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意識「他界」系 その89
ようやくつながった松尾羽翔の携帯電話に出たのは、杉山という名の部下だった。松尾羽が死んだという事実を飲み込めないまま、梶山は彼に言われた通り電子メールを開いた。件名は短く「友へ」だった。
『君がこのメールを目にしているということは、恐らく僕はこの世にいないのだろう。この文章を書かねばと思ったのは、君が電話で助けて欲しいと頼んだ女性、移川民子の名前を聞いた時だ。
君の立場なら調べればすぐ分かっただろうが、どうだったのかな? 長い付き合いなのに隠していてすまなかった。
僕の本当の名前は松尾羽翔ではない。
この名前は言うならば、引き受けた役職の名前。
元々は「神を待つ御場所」。「カミヲマツオバショ」そこから変遷して松尾羽翔になったとのことだ。僕はその74代目。過去には俳句で有名な人もいるね。
ここから先はあくまでも自説に過ぎないが、神様というのはプライドが高く、人間を助けるために自ら出てくることはないらしい。
自分たちを崇め敬う代表者が死んだ時、その代わりを任命するために人間界に現れる。その時に、仮に災いをもたらすモノがいれば、通り掛かったよしみでこれを排除する。
つまり自力で超自然的な敵に立ち向かえない人間は「弱者ならではの知恵」で、神と呼ばれる存在を利用してるってわけだ。
別な言い方をすれば、神様を出現させる大義名分、言わば「人界を守る最後のトリガー」が僕なのだ。
正確には「僕の死」、なのだ。
順番が逆になったが、僕の本名は「移川民雄」だ。
一文字違いの人間が身近に現れた時、運命を感じた。この役目を「移して」いく時が来たんだと。
最後になるが梶山、長年友人でいてくれて、有難う。倍賞君は、ああ見えても30過ぎてる。それ程の年の差でもないだろう。
友として健闘を祈ってる。』
「バカ野郎…友達の身辺調査なんて、するわけないだろ…」メールを読み終えた梶山は、ノートパソコンの前で嗚咽を上げることしか出来ない自分に腹が立った。横にあった枕に、気が触れたように拳を突き刺した。何度も何度も。八つ当たりを受けた枕は破れ、羽毛が宙を舞った。
それから梶山はベッドに大の字に倒れた。舞い散る羽毛の中で、次から次へと溢れる涙を、倍賞いちかがティッシュで拭ってくれた。