シー・シーズ・シーズ・XXX。
『奈落甕』から、瀑布が吐き出され続けている。
世界一の高さを誇った建築物も歴史的遺構も等しく呑み込み、全土を水に浸して尚、空に浮かぶ巨大な甕は惑星に過剰な水を注ぐ。
見慣れた水の地獄を、船の窓から少年が覗く。
「……退屈だなぁ」
言葉通りに欠伸を1つ。
「どうして神様は、世界を水浸しにしたんだろ……」
――部屋の扉が勢い良く開く。
轟音に体を震わせるが、すぐに溜息と共に振り向いた。
目鼻立ちも体つきもくっきりした浅黒い肌の女性。片手の海賊帽で癖毛の黒髪を押さえ、もう片手に水煙草用の小瓶を持つ。
「扉、ゆっくり開けて……」
「覚醒にゃピッタリだろ」
「ビックリするからやめて」
まあ良いや、と諦め少年は再び欠伸をする。
「おはよ、船長」
「おはよう暗狩。早速だが仕事だ。行けるか?」
少年暗狩は只頷き、直ぐ様準備体操を始める。
「今日は何人?」
「2隻だ」
暗狩の問いに、船長は単位を訂正して答えた。伸脚を終えた暗狩は露骨に嫌そうな表情をした。
「……美味しいモノ掠奪しなきゃ」
「だな。食糧が充分だと良いが」
船長は瓶に刺さる管から煙を吸う。独特の甘ったるい匂いが肺を満たす。
「ま、アタシはコレさえありゃ充分さね」
「本当好きだよね。体壊さないでね」
「アタシを誰だと思ってる」
「船長。三十海明。年齢は――」
「そういう意味じゃないよ」
笑みと共に水煙を吐き、水煙草を仕舞う。対する暗狩も深呼吸で体操を終える。
「さ――行っといで、暗狩」
「うん、いってきます」
船頭へと駆け出すと、『奈落甕』の爆音が鼓膜を打つ。目の前には確かに『國船』が2隻。
「あれをぶち壊せば良いんだね」
助走もなく床の甲板を蹴り、船の外へ飛び出し。
水面に、立ち。
そのまま敵へと駆けて行く。
「……さっすが『導師』だねぇ」
船長――明が呟くと、自らの『國船』の舵を握る。
「さあって、アタシも行きますか!」
面舵一杯。前方からは既に怒号が聞こえる。
【続く】
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