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意識「他界」系 その66
カーナビは渋谷への幹線道路がどれも渋滞気味だと表示していた。乱堂美姫は迷わずビッツを脇道に入れた。道、大丈夫ですかと言う橋爪に、美姫は左手で「FUCK YOU」のポーズ。「舐めないでよ、こう見えて明日からでもタクシードライバー出来るほど東京の道には詳しいのよ。あ、タバコ1本ちょうだい」橋爪から渡されたタバコのフィルターを煽情的な指使いでこねくり回してから「火もでしょ、普通」と口に咥えて舌打ちをする。
明らかにムッとした表情で火を点ける橋爪に美姫は少し笑った。「ゴメン、君があんまりイケメン君だから意地悪しただけよ。お詫びにアタシが追ってるヤマの話、少しだけ教えてあげる」別にいいですよと助手席のイケメンはご立腹のようだ。
構わず美姫は話を続ける。「某超大国の大統領にブレーンがいて、そいつが『世界の人口は10億人が理想である』って公にコメントしてるのは知ってる?」橋爪は無言で首を振った。
「そいつは科学者なんだけど、別に珍しい話でもないのよ。70億から10億に減らす。要するに『人口削減』。それで地球の生態系はバランスが保たれる。そういう主張をする学者は結構な数がいるわけ。でね、こっから先は都市伝説みたいな話で笑うかもしんないけどね、それを本気で実行しようとしている組織があるわけよ」
橋爪が少し馬鹿にした感じで笑った。「まさかフリーメイソンだとかイルミナティだとかいうアレですか?」
美姫は首を振って煙を吐き出した。「組織に名前は無いわ。国も無い。あるのは白人中心のエリート集団というだけ。アタシの祖父は、その組織の一員だったって聞いた。そのやり方に付いていけなくなって日本に亡命したの」
じゃあさっきの名前の由来の下り、当たってたんですねと橋爪はスーツの胸ポケットに手を入れた。
「出すのはタバコ、それとも別のモノ?」美姫の言葉に橋爪の動きが止まった。
「…何言ってるんですか? タバコに決まってるじゃないですか」橋爪はタバコの箱を取り出した。
「アナタ、ずっとそれ吸ってるの?」はい、そうですけどと橋爪。「じゃあ変ね。さっき喫煙室で見たアナタの吸い殻、あまりにも不自然だった。この銘柄はこうやって吸うのよ普通」美姫は橋爪に見えるように、大袈裟にフィルターを噛んだ。プチっと音がした。「こうやってフィルター内のカプセルを割らないとメンソール味が楽しめないのよ、これは。普段タバコを吸わないボクちゃんには分からない事だろうけど」
「…」
「アタシに近付いて、何を探るつもり?」
橋爪の動きは素早かった。タバコの箱を捨て再びスーツの中に手を入れた。だが美姫の左手の動きは更に早かった。橋爪の右手首を掴み、捻りあげる。そのままアクセルを踏み込んでスピードを上げた。次の交差点の信号は赤。大手コンビニのロゴが入った大型トラックの横っ腹を見ると、美姫は更にアクセルを強く踏んだ。
「よせ! 止めろ!」
美姫はハンドルから開いたエアバックに胸を押し潰された。
助手席からエアバックは出て来なかった。橋爪はダッシュボードに激しく頭を打ち付けた。
キンコンキンコンキンコン。
何かの警告音が、車内に空しく響き渡っていた。