征天霹靂X(8)
8:独紋衆。
「……お疲れ様です」
「お疲れ、はぽみ」
僕が連れて来られたのは、なんと熱海駅前にあるカラオケボックスだった。熱海感のカケラもない個室の中で、随分とガタイの良い男がストローでコーラを吸っていた。隣には、釣り竿でも入っているのではないかと思うほど細長いバッグが立てかけてある。
……しかし、『はぽみ』?
もしかして、この尺さんの名前か? いや、まさか。そんな変な名前な訳が――。
「余程! 天に召されたい様でございますね、鶯雀!」
尺さんは僕をそっと下ろした後、拳を握った。めちゃくちゃな殺気が、尺さんの全身に漲って溢れている。
思わずゾッとした。リオンを相手にしている時でさえ、ここまでのモノではなかったのに!
というか怒ってるということは、本当にはぽみなのか。尺はぽみ……すごい名前だ。
「悪かった! 悪かったよ!」
鶯雀はコーラを机に置き、両手を上げた。降参のポーズ。
「ほら、お詫びに飲み物奢ってやるから。食べ物も頼んでいいから」
「私、子供ではありませんことよっ!?」
「子供扱いはしてねえって。美味いモン食えばイライラも収まるだろ? 万人共通だぜ」
「こうやって機嫌を取って、また喉元過ぎたら弄ってくるクセにっ!」
「ほらお嬢様言葉崩れてるぞ」
「……っ、誰のせいでございますか! 誰のっ!」
「で、食うのか? 食わないのか?」
「食べますっ!」
顔を真っ赤にした尺さんは、鶯雀という男からメニューをひったくる。そして電話口で凄い量の食事を頼んだ。ちらりと見ると、全く反省してないどころか、可愛いなとにやけている鶯雀さんがいた。
……なんか、コレ。
「仲……良いですね」
「だろ?」
「誰がですかっ! マナセ様まで!」
鶯雀さんは自慢げに微笑み、尺さんはまだ顔を真っ赤にしていた。この真っ赤さ加減は、怒りというよりは寧ろ、恥によるものであると察していた。
しかしすぐに我に帰った様で、「んんっ」と咳払いする。
「……大変失礼致しました。マナセ様にまでご無礼を」
「い、いえ……」
多分この話題、触れない方が良いな……僕はそう思ってこれ以上突っ込むことはやめた。
とは言え、仲が良いのは多分事実だろう。でなければ、尺さんはあんな事を言わない――『背中を預けられる相手が居るというのは、良いものですよ?』などと。
だからこれは、2人の時だけで使っている呼称を人前で使われ、恥ずかしがっているだけなのだ――そう考えると確かに可愛らしい。僕はそう理解し、心にしまい込むことにする。
それから暫く、食事が運ばれてくるまでは取り止めのない話をした。机の上に並べきれなくなりそうな食事が一揃いしてから、全員でそれを食べ始める。僕はピザを食んでいた。カラオケ店のジャンクな食事は、安堵した後だからか一層格別な味だった。
「そういや、どうする? 何か歌うか?」
「い、いえ……」
「なら、はぽ――尺。何か歌うか?」
「歌いません。貴方と二人歌唱ならまだしも、独唱は勘弁ですわ」
「そうか、では俺が1曲」
そう言って鶯雀さんは選曲する。画面に出たのは『Don't Worry Be Happy』。ボブ・マクファーリンの曲と書いてある。
ガタイに似合わぬめちゃくちゃスローテンポな曲だったが、歌声はめちゃくちゃ美声だった。
歌い終わるとマイクを置き、選曲用の機械に手を伸ば――
「鶯雀」尺さんが優しく声をかけた。どことなく、圧が凄い。「歌うためにここに連れて来た訳では、ないでしょう? ね?」
「真面目だねえ、尺は」
ま、仕方ねえな――と鶯雀さんは全く堪えずに後頭部を掻きながら、僕の方を向いた。
「さて、マナセ、だったな」
ああ、食べながらで良いぞ、と促してくれた。お言葉に甘えてピザのケチャップをウェットティッシュで拭いてから、今度は唐揚げを摘む。
「誰も来なくなったからな。今から秘密の話でもしよう。そのために、敢えて目立たないカラオケボックスを選んだんだからな」
「……」
秘密の話。
即ち、一連の不思議な出来事に関する話だろう。それ以外にはない。
「……あなた達は、一体何者ですか。何故、リオンを狙うんですか」
「そうさなァ、どこから話すか……」
鶯雀さんはフライドポテトを十数本鷲掴みにして口に放り込む。隣で尺さんは、芋餅を1つ、箸で摘んで醤油につける。
「どこまで話すか決めたい。すまないが、あの女からはどう聞いてるか教えてくれねえか?」
お安い御用だ。僕はリオンから聞いた一切(と言ってもそんなに無いのだけど)を話す。
すると鶯雀さんと尺さんは顔を見合わせる。それから頷き合った。その間に僕は、暢気にメロンソーダに口を付けていた。
「……成程な。名前は淡侘理恩。自らを神様と名乗る家出少女で、俺らのことはヤツを連れ戻しにきた神の使い、と」
「はい」
「まず、誤解を解く必要があるのは」
鶯雀さんが指を1本立てる。誤解?
「俺たちは、歴とした人間だ。お前と同じだよ」
「……」
俄かには、信じ難い。
なら、あの人間離れした技能は一体……。
「まあ、あんな技を見ちゃ、同じ人間か疑わしくもなるよな。だが、俺たち独紋衆にはそれが可能だ」
ところで、と鶯雀さんが間髪入れずに尋ねる。尺さんは彼に説明を任せることにしたのか、旨そうに芋餅を食べ続けている。
「話は大きく変わるが、聞かせてくれ。マナセは、ユダヤ人の歴史について学んだことはあるか?」
「……いえ」
本当に話がガラリと変わった。一体何の話をするつもりだ?
学校で習った気もするが、ほとんど忘れてしまっていたので、首を横に振る。すると鶯雀さんは頷いてから話を続けてくれる。
「ユダヤ人は、エジプトに囚われ支配されていたところ、モーゼに率いられてエジプトを脱出、イェルサレムに辿り着いたとされる連中だ。所謂『出エジプト』ってヤツだな」
ああ、その話は何となく知っている。海を真っ二つに割った奴だったか。
「で、そのイェルサレムでは古代王国が繁栄し、数々の王が統治を行っていた。サウル、イシュ・ボシェテ、ダビデ、そして――ソロモン。特にダビデとソロモンの治世時はイェルサレム王国は繁栄を見たとされてる」
ちょいと失礼、と言って鶯雀さんは冷えたコーラを流し込む。一気飲みしたからか、頭を少し押さえている。
しかし、ソロモン。ソロモン王か。確かにその名前も聞いたことがあるな。ソシャゲでもよく聞く名前だし――。
唐突に。
僕の頭の中で、不思議な繋がり方をする。
ソロモン。
カラオケの歌唱――独唱。
……独紋衆。
いや、まさか。まさかな。
そんな馬鹿げた命名の仕方があって堪るか――。
「……凄えな、気付いたみたいな顔してるぜ」
まあ、何でも良いか。
コップを置いた鶯雀さんは微笑んで。
「そうだ。俺達はソロモン王の意思を継いだ集団、もじって名付けて『独紋衆』。俺らは、対魔の術を用いて悪魔を退治する集団だ」