夢中になるものを探し続けてようやく見つけたのが「Co-Active」という概念だったという話
20代の私は「彫金」に夢中だった。全身全霊を注ぎ込むその時間は、雑念を忘れるほど充実していて楽しかった。けれど、30代に入ると燃え尽きたような感覚に襲われ、再び夢中になれるものを求めてさまよい始めた。そして34歳、妊娠という人生の大きな転機の中で、不安と希望の間に揺れていた。その時の話をしてみたい。
妊娠してこの先がわからなくなって不安でたまらなった34歳
2016年12月。産休を取る日が決まっていた頃のことだ。念願の妊娠だった。一度流産を経験していたからこそ、お腹が大きくなる自分を見つめる日々は感慨深いものだった。それでも心のどこかで、未来が不安で仕方なかった。
食品バイヤーとして小売店で働いていた私は、段ボールを開けて品物を陳列し、年末には大勢のお客様に対応しながらレジを打つ日々。忙しくも楽しい仕事だった。「私がいないと店が回らない」と頼りにされることを喜び、懸命に働いていた。
と同時に、心の奥では言葉にできない不安が渦巻いていた。
母親になっても、この職場に居場所はあるのだろうか。
子どもが生まれたら、今のようには働けないだろう。
40歳を過ぎても、この仕事を続けられるのだろうか。
私のスキルは、他の場所でも通用するのか。
20代の頃に抱いていた「何者にでもなれる感覚」が頭に残る一方で、実際の自分は「何者にもなれていない」現実に打ちのめされていた。
私は夢中になりたかったのだ。夢中になりたい!探究したい!「これが自分の専門だ」と胸を張れる何かに出会いたかった。
寝ても覚めてもそれを考えてしまうような、心から夢中になれるものを見つけたかった。でもそれが見えないことに、絶望していた。
夢中になれるものをさがして、育休中に洋服を作り続ける
20代の私は、泉が湧き出るようにアイデアが次々と浮かび、作ることに没頭する毎日。しかし、やがてセンスの限界を感じ、自分の力不足に直面すると、いつしか情熱は萎え、エネルギーが枯れてしまった。あれほど溢れていた「作りたい」という意欲が戻ってこないことは、心の底から悲しかった。
次に私が夢中になったのは、育休中に出会った「洋服作り」だった。里帰り中、母からミシンの使い方を教わり、感覚をつかむとすぐに夢中になった。長女をおんぶしながら、彼女が眠る時間を使ってミシンを動かし続けた。
オリジナルのブランド名を考え、タグをオーダーし、それを服に縫い付けるほど熱中した。
服作りの時間は楽しく、アイデアが次々に湧き出て、没頭することに心からの喜びを感じた。しかし、この情熱もまた長続きしなかった。孤独な作業に励まし合う仲間もなく、切磋琢磨する場もなかったため、1年ちょっとでエネルギーが尽きてしまったのだ。
何をやっても続かない――そんな自分に、当時は強いコンプレックスを抱いていた。どの挑戦も中途半端で、専門性がないことに劣等感を感じていた。しかし、振り返るとそれは劣等感というより、何かを極めたいのに極められない自分への深い悲しみだったのだと思う。
私にとって、何かに夢中になり、それを極めていくことこそが本質的な喜びだった。育休中の服作りもまた、その喜びを感じられる貴重な体験だった。しかし、所詮は素人の孤独な挑戦。励まし合える仲間がいない中では、情熱を維持することは難しく、気づけばまたその火は静かに消えていった。
偶然に出会ったCo-Activeという概念が私を夢中にさせた
一方で、「夢中」を探しているとき、専門領域を学ぶ夫がずっと羨ましかった。
当時、夫は「組織開発」や「システムコーチング」といった分野を学んでいた。勉強好きな彼は、毎月のように関連する本を次々と購入し、読み込んでいた。学びの面白さに夢中になり、頻繁に外出しては仲間と学びの時間を共有していた。その様子は、私にとって羨ましい反面、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。
そんな中、夫が勧めてくれたのが「Co-Active」という概念だった。
何度か声をかけてもらうも、その高額さにおののき、断り続けていたのだけど、育休が明ける直前になんとなく興味がわいてきた。ほとんど直感だったのだけど、今でも覚えている。「コーチングバイブル」という分厚い本を片手に、夫に「行ってみたいです」と告げたことを。
初めて高額な受講料を払って、「自己啓発系の学び」に参加してみた。実は、自己啓発という言葉にずっと抵抗があった。どうせ「よりよく幸せに生きましょう」みたいな、耳障りのいいけどありふれたことを言うんでしょ? 大体知っていることばかりだよね、とどこかで思いながら、斜に構えた気持ちで参加を決めた。
期待はせずに行ったものの、1日目からまったく予想外の世界に投げ出されてしまったのだ。「なんだこれ?」と戸惑いながらも、その未知の体験に強く惹かれた。そして、「この先をもっと探究してみたい!」という思いが生まれ、あれから7年、いまだに飽きることなく続けている。
振り返れば、あのとき夫がかけてくれた言葉がなければ、私はいまだに「夢中になれるもの」を探し続けていたかもしれない。
現在、私が夢中にさせるものが、“Co-Active”という概念だ。
彫金やミシンと同じように、この概念にも心から没頭している。のめり込んでいる時間は純粋に幸せで、今でも彫金やミシンが大好きなことに変わりはない。しかし、“Co-Active”という概念を探究することは、彫金やミシンとは少し違った「夢中」なのだ。
同じ道を愛し、情熱を注ぐ人々がいる。このことが、私の「夢中」をより深いものにしているのだと思う。
思い返せば、小売店で働いていた頃の幸せも、店を良くしたいと願う仲間たちと意見を交わし、時には衝突しながらも語り合い、笑い合えたからこそ感じられたものだった。
その感覚に似て、「Co-Activeがおもしろい。もっと深く知りたい」という思いを共有できる仲間が周りにたくさんいる今、私はこの探究の旅に夢中でいられる。
さらに、この概念を通じて「自分を表現したい」という願いも叶えられている。これほど幸せなことがあるだろうか、と心から感じている。
夢中になれる世界を見つけられると生きるのが悦びになる
34歳の頃、未来が見えずに不安で仕方がなかった当時の私に、今の私が声をかけられるならこう言いたい。
この文章を読んでくださった方の中に、「夢中になれるものを探したい」という思いを抱えている方がいるなら、心の声を信じていろいろ試してみてほしい。
夢中になれるものは、必ずどこかにある。そして、それを見つけたとき、人生は新たな輝きを持つだろう。
私にとっては、それが“Co-Active”という概念だった。この概念に出会い、探究する悦びを与えてくれたことに、感謝の気持ちでいっぱいだ。
もう長らくこんなに何度もCo-Activeという言葉をnoteに書いたことはないのだけど、なんだかとてもそんなことを書きたくなった。私の「推しの話」を最後まで読んでくれてありがとう。