ、チキンの丸焼きの完成だ。素人料理も、意外と悪くないだろう」
「ふうん。まあ、本当はターキーなんでしょうけど」
「言いっこなしだ。こういうのは形より、楽しむ気持ちが大事なのさ」

パリッと焼けた骨付き肉を切ると、腹の中に詰められて蒸された香草と米が芳しい蒸気を上げた。女は取り皿の肉と香草を口に含み、目を見開く。

「……美味しい」
「手間をかけて作ってみるのもいいもんだ。たまにはね」
「たまには、ね」

男は卓上にリーデルのテイスティング・グラスを二本取り出し、スペインのガルナッチャ種の安ワインを開けて注ぎ分けると、女にも差し出した。

「うん、美味しい。やっぱり肉料理にはこういう野性味の強い味が合うね」
「自分で注いでおいて、乾杯もせずに勝手に飲んじゃうわけ?」
「悪いね、つい」

男はあっけらかんと笑って謝り、酒を注ぎ直したグラスを卓に掲げた。

「「乾杯」」

チン! 控えめにかち合わされたグラスが、控えめに華やかな音を立てた。

「ところで、昨夜は変な夢を見たよ。聞くかい?」
「聞かないって言っても、どうせ喋っちゃうんでしょ?」
「まあそうだがね。いや実はさ、久しぶりにサンタクロースに会ったんだ」
「……は?」
「勿論、夢の中でね。よくある赤いサンタクロースじゃなくて、黒いヤツ」
「黒いサンタクロース?」
「袋の中にはプレゼントじゃなくて、家畜の臓物が入っているんだそうだ。悪い子の家には黒いサンタがやって来て、臓物を撒き散らすんだそうだ」
「何よその嫌がらせ……」
「もっと悪い子は袋詰めにされて、どこかに連れていかれるんだとか」
「ハァ……で、あんたはどうして連れていかれなかったの?」
「断ったからね。断ったら、許してくれたよ」
「エェ……?」
「黒サンタはこう言うんだ。『君は本当に幸運だ。俺たちは世界を救うため腕に覚えのある者を探しているが、君も平和のために戦う気はないか』と」
「で、断ったの?」
「断ったさ。社用以外で殺しはやらない、百歩譲ってやるとしてもおかしな依頼は請けない、万歩譲って請けるとしても、世界を救う柄じゃないとね」
「……あんたの答えとしては100点ね。で、それからどうなったの?」
「別に何も。『分かった、急いでいるから他を当たろう』とだけ。今にして思えば、自分の信念を曲げてでも行くべきだったな。夢なんだから」
「それは、夢だって分かってるから言えることなんじゃないの」
「まあそれはそうだがねぇ……余りにも荒唐無稽で、気になるじゃないか」

ガタガタッ――ガタッ! ドアの向こうの物音を察し、男女は目配せするとホルスターから拳銃を抜いた。二挺の小型拳銃が、ドアに構えられる。

「どうかしら。夢の続きなんて響きはロマンチックだけど……深追いしても碌なもんじゃないわ。幸せな夢のままでいられる保証はどこにもない」
「君のそういう悲観主義的なところ……私は嫌いじゃないんだ」
「あっそ。知ってるわ」
「それではサンタクロースに労いのクラッカーを」
「私たちからの親愛なるプレゼントを」
「「CHEERS!(よろしく)」」

BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!


【過剰殺戮⚔ドキドキ♡クリスマス! おわり】


【あとがき】

どーもこんちは、slaughtercultです。こんな感じのナンセンスなギャグ話も挟んでおいた方が、後に書く人が気が楽かなーとか思った次第です。
個人的には、エントリープラグでシャブ注入♡ という最低最悪のギャグを思いつけたので満足です。これまで私の作品を読んでくださっていた皆様に向けては、既存作のキャラのパロディでファンサービスもできたし満点。
話の筋は色々と迷ったところがありますが、これはリライト作ということで当初の構想通り、比較的真面目に書けた感がありますね。初稿はこれ以上に酷い出来栄えだったよ。B面(死後)として投稿しようかな。有料記事で。
只今、午前2時26分。何とか原稿を落とさず安堵する私でした。
じゃあいずれまたどこかで会いましょ。slaughtercultでした。


明日、12月18日は朝昼兼さんの、『クリスマスだよ!かわいい犬ぞりvs発注間違えたまま完成してしまったヘラジカソリレーシング大会!』です!

……Don't Miss It!

本作は #パルプアドベントカレンダー2020 参加作品です。


From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!

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素浪汰 狩人 slaughtercult
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