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移住惑星のディール・メイカー
――仲介に必要な事はね、相手双方にとって、マシな取引と思わせる事よ。
自分と異なる一つの相手と、『心の中の自分』という名の相手にマシと思わせる交渉より、遥かに難しい。更にその相手が自分と異なる二つになっただけで、難易度は指数的に跳ね上がる。結果、板挟みになるし、挟まれたまま押し潰される事もある。
それでも。
君は、この劉の運命を引き継ぐ?
*
「――漸く見えた」
廃線の枕木を鳴らしつつ歩いてから数十分。両手をコートのポケットに突っ込み、男は立ち止まる。
線路の両脇には、蔦に呑み込まれた電車や、瓦礫を土壌に生える若い樹木が存在する。自然により、人工物は廃墟と化しつつある。
そんな殺風景で一際目立つのが、咲き誇る紅い花々。風もないのに揺れ、まるで男を歓迎するかの様だ。
しかし花々には一瞥もくれず、更に先を見据える。
林立する変哲な形の高層ビル。
遠目にも技術力を誇示するあの都市こそ、彼の次の目的地。
紅い花達の揺らめきを受け流し、再び歩き始める。乾いた枕木から木琴の様な心地よい音色が響いた――殺伐荒涼とした風景に全く似つかわしくない、平和な音だ。
*
文明都市、ラディカ共和国。
移住先惑星一の都市と称されたそこは、兎角嘗ての地球の繁栄を再現する事に躍起になっていたと聞く。が、今や繁栄の残骸が其処彼処に散らかるばかりだった。破壊された機械、崩れた建物、潰れた車に、腐らない加工食品。移住して数年でここまで創り上げたのは、ある意味賞賛に値しよう。
だがそれら文明は、植物に蹂躙された。混凝土は木の根に破壊され、僅かに屹立する建物も伸び放題の蔓に隠れている。
そして道中見かけたのと同じ紅い花々。廃墟の灰色と植物の緑色の混ざる風景の中、一際紅は輝く。それらはやはり無風の中を揺れた――男に手を振るかの如く。
身勝手な花々に溜息を吐いた途端。
がたん。
音が聞こえた。
鋭い視線で音源の方を突き刺すと、人が飛び出て来る。皮膚も服も汚れて破れた、痩せた男。
「あ、ああ!」掠れた声。埃で黒く染まった涙が窪む頬を伝う。「来てくれた、『星間仲介者』! どうか、俺達の事を――」
助けを乞う様に辟易していると、瞬間、奇妙な事が起きる。
男の脚や腕から、細長い物質が生えたのだ。痩せた男は驚いて逃げようとしたが、足の裏から生え地面に食い込んだそれに縫い止められてしまう。
「お、おい!『星間仲介者』! 助けてくれ、助けろ! 助け――」
喉奥から緑色の物質――茎が生え言葉を奪われた男は、ただ痛みに呻く事しかできない。そして脚から根、腕から葉、遂には人間としての形を喪い――紅い血と命を吸い上げ、一輪の紅い花が咲いた。
紅い花々。それは国民の成れの果て。
男は彼らの救援依頼を受け、ここへ来た――。
「汝か、噂の人間は」
背後から声。振り向けば、黄土色の瞳で男を射抜く、土気色の肌の少年が立っていた。
「何しに来た?地球という亡びた惑星から命からがら亡命し、僕らと移住契約を結んだ、彼女の子孫」
自分の正体も御見通しか――男は苦笑する。
――嘗て、地球は亡びた。
原因は人類の居住環境の破壊。SDGsは殆ど機を逸し、気温上昇で空気は茹だり、氷河が崩落し、酸性雨が地上を溶かした。追い詰められた人類は他惑星移住計画を前倒し、限られた人数で脱出。
その移住先がここ、惑星デスタ。地球によく似た環境だが、地球とは似ても似つかない。
「答えよ。何しに来た?」
質問する土気色の少年がその証拠。
惑星デスタは、怪物惑星ソラリスの如く意識の在る――それも複数の意識の共存する生命体なのだ。
『彼ら』との移住交渉は難航した。突如外来の生物を受け入れる程『彼ら』は優しくもなければ阿呆でもない。しかし当時の人間達は食糧と燃料の都合上、ここで締結を目指さざるを得なかった。
その矢面に立ったのが、後に『星間仲介者』と語り継がれる劉静冷――稀代の天才たる、新惑星開拓戦略担当。彼女の功績により、地球に捨て去った人間の如く宇宙の藻屑とならずに済んだ。
だが移住後も諍いは彼方此方で起きる。得てして異邦同士は文化文明の違いで衝突するもの。彼女はその仲介をも見事に果たしてきた。
そして、彼女は数ヶ月前に死んだ。
そんな彼女の遺志を継ぐ『子孫』こそ、この男――劉鎮静。
「勿論仲介ですよ」鎮静は答える。「無許可に開発を続けた人間と、その怒りで全員を紅い花に変えた貴方との」
「なら解るだろう、僕の望み」
意識体は片手を翳す。鎮静の足から根が生え、地面に縫い付けられた。
「交渉の余地など皆無。況して仲介など」
「いいえ」鎮静は努めて冷静に続ける。「人間は反省できる生き物です。余地は――」
「反省!」
意識体は叫んだ。同時、鎮静の体の中で植物が蠢く感覚がする。
失言だと後悔した――意識体は怒っている。
「反省だと! 良い度胸だ『子孫』よ! 喉元過ぎて忘れる程度を反省と宣うなど、実に実に良い度胸だ!」
ご尤もだ。鎮静は内心舌打ちした。
――『母』なら、この難局をどう乗り越えるだろうか。きっと奇想天外に丸め込み、丸く収めたに違いない。
だが自分は――と妄想に逃げそうな思考を引き留める。鎮静は普通の男、突出した才能に欠ける凡人。
凡人が天才に追いつく方法はただ一つ。継続だ。決して後悔や自責ではない。
だから口を走らせ頭を回し続けるしかない。
仲介に必要な事は、常に相手双方に良い取引と思わせる事――と天才は嘗て易きを語ったが、凡人には行い難い。所詮失言をする凡人には。
それでも果たす。足掻いて天才に追いつく為。
そして、凡人たる鎮静個人の為。
「……我々人類が約束を幾度も破ったのは事実ですから」鎮静は言葉を紡ぐ。なるべく冷静に――静冷の様に。「今更反省などしても不誠実に見えますね」
「ならば、どうする?」
意識体はからから笑う。植物は今も体内を這いずり皮膚を食い破るのを待っている。
「答えてみよ、あの身勝手の塊共をどう御すのか! 『星間仲介者』の血の一滴も流れとらん『子孫』とやらが!」
鎮静は稀代の天才たる静冷と血は繋がっていない。故に意識体はこう問うている。
『天才と無縁な凡人に、何ができる?』
しかしこの瞬間、鎮静は逆に只一つの活路を見出した。
「それでも私は『星間仲介者』の後継者。その肩書で人類は、貴方が無能と思う私を頼ります」
「で?」
意識体は続きを促した。
「とは言え私は確かに無力――であればこそ」
ここで鎮静は跪く。
だが彼の見上げる目は、覚悟を燃料に爛々と燃え盛る。
「私という仮初の権威に、貴方の真の権威をお借りしたく」
意識体は一瞬、軽蔑に口を歪めた。が、万策尽きたのでなくこれこそが作戦だと、彼の目で悟る。
「……人類としての誇りは無いのか」
「誇りに絡め取られれば早死するだけです」
まだ死ねない。果たさねばならぬ目的がある。その為なら誇りも捨てる。
元より――。
「ならば自らの言葉と思考で説得しないのか――『星間仲介者』の如く」
「先も申した通り私は無能。故に、私なりの方策で」
――凡人の自分に、誇りなんて大層なモノは無いのだが。
「ふはっ」
と意識体は笑う。
「ふっ、ふはははっ! 面白い! 汝は確かに『星間仲介者』の『子孫』だな――言葉を弄し心を変えるのでなく、策を弄し状況を変える様だが」
意識体は鎮静の体内の植物をすっかり枯らした。微笑みながら黄土色の瞳で鎮静を見つめ。
「然し」
意識体は確認する。
「汝は一体、何を目指す? 何の為に、この下らぬ仲介業をする? それに答えれば、力を貸してやる」
*
「……っ!?」
青年が目を覚ます。周りには見知った顔が何人も横たわっていた。
青年は驚きながらも、彼らの体を揺する。
「お、おい! おいっ! 戻ったぞ! 体が、花から人間に!」
紅い花となったラディカ共和国民――彼ら彼女らが元に戻り、次々目覚めたのだ。
という事は即ち。
「お目覚めか」
劉鎮静。彼が――『星間仲介者』の子孫が、依頼を達成したのだ。
瞬間、国民全員が沸いた。揃って鎮静に賛辞を浴びせるが、彼はそれを制する。
「いや、礼には及ばない」
「そんな謙虚な!本当に私達の命の恩人――」
「だから」
声のトーンを分かり易く一段階下げた。その異変に、突如賑やかさが止む。
「礼には及ばない」鎮静は指を一本立てる。「こんな条件を提示されてしまったからな」
その条件はただ一つ。
「爾後、鉄や土の塊だけでなく植物も植えよ、土地面積の四分の三を超え続けるように――と」
国民全員唖然とした。
少しして、「巫山戯るな」と白髪の老人が怒声を上げる。元々地球上の繁栄の再現に血道を上げた彼らには、受け入れ難い要求だった。
「巫山戯るな! 地球の輝かしい技術の結晶の再現と発展こそ、我ら人間の使命――」
「自分の都合ばかり考えるから」だが、鎮静は容赦なく切り捨てる。「地球を亡し、他人の苦労で移住できても尚、無様に花にされるんじゃねえか?」
自分の都合ばかり考えるから。
平気で間接的に人を殺せるんだ、お前らは。
「貴様……!」
「嫌なら良い」
鎮静は淡々と言う。
「『星間仲介者』とは言え、流石に約束を反故にされたらどうにもならない――また花にされても文句言うなよ?」
「なっ……!」
国民全員青褪めた。
思った通りだ、と鎮静は内心笑む。一度力に打ちのめされ萎んだ者は、その殆どが跳ね除ける為の弾性を失う。
「これで『仲介した』だと! 巫山戯るな!」
「そのまま返すぜ」
鎮静は溜息を吐く。
「元に戻れて良かったじゃねえか。これ以上何を望む? それに、正直この先、お前らが花になろうが媚び諂おうが移住しようが死のうが、知った事じゃない。だから言ったろ。礼を言われる程――先代程、天才でも優しい人間でもねえ」
どんな屑をも救った自己犠牲精神の優しい天才程、聖人ではない。
ただの凡人だ。凡庸に憎悪を懐く、只の人間。
「お前ええっ!」
一人が殴りに駆けた――が、直ぐその足が止まる。足の裏から根が生えて地面に食い込んでいた。
「もう一度花になるか」
鋭い視線を、立ち止まる相手の心に突き立てる。
「まあ俺は止めないが」
続けて相手の腕や脚から――。
「や、やめてっ! 分かった、分かったから!」
花化がトラウマなのか涙目で訴えると、再び自由になった。思わず尻餅をつく相手に、鎮静は手を差し出す。
「さあ、報酬を貰えるか? 国民の皆サマ」
渡さなきゃどうなるか、分かるよな?
鎮静の背後の植物の影に、最早全員、反抗心を喪っていた。
*
君は、この劉の運命を引き継ぐ?
――静冷は、移住後も数々の仲介を果たした。人類と惑星が仲良く暮らせる星にと願う優しい彼女は、天賦の才を惜しまず振い、人類に貢献した。
しかし、あまりの人間達の勝手さに怒髪天を突いた意識体の一体が、約束を反故にし、仲介者の静冷に呪いを掛けた。
以降彼女は手足から徐々に腐り、遂に寝た切りになった。そんな彼女を介護したのは、嘗て彼女が助け長年保護養育した青年――現在、劉鎮静と呼ばれる男だ。
鎮静は病床上の彼女の問いに頷いた。対して静冷は、寿命を搾り切るまで教え続けた。
使うべき時は反抗する気も失せる程の力も使え、但し濫りには使うな、も教えの一つ。これら教えを武器に、鎮静は各地の仲介をこなす。
だが彼は静冷の思いを――人類と惑星が仲良く、なんて妄想を果たす気は、毛頭無い。
『汝は一体、何を目指す? 何の為に、この下らぬ仲介業をする?』
先の意識体の質問への、彼の答えはこうだ。
『母』を間接的に殺した、
身勝手な人類に復讐する為。
仲介に必要な事は、常に相手双方にとりマシな取引だと思わせる事――彼は、自分とは他の人類にとって死ぬよりマシだが生きるには辛い、しかし最もマシな条件で仲介を果たし続けている。
そしてこの仲介は『復讐を望む自分』という相手にとってもマシだった。
凡庸な激情を懐く彼はその激情故に、二者の仲介だけでなく、その二者と自分との交渉をも同時達成する非凡を成している。
彼は、今もそれに気付いていない。意識体が彼の非凡さを買い、仲介交渉に応じた事さえも。
「――さて、次の仲介に向かうか」
報酬の金銭袋を弄ぶ鎮静。
紅い花がすっかり消えた灰色と緑色の殺風景を背後に、次なる依頼の地へと向かってゆく。
終
(空白除き5,000字)
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