シヴィルライツ・カメラ・アクション!
「私はいま、事件の現場に来ています」
報道陣と野次馬の騒めきに、警官達の掛け声。
普段のS区も、元気と暇を持て余す若者や、拳骨で鳴らされる車のクラクションで充分煩いが、今日は一段騒がしい。
その中心に在るのは『第四十四銀行』。現在シャッターが全面に下りていて、侵入は疎か、中の確認さえできない。
「現在、銀行強盗が人質を取って立て籠っています。犯人は武器を持っていると見られ、予断を許しません」
オールバックに眼鏡、スーツ姿の男――夜明放送局のキャスター、報鳥。彼はドローンカメラに向かい、動画サイトのライブ配信でニュースを伝える。
彼の言葉を遮る様に、警察が紋切型の文言を叫んだ。
『犯人に告ぐ!お前達は包囲されている!今すぐ人質を解放し、投降しなさい!』
だが、反応は無い。
この状況が既に一時間。緊迫感は徐々に強くなり、警官達からも焦燥が目立つ。
「ご覧の通り膠着状態が続いており、警察は突入のタイミングを見計らっています」
――報道倫理、「予断を排し、事実をありのまま伝える」。それを守り、報鳥は目の前の事実を淡々とお茶の間に届けた。
報道は〆に入る。
「以上、中継でした」
いつもの一言を申し添えて。
「事件の続報は、後程お届けします」
配信は終了。今頃、コメント欄やSNSでは期待の声が数多く上がっているだろう。
だが、報鳥にはもう興味の無い事だった。
「さて」
ネクタイを緩め、報鳥はドローンを従え規制線に堂々近付く。
そんな彼に、警官達は敬礼。彼らの目には、隠せぬ恐怖が映っている。
「どうも」
微笑んで手をひらひら振り、報鳥は規制線を超えていく。背後の野次馬は軒並み歓声を上げるが、これもまた、彼にとり関心の尽きた事だった。
「今日も、報道倫理に即して――」
彼の呟きは野次馬の声に掻き消され、誰にも聞こえない。
*
「早く金庫の暗証番号を教えろ。殺されたいのか?」
シャッターに囲まれた銀行の中、支店長は椅子に拘束されていた。彼のでっぷり太った腹に、ショットガンが突きつけられている。
引き攣った顔で、支店長は声を震わす。
「こ、こんな事で屈する私では……!」
「ほう。ならその肥えた腹の中身、ぶち撒けてみるか?」
俺は本気だぞ?
目出し帽の男が目配せをすると、別の目出し帽男が拳銃を構える。
破裂音。一人の職員が、純白のYシャツに血を滲ませ倒れた。整った顔立ちが苦悶に歪む。
支店長は堪らず失禁。床に液体を叩きつけた。
「わ、分かった! 教える! 金なら幾ら持って行ってもいいからぁ!」
涙が、加齢と肥満でたるんだ頬に垂れる。
目出し帽の男は覆面の奥でほくそ笑み、メモ用紙とペンを渡した。直様、支店長は震える手で歪んだ暗証番号を記し、男に返す。
これで――。
「作戦終了、ってか?」
目出し帽の男は驚き、振り向いた。
そこにはスーツの男――報鳥。背後でドローンが羽音を鳴らしている。
「お前……何処から入って来た?」
シャッターに阻まれ、侵入は不可能な筈なのに。
その問いに報鳥は、態とらしく眼鏡をくい、と上げて答える。
「企業秘密、ってコトで」
目出し帽の男達は問答無用で銃を向けた。
「正義の真似事のつもりか?」
「正義?」
はっ、と報鳥は嘲る。
「立場により容易く意味合いが変わる、あの不確かな概念の事か――」
「お、おい!」
支店長が情けない声で割って入った。
「お前! もうこの際誰でも良い! 私を助け――」
「五月蝿えな糞爺」
報鳥は、支店長の眼前に瞬間移動し、ドスの効いた声で脅す。
支店長はまた放尿した。
「口くらい堅く閉じとけ、この膀胱の緩い老ぼれが」
突然の罵声に、支店長は口をぱくぱく言わせるばかりだ。
「……何しに、来たんだ。お前」
――俺らを殺す気じゃないか?
異様な覇気を放つ報鳥を前に、目出し帽の下で嫌な汗が流れる。ドローンの耳障りな羽音だけが、ジジジ、と鼓膜を削る様に響く。
んふふ、と報鳥は目出し帽の男に振り向いた。
「勿論、そんなのは決まってる」
スーツの内ポケットに手を突っ込む。
武器でも出す気か。
死を覚悟し、息が荒くなる。
そして報鳥は取り出した。
録音用マイクを。
「インタビューだ」
目出し帽の男達――否、その場に居る全員、茫然とした。
彼らの呆けた表情に、報鳥は笑う。
「んふふ。皆そういう顔をする。死の恐怖に直面したのに、死なないと分かった瞬間の安堵と困惑の混ざった顔。未だ例外が一つも無い顔だ」
……何言ってんだコイツは。
「さておき、私はインタビューをしに来た。ただ、誤解なき様一つ。これは正義の為じゃない。正義なんてどうでも良い。私が大事にしているのは唯一つ。報道倫理だ」
「報道、倫理?」
「ああ」報鳥は微笑んだ儘。「取材される側に一方的な社会的制裁を加える報道は避ける。及び、視聴者・聴取者および取材対象者に対し、常に誠実な姿勢を保つ。だから誘導尋問も無しだ。誠実に取材させて貰うよ」
報鳥は容易く報道倫理を誦じた。
困惑する男達に、報鳥は更に付言する。
「今ドキのSNS対応も任せると良い。個人情報を晒されたりとか誹謗中傷とかね」
「……それも、報道倫理か?」
「分かってるじゃないか!」
報鳥は微笑んだ。その笑顔は酷薄そのもので、思わず鳥肌が立つ。
「報道により人権侵害があったことが確認された場合には、すみやかに被害救済の手段を講じる。君達に必要以上の悪名は負わせない」
私の変な噂が立たないのと、同じ様に。
それから報鳥は録音ボタンを押した。インタビュー、スタート。
「さあ。動機は?」
変人だ。或いは報道バカだ。誰もがそう思った。
だが信頼はできない。あまりに得体が知れなさ過ぎる。
それに勘づいた報鳥は、「じゃあ」と質問を変える。
「君達、銀行強盗するつもりないだろ?」
「……何を根拠に」
驚く男に、「まずはその銃」と報鳥は指差した。
「水鉄砲だろ?」
「……!」
「図星か」
報鳥は笑う。
「分かるともさ。私には、まるっと全てお見通しだ。それに――」
先程撃たれた職員に目を向ける。
「いつまで狸寝入りするつもりだい、カッコいいおにーさん」
「……嘘だろ」
パチリ、と。
彼は目を開け、平然と立ち上がった。
支店長はまるで幽霊でも見たかの様に瞠目する。
「い、生きてたのか……!」
「よう、支店長」
男は、ニヤリと笑う。
「その歳でお漏らしとは、傑作だな」
支店長の反応が面白いのか種明かしをしないが、あの発砲と流血は簡単な子供騙しだ。
発砲音は単に火薬に発火させただけ。血は、予め服の下に血を入れた袋を忍ばせ、絶妙なタイミングで破ったに過ぎない。
「極めつけは」報鳥は続けた。「どうやって大金を持ち帰る気だ? 鞄もないのに。まさか、両手に抱えるつもりかい?」
「……」
「さて」と、目出し帽の男にマイクを突き付ける。「改めて、動機は?」
「……もう分かるんじゃないのか、お前なら」
言ってから、苦々しく「いや、報道倫理か」と納得した。
予断を排し、事実をありのまま伝える。報道の鉄則。
「……コレだよ」
ピッ、と暗証番号のメモを示す。
「支店長の数々の罪の証拠が金庫にある。ただ権力だけは強くてな、下手に動けば俺らが社会的に抹殺されかねない」
「だから強硬手段に出た?」
「命の危機が迫れば人間、何でも売渡すからな」
報鳥は「成程」と頷き、録音のスイッチを切る。
「私の行動を『正義の真似事』と罵ったのも、こういう背景か。自らの正義を邪魔されかけて、頭に来たとか」
「……それに関しては、すまなかった」
「もしそう思うなら」
報鳥は手を差し出した。
「その証拠を渡して欲しい――私が報道しよう」
……誘導尋問じゃないか。
男は舌打ちしたが、まだ信用できていない。渡す訳にはいかない。
「全く――これは個人的意見だけどね」
だが報鳥は引かなかった。
「私は正義同様、権力もどうでも良いと思ってるよ。強者に阿る報道なんて、報道倫理に反するからね」
「……はは」
目出し帽男は笑うしかなかった。
ややあって、職員にメモ用紙を渡す。
「……取りに行ってくれ」
金庫に駆ける職員を見て、支店長は顔を真っ赤にする。
「お、お前ら! こんな事して、タダで済むと思うなよ!」
縛られたまま怒鳴る支店長に、報鳥は「んふふ」と笑う。
「そっくりお返しするよ失禁野郎」
報鳥は酷薄な笑みを浮かべた。
支店長は一瞬慄くが、それでも前のめりに怒号を浴びせる。
「潰してやる! 放送会社諸共! 私を、誰だと思っとる!」
「……」
報鳥は、一瞬固まった。
それから。
「素晴らしい!」
満面の笑みを、浮かべた。
「そうか、此処迄追い詰めてもまだ屈さない権力者が居るのか! そうかそうか!」
んふふ、と笑う報鳥。
「幾ら類型化しても例外が出る! だから人間は面白い!」
「……お前」
何なんだ。
支店長が辛うじて質問を口にすると、「ああ、申し遅れたな」と自己紹介する。
「夜明放送局、キャスターの報鳥だ。以後、お見知りおきを」
「……夜明放送局!」
支店長は仰反ろうとして、椅子ごと仰向けに倒れた。
夜明放送局。
それは、事実報道に特化したネット放送局。今この局は「正義の放送局」として若者にウケていた。社会や政治の闇を忖度なく暴き、ゴシップという飯の種を供給し続けるからだ。
局の在籍者は唯一人――目の前の、報鳥という男のみ。
勿論、彼を潰そうとした有力者は幾人かいた。だが今や、その全員が行方知れず――中には、支店長の知り合いも居る。
倒れ込んだ支店長に、報鳥は顔を近付ける。
恐ろしい程の美形だった。
「まさか、ここで折れてくれるなよ?」
……支店長の記憶はここで途切れている。
三度の失禁と共に白眼を剥いた彼に、報鳥は小声で呟いた。
「……つまらない奴」
丁度その時、職員が書類を手に戻って来た。
礼と共に受け取り、報鳥は出口の方へ踵を返す。
「……おい」男が当惑した声で尋ねた。「騒ぎを起こした俺達を、突き出さないのか?」
「勿論」
報鳥はまた報道倫理を誦じる。
「報道活動は、市民の知る権利に応えることによって、平和で豊かな民主主義社会を実現することを使命とする。逮捕するのは正義のヒーローであって、私じゃない」
正義のヒーロー、と言う時、銀行内の全員に視線を向けた。
「今後の事は、君達で決めてくれ」
君達の正義に従って。
瞬間、報鳥はいつの間にか銀行から姿を消していた。
*
報鳥がお茶の間に約束した『続報』は、無論大反響であった。逮捕された支店長は連日、SNSや大手メディアの格好の玩具となった。
銀行強盗擬き達は警察に名乗り出た様だが、事情もあり厳重注意で済んだ。今は支店長も代わり、信頼回復に尽力しているらしい。
「んふふ」
そんな騒ぎを、報鳥は一人眺める。
「支店長はさておき、強盗擬き達は意外だな。こういう反応になる訳か」
しかし、と独り言つ。
「平和な星だが、実に退屈しないな。まだまだ楽しめそうだ――人間は、実に面白い」
山に不時着したUFOの丸窓から、外を眺めながら。
『報鳥』と名乗る宇宙人は、UFO修理までの退屈さを人間観察で紛らす事にした。
そこで選んだ手段が報道業。多種多様な観察ができる上、人間の感情を解さない彼にとって、報道倫理に則りさえすれば仕事になるこの職業は有り難かった。
だが知る内に、人間の感情の動きが面白くて堪らなくなった。収集癖に火が付き、今は修理そっちのけで様々な事件に首を突っ込んでいる。
結果的に断罪する事が多く、世間からは「正義の報道者」と讃えられる事も多いが、報道外の言葉通り、彼は正義など微塵も大切にしていない。
所詮、宇宙人に人間の正義など解りはしないのだ。
報鳥のスマートフォンが鳴る。
「……んふふ、さて」
手に取る。ニュースアプリの通知。
事件の、匂い。
「今日も、報道倫理に即して人間の観察を」
報鳥は今日もキャスターを演じ、市民の知る権利と欲求に報いる。
市民に溶け込み、自らの知る権利をも行使しながら。
終幕
(空白除く5000字)
*
※本作品は、天野蒼空様主催の『空色杯』(第10回)500文字以上の部の参加作品です。お題は、「私はいま、事件の現場に来ています」を最初か最後に入れた物語を作る、です。
頭のおかしいキャスターを作ろうとしたら報道倫理の文言を引用し始めました(本文中の報道倫理は、全てマジの引用文です)。今回も楽しませて頂きました。ありがとうございました!
ちなみに本作の銀行強盗の元ネタは、11年前のこの曲のMVから。良い曲なので聴いてみて下さいね🎸