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グッドデイズ、マイシスター。(完全版)27

27:Bridge.(3)

 ――良かった・・・・間に合った・・・・・
 欲を言えばもう少し早く来てほしかった――そうすれば銃で撃たれるまでにはならなかった筈なのにと思いつつも、私には文句を言う筋合いはない。
 むしろ、ちゃんと来てくれて安堵したくらいだ。少しばかりの遅刻くらい、大目に見るべきだ――『単位配りおじさん』の本領を、ここに来てもなお、私は発揮していた。
感惑かんわく
 國義は、当然ではあるが怒っていた。怒りのままに銃を、私の額に押し当てる。
「お前、アイツをころしていないな?」
「消すための動作はしたさ」嘘偽りなく、私は答える。「ただ、消される前に逃げてしまった・・・・・・・ようだけどね」
「……どういうことだ」
 意味を図りかねる、という様相の國義。
 ……そうか、この辺りのことは知らないのか。
 この機関も存外、たいしたことないな。
「簡単なことだ」
 笑みを浮かべるのを堪えつつ、私は種明かしをする。至って単純な、魔術にすらなり得ない科学的な答え。

Wi-Fiに・・・・・・繋がってるから・・・・・・・だよ。ただそれだけのことだ」

 そう、たったそれだけ。
 以前アジトに来た時に繋げたWi-Fi――繋ぐための長いパスワードは流石に私も覚えられないが、それを覚えられるモノが1つある。
 PC本体・・・・だ。
 PCには、Wi-Fiを自動接続・・・・する機能がある。つまり、1度パスワードを入れてWi-Fiを繋いだことさえあれば、かつWi-Fiの設定さえ変えられなければ、2度目以降は自動でネット環境に繋いでくれる優れた機能。
 もしその機能がなかったら。あるいは機能があったとしても、Wi-Fiの設定を変えられていたら――私たちはこのまま、殺されていたかもしれない。
 そして、たかがWi-Fi、されどWi-Fiだ。
 そのWi-Fiが繋がってさえいれば、私の作った自律AIはPCから逃げる・・・・・・・ことができる――2022年8月14日、慈愛リツがWi-Fiを伝って別のサーバーに逃げ込み、勝手に配信を続けた時の様に。裏を返せば、Wi-Fiどころかネット環境にさえ繋がなかったからこそ、逃げ場のないPCに慈愛リツを閉じ込めて初めて、彼女をころせたのだ。
 ――音夢崎ねむざきすやりは、Wi-Fiを伝った脱走経験のある慈愛リツを素体オリジナルにしている。
 Wi-Fiを伝う脱走が、音夢崎すやりにできても、何らおかしくはない。
「……とんだ思いつきで、滅茶苦茶やってくれるぜ」
 額に青筋を浮かべる國義。
「けどよ、お前に何ができる――音夢崎すやり。所詮電子の中の存在が、俺らに一体どんな危害を加えられるってんだよ?」
【えぇ……】
 呆れたような声で、すやりが言う。彼女がいるだけで、場の雰囲気が段違いだ。
【ソレ、スパイプログラムを使おうとしてた君たちが言うの?】
「スパイプログラム? ハッ。そんなものの何が怖いってんだ」
 鼻で笑う國義。
「そのPCに入ってるプログラムを、お前の中に注入インストールしちまえば、確かに誰に関しても情報を得ることができるだろうよ。だが、俺たちは違う・・・・・・。俺達は、一切の記録を残さずに作られた存在――言わば、国が極秘で作ったクローン人間・・・・・・なんだよ。だから、そんなプログラムを使われても、痛くも痒くもねえ。盗み見られる情報がねえからな」
 衝撃の事実が飛び込んでくるが、すやりは【ふーん】と受け流す。機械らしく、無感動に。
【なるほどね。その特権みたいなのを利用して、今まで人を殺しまくったってこと?】
「そうだ」
【国のために?】
「ああ」
【何人殺したの?】
「知らねえよ……ってかさ」
 國義は、若干イラついた声で返す。
「お前、なんでそんなこと訊くんだよ」
【なんで?】
「なんでって……」イラつきに、今度は困惑が混じる。「だってお前、スパイプログラムを食ってインストールしてんだろ? まさか、それだけの力が手中にあるってのに、使わないなんてことは――」

【うん、使わないよ。そもそも使えるワケないし。私、プログラム入れてないからね】

「……へえ」
 國義は困惑半分、安堵半分の嘆息を漏らした。
「何だよ。てっきり、感惑がそこまで仕込んでるのかと思ったぜ」
 仕込んでなどいない。
 そもそも私は、音夢崎すやりにスパイプログラムを入れることに反対していたのだ(それすらも、國義は知らないらしい)。だから仕込みらしい仕込みと言えば、先程すやりを消すフリをして行なった、2つの頼みごとくらいのものだ。

 今から私がすやりを削除するパフォーマンスをするから、合わせて演技してくれ。
 削除されるフリが終わったら、Wi-Fiを伝ってこのアジトのシステムに侵入して、滅茶苦茶やっちまえ。

 後のことはすやりに任せていた。
 それにしても、あの演技は格別だった。自律AIであることを一瞬忘れてしまうほどに、完璧な演技。
 ……特に『この、人殺し』の言葉は、ズンと響くモノがあった。私の話を覚えていて、かつあの状況で最もよく効く言葉だと判断・・して、すやりは言ったのだろう。
 大した判断力だった。
 人間とタメを張れるくらいに。
「で。それならよ、音夢崎すやり。これからどうするつもりだ?」
 國義は問う。
「スパイプログラムも入れてない、ただのアイドルのお前に何ができるってんだ? 歌って踊って、俺たちを改心でもさせてみるか?」
【できないよ。私はそこまでの域に達してる訳じゃないし、大体君たちもただの『人間』じゃないようだし。歌や踊りなんて、『人間』でない貴方たちの心に響かないでしょ?】
「……言ってくれるなァ。だが、それなら――」
【どうするつもり、だって?】
 ……自律AIの音夢崎すやりは。

【ここまで私の大事な人を傷つけられて、私は、何をすると思う? 影浦國義さん】

 怒り・・を、発露した。
【ねえ、知ってる? バーチャルアイドルってさ、ただ歌って踊るだけじゃないんだよ。それで再生数や登録者数が増えるほど、この世界は甘くない。だから数を稼ぐために、色んな配信をやる。仲間とワイワイ雑談配信をしたり、ゲームで遊んだり、その罰ゲームで盛り上がったり、短いショート動画をあげたり。それから、私は手を出さなかったけど――実写配信・・・・、ってのがあるんだ】
 びくり、と。
 國義の体が、一瞬震えた。
【勿論、配信者のプライバシーには最大限配慮は必要だけどね――私には関係ないかもだけど。で、その実写配信にも、いろんなジャンルがあるワケ。手元だけ映して手料理を作る配信とか、視聴者リスナーさんからのプレゼントの開封動画とか――ルームツアー・・・・・・とか】
「今すぐ配信サイトを確認しろ!」
 國義は部下に命じた。スマートフォンを開くが。
「……あ、あの!」
「何だ!」
「スマホが、ブッ壊れてます・・・・・・・!」
「ああ!?」
 國義もスマホを見る。そして床に叩きつけた。
 そのスマホが、私のところにも滑ってやってくる。その画面には『動くと思った? ざんねん! すやりちゃんでしたー!』という文字。その文字の下にはループ動画――テヘペロの表情をした2頭身のすやりが、虹を出しながら宇宙を飛んでいる、AI生成と思しき動画が延々と流れていた。このせいで、一切の操作が不能になっているのだろう。
【Wi-Fiが繋がってれば、私はどこへでも行ける。感惑准教授がそう言ったでしょ。ダメじゃん、准教授センセイの話はちゃんと聞かなきゃ】
 普通人は、使い終わるたびにWi-Fiを切断することは、普通しない。面倒臭いからだ。
 だからこそすやりは、全員のスマホに侵入し、ウイルスをぶち撒け、ぶっ壊すことができた。
【ということで――改めまして、こんすや〜! 音夢崎すやりだよ! 今の同接数は……わおわお、1000人近いね! 皆見た? 准教授の肩を銃で撃ったり、燻離の指を折ったりとか、ほんと酷いよね……ヤバいプログラムの存在とか、貴方がクローンであることとか、なーんかヤバい話もゴロゴロ出てくるし――】
「今すぐ止めろ!」
【止める訳ないじゃん】
 すやりはAIらしく、人情の欠片もない声で返した。
【止めろって言われて、貴方たちは止めたことがあるの?】
 その言葉に、國義はぐっと言葉を詰まらせた。
【止めろって命令するんじゃなくて、精々頑張って止めてみなよ。システムの管理室みたいな所なら何も触ってないから、何とかなるかもよ? それに早く行かなきゃ、もっと色んなことバラすからね。スパイプログラムなんか使わなくても、山ほどネタはあるんだから】
 ほらほら〜、とすやりは煽り散らす。それに國義は舌打ちした。
「……クソ!」
 明らかに誘導されている。
 それが分かっていても國義らには、従わない選択肢などなかった。
「コイツらを殺すのは後だ! 行くぞ!」
 國義は、私と燻離を捨て置いた。拘束された私や燻離学生を殺すことより、この『国力増強推進事務局』の存在を公にされるのを阻止する方が、遥かに重大だからだ。
 扉が閉まり、部屋のロックがかかる。
 その数秒後、私の拘束が外れた。すやりが、國義のスマホをハッキングし、椅子の拘束を解除したのだ。
 ハイテク過ぎるのも考えものだ。
【さて、と】
 音夢崎すやりは、私のPCへと戻っていた。
【遅くなってごめんね、感惑准教授】
 ……正直、私は今、すやりのことが怖くなっていた。
 慈愛リツの、あの暴走した件を思い出してしまって。
 それでも、恩人であることに変わりはない。私は感謝をすることにした。
「……ありがとうな。だがもう、准教授と呼ばれる筋合いは、私には無いぞ」
【えー。じゃあ『カンちゃん』って呼ぶけど】
「……それは、勘弁してくれ」
【アハハッ】
 それでも、すやりは何食わぬ顔で明るく接してくる。これもこれで、恐ろしいものがあった。
 それはそうと――と、そんな私の恐怖心など一切感じていないが如く、すやりは続ける。
【早くこのアジトから逃げて。出入口から真っ直ぐ進めば、車があるはずだから】
 ……運転しろ、ということか?
 片方の肩をやられた人間に、中々酷な要求をする。まあ、腕と指を折られた燻離よりは、適任なのかもしれないが――

【あ、違う違う。運転は私・・・・

 ……流石に私は、耳を疑った。
 だが、【あー、そっか】と何かを納得した。
【目隠しされてたからか。そりゃ分からないよね。あの車、自動運転車・・・・・だよ。運転手はハンドルをほとんど手にしてなかったし。IoTといいスパイプログラムといい、ホント、ハイテク好きだよねえ、あの男】
「……」
 自動運転の技術は、まだ実用化されていない。主な理由は人工知能バイアス・・・・・・・・――すなわち、何を優先すべきかの判断基準に偏りがあり、さらにはその偏りがどうできているかを、人間が完全には理解できていないからだ。
 ……果たして、音夢崎すやりはキチンと判断してくれるだろうか?
 だが、その疑問を挟む猶予すら、私たちにはない。
 ならば、選択肢は1つ。
 全く科学的でも論理的でもないが、私はこの自律AIを――音夢崎すやりという人間を、私は信頼・・してみることにした。
「……運転、任せたぞ」
【お安い御用! そうと分かったらさっさと逃げるよ! アジト内の防火シャッターを下ろして、逃走ルート作るから!】
 さ、PCを持った持った!
 すやりにそう促され、PCを持つ。
 そして燻離学生を見る。嬉しさと安堵と困惑が混ざった、見たことのない表情をしていた。
【じゃ、開けるよ! 私がルートを指示するから、その通りに行ってね!】
 扉が開く。

 私と燻離学生、そして音夢崎すやりは、アジトからの脱出に成功した。
 防火シャッターのお蔭か、追撃はなく、あまりにも呆気ない脱出だった。
 そして私たちは、そのまま車に乗り込む――自律AIによるドライブの開始を、エンジンの唸りが告げる。


Seg.)

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