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グッドデイズ、マイシスター。(完全版)23

23:Chorus.(3)

***

「……流行りに乗ったのが良かったのか、どこかの誰かのインフルエンサーが紹介でもしたのか――本当のところは分かりませんが」
 すやりの『中の人』の姉にして、自称・すやりのファン第1号、合歓垣ねむがき燻離くゆりは話を続けた。
「とにかくその歌ってみた動画は、一気に10万再生もされました。津結つゆがめちゃくちゃ誉めそやされてるのを見て、誇らしさとか優越感とか、そういうものがぐちゃぐちゃに混ざった、イタい古参ファンじみた心持ちでしたよ――津結にしたら大パニック間違いなしでしょうけどね」
「そりゃ、いきなりアレだけ登録者数や再生数が増えればな」
 最大数百回だった再生数は、この『グローリンボーイ』の動画で10万回まで跳ね上がり、それに引きずられて他の歌ってみたや生配信のアーカイブも再生された。そのアーカイブに垣間見える彼女のワンパクさに『ギャップ萌え』を感じたのか、登録者数もグンと増えた。地道に彼女が蒔いてきた種が、一気に芽吹いたのだ。
 こうして目的としていた『認知』は成功。合歓垣津結は――配信者『うめ』は、多くの人の目に触れるようになっていた。
「それから、そのバズりをきっかけに、津結はもっと認知を広げようと思ったんでしょうね。『うめ』というネームとアバターを捨てて、お金をかけて、新しく生まれ変わったんです」
「……音夢崎ねむざきすやりに、か」
「はい。そこから先は、感惑准教授もよくご存知でしょう」
「……まあ、な」
 よく知っている。
 そこから先、彼女がどんな配信をして、どんな風に駆け上がっていったか。図らずもファンとなり、野次馬根性で様々に彼女のことを調べていた私は、よく知っている。
 そして――その先も。
「そんな中でも津結は、とても楽しそうでした。そりゃ、もっと自分の歌を聴いてもらうためにどうすれば良いか、相当苦心はしていたと思います。でもそんな素振りも全然ないまま、津結は歌を、配信を、そしてアイドル活動を楽しんでたんです――」

***

「ねえ、津結」
「ん〜?」
「大学はどう?」
「うん、まー、そこそこかな。サークルとかも入ってないから、交流はクラスメイトとくらいだし」
「意外。てっきり、合唱系のサークル入ると思ってたからさ。ほら、高校だと入ってたじゃん」
「まー、ほら。新歓あるじゃん、新歓。コロナが本格的にヤバくなる前に行ったんだけど、めっちゃ飲み会の雰囲気がギラギラしててさ〜……。歌を歌うって言うよりかは、酒飲みの仲間を集めてる、っていうのかな? 確かに楽しかったけど、私には向いてないな、って思って」
「方向性の違いってヤツだ」
「そもそもサークルにすら入ってないんだけどね」
 私達姉妹は笑い合った。カフェで、オシャレな飲み物を片手にしながら。
 時は2022年の春――少しばかり肌寒く、まだコートが必要な頃合。あの感染症騒ぎも、1度は落ち着きを取り戻し始めたと同時、津結は浪人時代を経て、大学生になろうとしていた。
 流石に浪人中は配信活動しないだろう……と思っていたら、普通にしていた。とは言え今までのようなライブ配信や歌の活動は普段より控えめになった。代わりに、丁度津結が浪人の年(2021年)に日本にもできた、1分以内の動画――ショート動画の投稿に力を入れるようになった。あとで津結が言うには、『私自身も流石に、人が集まりやすい時間に配信する時間は取れなかったし。あと、短い動画をサクッと、お菓子感覚で見たい人って多いじゃん? 私もそうだけどさ。だからだよ』とのことだった。
 ともかくもそんなこんなで活動自体は続けつつ、奇跡的に大学に合格した。そして、バーチャルアイドル歴4年目に突入した津結――音夢崎すやりの登録者数は、そろそろ30万人を超えようとしていた。
 それを、私は知っていた。
 それを私が知っていることを、まだ津結は知らなさそうだった。
「で、実はさ、おねーちゃん」
「なに?」
「実はここで、打ち明けたいことがあるんだけど」
「うん」
「私、今バーチャルアイドルやってるんだ」
 うん、知ってる。もうあなたのファン歴5年目の最古参だもの。
 ……そういうことは、私からも開示した方が良いんだろうか?
 そう思ったが、長年隠れてファンをやっていた習性が染み付いてしまったのか、思わず「えっ」と驚くフリをしてしまった。もうその時には引き返せないなと思って、私はそのまま突き進むことにした。
「……ま、津結ならやりかねないか。というか、随分前に言ってた『挑戦しようとしてたコト』って、もしかしてソレのこと?」
「うわ、おねーちゃんよく覚えてるね……そう、そうだよ! ここまで黙ってたのは、その、ごめんなさい」
「全然。でも、ここまで黙ってた理由、なんかあったりするの? 単純に知られるのが恥ずかしいから?」
 自分のことを棚に上げておいて、そんなことを白々しく尋ねる。すると、またイタズラっぽい笑みを浮かべて津結は答える。
「ふふっ。まだ秘密」
 その顔は、どこか大人びていた。成長したんだなあ、と勝手に感慨にふけりながらも「また?」と笑う。それに微笑みながら、津結は答える。
「ま、でも今回は4年も5年もかからないよ。もう少ししたら、私の方からも告知するし。その時が来たらさ――おねーちゃんにも、見てほしいんだ。それを見せたくて、まずはここまで頑張ってきたんだもの」
「……私にも?」
「そ!」
 ニコッ、と。
 屈託のない笑みをまた、浮かべる。
「きっと驚くよ〜! 腰抜かしちゃうかも!」
 その『黙っていた理由』は、この時は私も知らなかったけど、告知をわざわざするほどのことで、バーチャルアイドルでやることと言えば、やはりライブだろうなぁ、と思っていた。
 ライブ。
 ライトに照らされたステージ上、期待と羨望と喜びと楽しさに満ちた大量の視線を浴びながら、思い切り歌い、踊り、話し、観客を楽しませるイベント。
 実はいまだに3Dモデルを持っていなかったので、これが彼女にとって初のイベントとなる。
 だけど、このエネルギッシュな妹なら、きっとちゃんとやり遂げるだろう、という確信があった。
「楽しみにしてるね、津結」
「えへへ〜」
 くしゃっとした、可愛らしい笑みを浮かべる。
 随分背丈も大きくなって、体つきも所作も大人びてきたけど、まだまだかわいい妹だな、と私も微笑んだ。

 それから更に1ヶ月半。
 登録者数が遂に30万人を超えた、2022年春。
 3Dモデル初披露と兼ねて、津結の――音夢崎すやりのライブが始まった。

♈️🎤🎵🎤♈️

「……ということでっ! 2曲目は『ハチミツ色の朝が来た!』でした! いや〜、良いよねこの甘々な感じ! カラオケとか行くといまだに歌うけど、こんなに多くの羊ちゃんの前で歌うのは初めてだよ〜。緊張した〜!」
 さてさて、とコメントを拾っていく津結すやり
 このライブのまばゆいばかりの光景は、今もしっかりと網膜に焼き付いている。
 焼き付きすぎて、他のことに目を奪われても目を瞑ってても、ふとした時にこのライブの光景が甦る。
「『めっちゃ懐かしかった!』ね〜。だってコレ、何年前の曲だっけ……。え、『もう5年前』……うわ〜! やっぱし知りたくなかったー! え、もうそんなになるのっ。時間は残酷だ……」
 そう、時間は残酷だ。
 時間が解決してくれる、なんて嘘だ。解決するのはいつだって自分で――自分の力で助かるしかなくて、時間が救いの手なんて差し伸べてくれる訳がない。
 そして私には、自分で自分を助ける方法なんて、何も分からなかった。

 今も。
 だから、自殺する。

「でもさ。この曲よりはちょっぴり若いけど、それほど昔からすやりのこと知ってくれてる羊ちゃんリスナーもいる訳でしょ? ずっと追いかけて来てくれて、本当に本当に嬉しいよ!」
 すやりは、「あっ」と声を出す。
「いやいや、新規の人も大事だよ! 別にそういうことを言いたい訳じゃないからね! ね! 『またそうやって……』って、やめてー! これ以上私をいじめないでー!」
 時間は残酷だ。
 人ごとに、異なる結末や顛末を、時間は不平等に公平に運んでくる。
 この後暫くして、すやりは――合歓垣津結は、くだらないきっかけでネットいじめに遭って。

 その尊い命に、自ら手をかける。

「さ、さてさて! 次の曲行ってみよ〜! まだまだ1周年ライブは始まったばかり! 皆、楽しんでってねー!」
 ライトが消え、暗転。静まり返るステージと、反比例するように流れるコメント欄。
 そしてすやりだけをスポットライトが照らし、ほとんど同じタイミングで、澄んだ歌声を響かせる。
 私はその曲を知っていた。『ルゥキィ』という、随分前に津結が教えてくれた曲だった。

 私の目はまた、ライブに釘付けになる。

♈️🎤🎵🎤♈️

「おねーちゃん!」
 ライブの動きに耐える3Dモデルは、流石に家では動かせない。全身にモーションセンサーを取り付けて、広範囲かつ高精度にその動きを3Dモデルに反映させるカメラと、それを実現できる程の広い場所が必要だからだ。1度見せてもらったが、全身黒タイツじみた服に、ペタペタとモーションセンサーがついている様子は、なんだか可笑しく見えたものだ。
 外のスタジオから戻って来た津結は、満面の笑みを浮かべて帰って来た。
「おかえり。見たよ。すごかったじゃん!」
「でしょでしょ! ふふん、私にかかれば、このくらいできちゃうんだから!」
「調子乗っててかわいいね、津結は」
「……もう、またそーやって子供扱いする!」
 私と津結は笑い合った。それから、ライブの健闘を称えて、祝賀会でもすることにした。津結はギリギリお酒が飲める年ではなかったので、少し良い値段のするオシャレなレストランで、写真映えのする美味しい料理を食べることにした。



 思えばその食事の時が。
 私が最後に見た、津結の笑顔だった気がする。

 崩壊の時は、すぐそこに迫っていた。


Seg.)

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