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この夏、ららばいが残したもの


海と山に囲まれた、古きよき小さなまちを舞台にした、わずか35分の作品「門司港ららばい」は、地元への熱い愛を、プロの演技と一流の作り手の腕が形にした異例の自主制作映画。先週の上映会では、ポルトスタッフも、ボランティアスタッフも総力あげて出動して、無事に幕を閉じた。
観客の皆さんには、「大変だったねえ」と私にまで労いの声をかけてくれるのだけれど、実は私、映画にも上映会にもそんなに携わっていない。舞台挨拶もコンサートも観ていない。だからこうして今、純粋な一人の観客として、この35分間に感じたままを表現できる。スクリーンに出てくる見知った景色も人も、なるべくはじめましての気分で、素材そのままの新鮮な気持ちを書き出したい。ささやかな応援の気持ちも込めて。

この作品が、単なるローカル映画で終わらせない奥行きを感じさせるのは、
焦点はあくまでも門司港ではなく、主人公のやよいに当てられているせいだろうか。もはや観なくてもわかるくらいの地元愛を全面にひしひしと感じながら、私がどうしても目で追ってしまうのは、主人公のやよいだった。
笑っているようでどこか物憂げで、
何かを求めているようで、すでに核心を付いているような
捉えどころのない表情を見せるやよいに、
誰もが無意識に惹きこまれ自らの感情を投影する。
電車に揺られ、人力車に揺られ、彼女の表情も終始揺れる。
演技であることを感じさせない、あまりに自然な表情が印象に残り
やよい役を演じた弥香さんとお会いした時は、
作中、東京での暮らしを「もういいかな」とつぶやくやよいと混同してそこはかとなく心配になった。
もちろんそんな私の心配には及ばず、弥香さんは現在は京都に住んでおり、半径1km圏内で起きる紛争を全て解決させるくらいの威力を持つおだやかな笑顔と、お土産の生八ツ橋にこちらまで元気をもらってしまったのだけれど。

物語に出てくるお母さんたちも、門司港のまちも全て本物だから
本当の門司港を映すこの作品は、きっと演じる人の自然な魅力を際立たせて
観る人の気持ちも素直にさせる。
監督であり、雄一役をつとめた俳優の和成さんが、一人の地元っ子として、松藤和成として、生まれ育った門司港のまちに向き合った姿も捉えることができた。

「僕、映画を撮りたいんですよ」
昨年の冬、六曜館のテーブル席で、私はなぜか菊池さんと一緒にカメラマンの金さんと初めてご挨拶をした。
そして、菊池さんが一流のCMカメラマンを相手に単刀直入に話す様子を、ぽかんと口を開けて聞いていた。
すべての始まりはそこからだったと金さんは言う。
気づいたら夏がやって来て、キャストと撮影陣がやって来て、どしゃ降りの中で撮影が始まった。彼らが日本の映画界を代表する撮影部隊であることは、撮影期間が終わってから初めて知った。タツ役の岡田地平さんはやっぱりかっこよかった。

ちょうど1年前の今頃を振り返りながら思うことには
果たして、菊池さんが本当に撮りたかったものは、映画だったのだろうか。

門司港レトロ、栄町商店街、清滝の路地に佇む家々。
このまちの人が、スクリーン上で目の当たりにする見慣れた景色は、
そっくりそのまま、彼らがその手で残してきたもの、文化そして人。
このまちが確かに存在していること、
そしてここに私たちが存在することを、
門司港ららばいは、一つの芸術として切り取っているのだと
菊池さんはまっさきにこのまちの人に伝えたかったのではないだろうか。
こうして「あなたが残したもの」に対する菊池さんの思いを
iimaさんはそっと汲み取って歌にしてくれたのだと思う。
どうりで、それは聴くほどに、心地よくも着実に心臓をつらぬく。

普段通る道、私が座る席、私が食べるもの。
すっかり見慣れているものなのに、スクリーンを通して違う角度から見える景色はどこか新鮮で特別。それでいて、一瞬たりとも出演していない自分が、なぜか大画面の中に自分を探しているのは不思議な感覚だ。カウンター越しの女将の視線の先には、私がいるような気がする。やよいの降りる降車口の向かいで、私は電車を待っているような気がする。35分間見つめたスクリーンの中のどこかに、私はしっかり生きている。

主観をなるべくふるいにかけてみたけれど、愛しいまちを舞台に生まれたこの映画で、溢れてくるものはどこまでいってもやっぱり主観。そろそろこの辺で筆を置きます。

フィルムの中で生き続ける名女優たち(もとい門司港の女将たち)に会いに行くような気持ちで、
今を生きる自分に、よっ!と声をかけにいくような気持ちで、何年後も、何度でも見返したくなるそんな映画。一時停止も、巻き戻しもできないからこそ映画は特別で儚く、サブスクじゃあこんな感情は決して抱けない。等間隔に座る静かな劇場もいいけれど、夏休みの金曜ロードショーくらいのテンションで、みんなで集まって、ああだこうだと笑いながら観れる日がいつか来ればいいな。

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