Mirai

18歳 学校教育に疑問を感じ、高校を休学中 現在、オルタナティブスクールで研修生として働く

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18歳 学校教育に疑問を感じ、高校を休学中 現在、オルタナティブスクールで研修生として働く

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子供たちへのプレゼント

"もっと教えて!" その歴史の時間が終わると、1人の子が目を輝かせながら僕に近づいてきた。 僕はその子をみて、かつての自分とその子とを重ねずにはいられなかった。 歴史の時間 今いるスクールでは、なにかのきっかけがあると、歴史好きな僕が子供たちに簡単な歴史の授業をすることがある。 授業といっても、僕がパワーポイントで作成したスライドショーを流しながら、子供たちに話すという形だ。 堅苦しく難しいものには絶対にしたくないから、クイズをたくさん入れてみたり、笑いの要素を含ませ

    • 言葉と心

      心の窓 言葉 それは心の窓だと思う。 同じ言葉でも覗く時々によって見える景色が変わる。 同じ言葉でも覗く人によって見える範囲が変わる。 言葉を見ればその人の思考が覗け、 言葉を変えれば思考や心も変わるのだと思う。 本当の景色を眺めるためには、頭でその意味を理解するだけでは十分ではない。 自らの経験と向き合った時間で、頭から心にその意味をそっと落とし込めた時、純粋で深みのある表情を眺めることができる。 そしてその表情は変化していく。 自分が過ごしていく中で得た知

      • 本物と共感

        本物 本物を感じたい。 いつからかそう思うようになった。 テレビや映画、ネットに本、、 その中に広がる世界や情報は本当に存在しているのだろうか。 言ってしまえば、自分の目で見ていないもの(体験していないもの)、それらはすべてフィクションである。 本当の世界はどうなんだろう、自分だったらどんな風に見えて、どんなことを感じるのだろう、、 自分の目を通して見て、感じたものだけが自分にとっての本物になるのだと思う。 最近、何事も"量より質"だなと思うようになった。 「

        • やり過ぎた後、どうするか

          クリスマスプレゼント クリスマスが近づいている。 子供と話している時に、クリスマスプレゼントに何をもらうか、、という話題がでてくることが多くなってきた。 もちろん僕にはもうサンタクロースが来ることはないけれど、プレゼントの話をする時の子供のなんとも言えない横顔を見ると、僕もワクワクした気持ちになれる。 これは、子供からもらうことができる唯一のクリスマスプレゼントともいえるのかもしれない。 ケーキ クリスマスといえばプレゼントをもらうことと同じくらい、ケーキを食べる

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        子供たちへのプレゼント

          正解のない世界

          日々の問い あの時の自分の行動は、子供にとってよかったのだろうか、、、" 実際に子供たちと過ごしていると、毎日その日の終わりにこんな疑問が頭に浮かび上がってくる。 この問いにはゴールがない。自分がしたことが本当にその子に対してよかったのか、それは自分はおろか、その子自身でさえも分からないものかもしれない。 正解のない世界 一度、僕は正解のない世の中に絶望したことがある。 ものごとの1つ1つに複雑な考えが入り乱れている。どれも間違っていない。 ああ言えばこういうことも

          正解のない世界

          正解があることは楽なことだ

          作られた正解 普段何気なく生活していると、いつのまにか、作られた"正解のようなもの"を追いかけていることがある。 良い大学に入って良い会社に入ること、新しいスマートフォンをいち早く手にすること、お金をたくさん稼ぐこと、誰かと結婚すること、、、 正解なんて、この世の中にはないのだと思う。正解があると感じている人は、自分が無意識に、ある形を正解として決めつけているだけだ。 研修生として過ごすようになって、教育においても、正解なんて誰にも分からないなあとつくづく感じるように

          正解があることは楽なことだ

          多様性が生きているとは?

          井の中の蛙大海を知らず井の中の蛙大海を知らずという有名なことわざがある。 視野が狭まることは、無知であることと同じであることをよく示している言葉だ。 多様な価値観や考え方を知り、認めることは 大海を知る第一歩であるのだと思う。 多様性を認めることが近年社会的に重要視され始めている。 LGBTや身体障害者、外国人などその範囲は幅広い。 学びの場所でも、もちろん多様性が現れる。 特に公立学校では、いろいろなタイプの家庭が集まる。 それに対して、独自の理念を持った学校やオルタナ

          多様性が生きているとは?

          見てもらうことよりも与えることに力を尽くす

          "この人は行動力があって素敵だな" ある時、とある人と話していて感じた。 伝えてみようか、伝えないでおくか 自分の中で迷いが生じた。 人に褒められると嬉しい "いつもありがとう" さりげない一言だけでも、言ってもらえると心の中がじんわりと温められ、"あぁ次も頑張ろう"という気持ちになる。 きっとこれは他人から自分を見てもらえている、認めてもらえていると感じるからだ。 自分で自分を認められたらそれほど生きやすいことはないと思うが、やはり生活していく中で他人のある程度の評価は

          見てもらうことよりも与えることに力を尽くす

          自分自身でいるということ

          その学び舎は山の中にあった。 周りには豊かな自然が広がる。 車の音や街の騒音の代わりに鳥のさえずりや風の声、川のせせらぎが聞こえてくる。 外の世界からは程遠く、ゆったりとした時間が流れていた。 そこでは、勉強をさせるということはしない。 もちろん、勉強をしたいと自分が思えばすることができる。 基本的に、1日どう過ごすのかはすべて子どもたち(小学生)が決められるのだ。 子供たちが自分で考え、なにをするのかを決断し、それを実現できる環境がそこにはある。 そこで大切にされている

          自分自身でいるということ

          僕が高校を休学した理由

          かの有名なスティーブ・ジョブズの言葉の中に、こんな言葉がある。 「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか?」 僕の挑戦はこの言葉から始まった。 17歳の冬、高校で過ごすことに限界がきていた。窮屈な学校生活と勉強に追われ日々、、 僕は高校で過ごすことの意味を見失い、学校教育そのものに対して、疑問や怒りが湧きあがっていた。 僕は教室の窓からよく空を眺めた。 空が一瞬一瞬表情を変えてゆく様に心惹かれる。僕は空が好きなのだ。

          僕が高校を休学した理由