グッドデイズ、マイシスター。
机への平手打ちが、研究室に響く。
「ですから。AI学助教授の貴方に、コレの自律AIを作って欲しいんです」
合歓垣燻離と学生証で名乗った彼女は、スマホを突きつけた。映るはVアイドルのライブアーカイブ。
青白黄に光るステージ上、ツインテールとドレスを揺らして踊り、笑顔を振り撒き熱唱する。
『まだまだ! 次はこの曲!』
熱量全開のパフォーマンスの中、ウインクのファンサも忘れない。
音夢崎すやり。
登録者84万人の、今に煌めくVアイドル。
コレの自律AI――人の手を借りず学習と会話が可能な電子人格を作るなど、どうせ碌な魂胆では無い。
何より忙しい助教の身。既に私は断る理由を探し始めていた。
「アイドルの独占が目的か?」
良くある欲だ。だが彼女は首を横に振る。
「私『中の人』ですから。独占なんて無意味です」
……。
傷んだ黒髪。
目の隈。
荒れた肌。
何より低い声が、動画中の歌声と一致しない。
私の怪訝を感じたか、彼女は舌打ちし。
口角を上げ、目に光を宿し。
息を吸う。
「おはすやっ! 夢の世界の案内人、音夢崎すやりだよっ!」
Vアイドルと、瓜二つの声。
「これで充分ですよね?」
素に戻る彼女。
正直、まだ半信半疑だが、もし本当なら。
「……目的は何だ?」
すると、直様口を開
「自殺」
……空気の、冷える感触。
動画の歌声が、不気味に部屋に冴え渡る。
「アイドルの腸に糞便が無い様に、Vアイドルに『中の人』はいない。私は、音夢崎すやりを完璧なアイドルにしたい。永遠に笑顔を提供し続ける偶像に」
だから、自殺。
自律AIに全て託して。
荒んだ彼女の顔に誹謗中傷の影を推察した。
然し、その推察が今の彼女の言葉に繋がらない。
「帰ってくれ」
自然、言葉が出ていた。
もう関わるな、と本能が告げていた。
だが。
「断らせませんよ、思態感惑元教授」
全財産叩いて裏取り済、と新聞記事を置く。
ありふれたAIシステムエラーの報道。
反射的に汗が流れるのを、私は感じていた。
☆続く☆