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意識「他界」系 その98

未曽有の大惨事から早一か月。

世界中で、今回の事象に関する論争は今も続いている。

各国の政府もインターネットという怪物の前に平伏し、隠蔽工作を諦めていた。情報は瞬く間に拡散し、研究者から一般人まで、それぞれの考えを書き込んでゆく。

宇宙人の襲来から異世界生物の急襲、地獄が溢れて漏れたなどという宗教的な説など、無数の人間の考えが飛び交い混沌としている。

個人が撮影したもの、監視カメラ等に残っていたものなど映像は多数あるが、肝心の物的証拠は皆無だった。巨大な蛇状のモノが倒されたと同時に、グレーマンも巨大な昆虫も蟇蛙のような生き物も消失してしまったからだ。


渋谷の街には、幾つか怪物たちの爪痕が残っていたものの、既に日常が戻っていた。センター街のスクランブル交差点を渡る人々を見ていると、あの出来事が夢だったのかとさえ思える。

巨大な黒い蛇。巨大な昆虫。巨大な蟇蛙。下半身剥き出しのままホテルの中を逃げ回ったり、SATの人たちと屋上から自衛隊のヘリに助けを求めたり。千人近い死者が出る中、生き残れたことを秋山稔は感謝していた。

折角助かった命。もうフリーターも汁男優も辞めだ。田舎に帰ろう。そう決意して、ようやく今日、新幹線で実家に帰る。

でも、その前に。最後に渋谷の街を見ておこうと思った。ハチ公の銅像の前に立っていた秋山が見廻すと、ちょうど携帯電話会社の巨大看板が外されようとしていた。猫がお父さんの奴だ。社長が他の企業を吸収合併して急拡大していたところ、本業の方で前代未聞の規模で個人情報の流出が発覚し、世間から大バッシングを受けている。格安スマホの台頭も重なって、噂では倒産するのではないかとも言われていた。

秋山は交差点を渡って本屋に入った。新幹線の中で読む本を探すためだ。話題書コーナーに『我が、恥ずべき人生』という本が山積みになっていた。手に取って帯の文句を読む。「渋谷での怪現象の真相は、この中にある!」著者は藪坂京一という知らない作家だった。当事者意識も手伝って、秋山はその本を買った。

店から出てしばらく歩き、振り返った秋山はQFRONTのビルを見た。突貫工事で修復されたLEDディスプレイには巨漢のオカマが映し出されていた。スキンヘッドと強烈な毒舌。前職がヤクザという肩書。急速に売れ出した『嵯峨根・デラベッピン』というタレントだ。

秋山は彼のことを知っていた。一緒に助かった生存者の一人だからだ。あの状況下で、SATの隊長に付きまとって邪険にされている姿が不思議だったが、テレビで見掛けるようになって、その理由が理解できた。死に直面することで自分と同様、彼は彼で何かを悟ったのだろう。本当の自分の姿で、生きるべきだということを。

「アタシさぁ、学生の頃は髪が長かったわけ。でバイト先のスーパーの店長が髪を切れって言うのよ、しつこく。でもアタシもポリシーがあって長髪にしてるわけじゃない? だからこう言ってやったのよ。アタシにとって髪を切れってのは、チ○ポ切れってのと一緒だって。まあ、今はどっちも切っちゃったけどね」

嵯峨根さん、俺も頑張りますから。秋山は心の中で呟くと、QFRONTに向かって軽くお辞儀をした。

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