ゆっくり成長というアントレプレナーシップモデル ~ユニコーン至上主義に疲れたら~
「自己主張と自己責任」、「イノベーションとリスクテイク」、「効率と競争力」。アメリカで行われるビジネスと言われると、このような言葉を思い浮かべるかもしれません。しかし、日本の25倍の面積を持つアメリカでは、その地域の特徴を生かした特有のビジネス文化があり、全ての都市がシリコンバレーのテンプレートを模倣することを目標としていません。今回は、その典型とも言うことのできるオレゴン州ポートランドのビジネススタイルを、隣の州のシリコンバレーと比較しながら紹介したいと思います。
メジャーな業界と規模
シリコンバレーは、テック産業とスタートアップの中心地として世界的に認識されており、ソフトウェア、インターネット、最先端技術部門などのイノベーションに重点を置いているエリアとして、多く知られています。本社を置く企業にはグーグル(Google)、アップル(Apple)、メタ(Meta)があり、急速な成長と世界市場でのリーダーシップを取る企業が多く見られます。
では、オレゴン州ではどんな業界が思い浮かべられるでしょうか。オレゴン州は、シリコンバレーを持つカリフォルニア州と、アマゾンとマイクロソフトで有名なワシントン州に挟まれた西海岸のもう一つの州ですが、不思議なことにITに重点を置いていない州なのです。オレゴン州のビジネススタイルはより多様で、デザイン、広告、クラフトマンシップ指向のビジネスなど、創造的な産業が顕著であることで州外からも認識されています。また、持続可能性と環境への強い興味を持っており、テクノロジーも成長しているセクターですが、シリコンバレーのように支配的な存在感を持っていません。
実際にカリフォルニア州とオレゴン州のセクター別GDPを見てみると(下図を参照)、インフォメーションのセクターがカリフォルニア州でトップに来るのに対し、オレゴン州では26分の1の規模で5位にランクインしていることが分かります。
日本で広まっていないオレゴン州のブランド
オレゴン州の製造系の企業というと、世界的に有名なナイキ(Nike)やコロンビアスポーツウェア(Columbia Sportswear)、そして日本初のスノーピーク(Snow Peak)の米国拠点オフィスを思い浮かべると思いますが、その他にもオレゴンだからこそ生まれたクラフトマンシップ溢れるブランドは沢山あります。今回はその一部を紹介したいと思います。
レザーマン(Leatherman)
売上:約9,700万ドル (2023)
ポートランドに本拠を置くマルチツールやナイフの著名なメーカーです。1983年にティム・レザーマン氏によって設立され、アウトドア愛好家や専門家にとって必需品となった革新的なマルチファンクションツール、「ポケットサバイバルツール」を発明しました。
2.ペンドルトン・ウーレン・ミルズ(Pendleton Woolen Mills)
売上:約1億9,000万ドル (2023)
独特のネイティブアメリカン風のパターンの高品質ウール衣類とブランケットを製造・販売。1800年代初頭にアメリカ西部のウール市場を支配したオレゴン州ペンドルトンの再復興を願って1900年代初頭に設立されました。特徴のあるデザインは、隣接するウマティラ居留地のネイティブアメリカンのパターンから由来しています。
3.ティラムック(Tillamook)
売上:約2億5,000万ドル (2023)
州の中心から西に1時間車を走らせた山と海に囲まれたオレゴン州ティラムックに本社を置く、高品質な乳製品を生産する国内メジャー企業。1909年にティラムック・バレー全体のいくつかの小さな乳製品工場が結集して、ティラムック郡クリーマリー協会、または今日では一般的にティラムックとして知られている協同組合を形成したことから始まりました。美味しいチェダーチーズ、ヨーグルト、アイスクリーム、サワークリーム、バターなどで知られています。
4.ダッチ・ブロス・コーヒー(Dutch Bros. Coffee)
売上:約9億6,578万ドル (2023)
Dutch Bros. Coffeeは、1992年にオレゴン州グラントズ・パスで設立された、ドライブスルーコーヒーチェーン。スタッフが着用するタイダイのシャツを特徴とし、楽しさと活気ある雰囲気を提供することで知られています。
オレゴン州のエコシステムとスタイル
上記のブランドを見ると、新陳代謝が速くベンチャーキャピタルからの投資を利用して新しいビジネス市場を開拓していくシリコンバレーと違い、オレゴン州にはコミュニティ志向でビジネス規模のスケールアップを行っていないスモールビジネスが多い印象を受けると思います。
実際に、2022年におけるアメリカ合衆国の州別ベンチャーキャピタル投資額を見ると、1位であるカリフォルニア州が約1,040億ドルであるのに対し、24位のオレゴン州はカリフォルニア州の105分の1の規模である約9.9億ドル。同年のGDPの規模がカリフォルニア州の12分の1であることや、州人口あたりのベンチャーキャピタル投資額がカリフォルニア州の11分の1、また州人口あたりのスモールビジネスの数を覗いてみると、カリフォルニア州(約410万社)はオレゴン州(約38万社)の約107倍であること見てもベンチャーキャピタルの浸透率が低いことがわかります。
ベンチャーキャピタルを引き寄せる力が弱い理由には、米国特有の州別ポリティカルアイデンティティが影響した政治ポリシーのインパクトも大きいですが、他にもサンフランシスコの様に世界トップの人材が通う大学および起業家育成ハブが相対的に少ないこと、そしてテック企業が少ないことも関係します。そのため、この様な中で、少ない地元のリソースを利用して地元でビジネスを生むためには、自己資本を活用してスモールビジネスから始める必要があるため、新しい市場を開拓する様なビジネスは自然と少なくなります。結果、ベンチャーキャピタルを引き寄せる力が更に弱くなりますが、反対にベンチャーキャピタルの様な外からの力がなくとも地元の経済を回すことのできるエコシステムが確立するのです。
アメリカでは土地が広い分、全ての州に同じ種類のリソースが同じ分だけあるわけではありません。シリコンバレーの様にベンチャーや海外からのリソースにも近い場合、ネットワークベースで大きなビジネスを速いスピード生み出すことができます。しかしオレゴン州の様なエコシステムでは、コミュニティーをベースに少しずつ多様なリソースを集め、ゆっくりとビジネスを成長させる必要があるのです。
オレゴン州で最も愛されたビジネスオーナー
そのようなオレゴン州のビジネススタイルを代表する企業にボブズ・レッド・ミルがあります。1978年にボブ・ムーアによって設立された同社は、オレゴン州ミルウォーキーに拠点を置き、伝統的な石挽き技術を用いて生産した栄養豊富な全粒穀物の粉を主な商品としています。今では全国スーパーチェーン店となった地元のFredMyerに開業から4年後に商品が並び、1989年には会社の成長に合わせて大きな施設に移転。
次の会社としてのリープを取るとなった時、ムーア氏は謙虚な姿勢を持っていたため、値札を付けずにExpo Westに初出展し、品質が買われて全国に一気に広まりました。2000年には国外での販売も始まり、勢いがさらについた頃、ここでも謙虚なオーナーとして、2010年に従業員株式所有権計画(ESOP)を通じて所有権を従業員に移譲。推定収益一億ドルとされる企業が行なったケースは、オレゴン州だけでなく、現代のアメリカにとっても革新的なアプローチとされ、2018年にはForbesにも会社の価値観と労働力へのコミットメントを取り上げられました。
商品だけでなく、ボブズ・レッド・ミルはコミュニティとも教育ツアー、料理教室の提供、地元のフードバンク支援を通して深い関係を長年保ち続けています。コミュニティーをベースに既存の市場でビジネスを作り、地元の限られたリソースを活用する必要が今後もあるからこそ、従業員だけでなく地域へのサポートを将来への投資として大事に捉えて怠らないのです。
日本の地方と東京では異なるスピードでビジネスが生まれる様に、米国でも西海岸や東海岸の大都市以外の小さな都市では、それぞれのエコシステムを生かした独自のスピードでビジネスが生まれます。「革新志向」、「グローバル」、「高スピード」といったようなスタイルだけでなく、その土地のエコシステムが作る各地独自のビジネススタイルを活用するもの成功への近道なのかもしれません。
著者名:ホールドストック絵里花
役職:ビジネスコンサルタント
所属組織:スカイライト・アメリカ(Skylight America Inc.)
略歴:米国で修士を取得後、現地日系企業とAWSでの就労を経て、学生時代にリサーチャーとしてインターンを行っていたSkylight Americaに参画。米国企業と日本企業での過去の勤務経験を活かし、バイリンガルなコンサルタントとして活動。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?