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意識「他界」系 その92
スクランブル交差点のアスファルトを割って現れた触手たちが、まるでイソギンチャクのように見えた。人間の体液を吸収することで、更に触手が加速度的に増えてゆく。新たに現れた触手は勢い余って、倒れた人間たちを跳ね上げてゆく。ポンポンと打ち上げられた人たちはビルのガラスを突き破ったり、信号機に引っ掛かって身体を真っ二つにしたり、広告看板にぶつかり潰れ、肉の固まりになった。
まるで蟻のように湧き出てくるので、触手たちは餌に困らないようだった。その蟻の中の一匹に、樽町王人は知っている顔を見つけた。モアイ像に抱き付き震えている男。高木だ。一番の長期間、自分を苛め抜いた男。
憎悪が無尽蔵に湧き上がるのを王人は感じ身体を動かそうとしたが、指一本動かなかった。上空から見下ろすこの視界。天国というには中途半端な高さだった。
俺は既に死んでいるのか? まあ、どうだっていい。当の昔に、心は既に死んでいたのだから。
「流れるはずの子だったからね」いつ聞いたのかは覚えていないが、母親のその言葉の意味を知った時、世界は色を失った。絶対零度に心が固まり、誰にも誰の言葉にも心が動かなくなった。肉体がどれだけ痛めつけられようとも、意識だけが頭の少し上に浮いた状態になるので、まるで他人事のようだった。
だが、苛められた事実が消えるわけでは無い。虫を喰わされ、敷き詰めた画鋲の上を歩かされた。プロレス技の実験台にされ骨折したこともある。真冬に川に投げ込まれた。耳たぶを瞬間接着剤で塞がれたりもした。今になって、全ての痛みと屈辱が、猛烈な勢いで蘇った。
アイツダケハ、ユルセナイ。
王人は自分の身体が動かないなら、誰かを動かせないかと考えた。ちょうど近くに1匹、灰色の怪物がいる。良く見ると一匹一匹頭の形が微妙に違う。そこにいたのはシュモクザメのように、目の部分がT字型の変わり種だった。
酷い苛めにあった時のように、王人は意識を肉体から逃した。それをシュモクザメみたいな奴に同調させるよう試みた。もちろんダメ元だ。
視界が変わった。
高木の脅えた顔が目の前にあった。
さあ、どうやってコイツを料理してやろう。
簡単には殺すものか。