6/1 バックストリートボーイズと、夏は夜
閉店間際。静まりかえった夜の港に、にぎやかな声が近づいてきて突然店の前で止まった。窓の外を見ると、黒いフーディーをかぶった強盗集団みたいなのがこちらを指差して何か話している。そういえば今夜は公民館で漁協の集まりがあるそうで、今年の慰安旅行の行き先を酒を飲みながら決めるんだと近所のじいちゃんたちが息巻いていた。さては公民館ではめを外した酔っ払いが何人か冷やかしにでも来たのだろうか。それにしては、揃いに揃って怪しい黒づくめ、年齢層が明らかに若い。となると、見かけ通りの強盗か。にしては、あからさますぎやしないか。そもそもどう見てもうちから盗るもの無いだろうに、仕事下手なんかな。
なんて窓越しから訝しんでいると、「こんちは〜」幼さを残した少年の声が、窓ガラスを軽やかに突き抜けて耳元に届く。挨拶されたら出ていくしかない。おそるおそる扉を開けた。
店先の灯りに照らされたのは4,5人の少年少女。フードから少しのぞかせた肌のハリツヤからして、みんな10代そこそことみた。黒づくめに見えたような服装は近くで見るとそれぞれバラバラで、ポップなモンスターが描かれたスウェットや、Girl's don't cryのTシャツ、特にお揃いでキメてきたわけではなさそうだ。真っ白な脚を少し寒そうにかがめているのは唯一の女の子。不自然に白い肌に、あでやかなリップをつけた唇を開いた。「うちら、暇なんで鹿島に来たんすけど、鹿島もマジ暇で帰ってきたとこなんです」
少なくとも、強盗ではなさそうだ。
「そりゃあ、鹿島は退屈な人にとってはもっと退屈なところだよ。鹿は見れたかい?」
「鹿、おったおった!その辺歩いてた!」
「ていうか、さっきから気になって話してたんですけど、これなんすか?」
一人の少年が指差した先は、店の入り口にいた魚の被り物。去年の芸術祭で明子さんが新聞紙と和紙で作ってくれた。どうやらこの魚くんを指差して、みんなして笑っていた様子。被ってみなよ、と渡すと嬉しそうに手に取って、港をバックに写真を撮り始めた。魚くんは本当に誰からも愛されるいいスタッフだ。
少年たちは「また北条来ますわ!」と手を振って去っていったが、彼らが鹿島の魅力に気付けるようになるのは、まだずっと先のことだろう。ティーンの頃の自分を重ね合わせて手を振り返した。
ロの字形にすぼめた港の海面は静かに波打ち、中心に音を集めてこだまする。ロの二画目の角には街灯が2本立っているせいか一際明るく、今夜はその灯りの下でパチンパチンと小気味良い音が聞こえている。いや気味が悪い。近づいて見ると、近所の家の子が街灯の下で爪を切っている。誰だって、海を背にして一人で爪を切りたい夜だってあるものだ。
夏は夜。月のころはさらなり。
やみもなほ、黒きレクサス三つ四つ、二つ三つなど走り去るさへあはれなり。
少年がおぼろげなる街灯の下で爪を切りし音や、八百屋のびん・かん・ペットボトルを捨てし音のただ打ち響いてゐたりするさへいとをかし。雨など降るもをかし。
バックストリートボーイズもいざなわれ、清少納言も思わず詠みそうな港町の夜。夏はやっぱり、始まってもないのにすでに惜しい。