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ITツールの発達で管理職はなくせるのか?

インターネットと繋がったパソコンや携帯・スマホといったITツールが仕事場に導入され始めてから四半世紀が経ち、それまで人手と時間が掛かっていた情報伝達・収集・分析業務が飛躍的に効率化されるようになりました。そしてこれに伴い組織マネジメントのやり方や人員配置、さらには管理職の数や階層、役割まで変化してきました。

多くの企業・団体でこのような変化が進むと同時に、最先端の組織では「ティール組織」と呼ばれる階層型ではないフラットで管理職不在の自立型チームを構成する事例も出てきました。ティール組織では、組織の管理にITツールを使いその工数を最小限にすることが前提となります。では、ITツールによる効率化が進むとすべての組織はティール組織に進化して管理職は不在にできるのでしょうか?この記事ではそんな組織の未来を考察してみます。


ITツール導入による働き方の変化

ITツールの導入により、組織の「報連相」が5~6人未満の事務所の島型机の世界から、自宅やサテライトオフィスからのチャット、メール、オンライン会議も含む形態に進化し、深い組織の階層構造の解消と「スパン・オブ・コントロール」の拡大、いわゆる「組織のフラット化」と、同時に「成果主義の導入」「情報の民主化」が進んできたことは、前の記事「組織マネジメントの進化とITとの関係」で書きました。

また、新型コロ ナ禍の非常事態下で、人々の働き方も劇的に進化しました。業種によってはリモートワークの選択肢も広がり、コロナが明けて約1年経った現在では、企業・団体によっては「フルリモート」を継続したり、あるいは週に一定程度は出勤を推奨・強制するなど、企業・団体によって考え方に違いが出てきたりもしています。

私が働いている富士通では、出勤の選択肢はあるものの、基本的には「フルリモート可能」であり、事務所も大幅に整理縮小して東京汐留の本社事務所も閉鎖、川崎に移転しました。同じ部門のメンバーも首都圏だけでなく日本国内に散らばって居住して働く働き方が許されています。また、日本国内だけにとどまらず海外メンバーがヨーロッパ、アメリカ、APACなどに在籍していて、同じ部門だけどタイムゾーンも異なる働き方をしています。

ITツールで軽減される管理職の仕事

一方、管理職が従来仕事としていた「組織の管理」工数も、ITツールの導入に伴い大幅に軽減されました。いままで紙に書き出していた処理や可視化が不可能だったものが、デジタルツールやデータとしていつでもどこからでもアクセス可能になり、情報伝達・収集・分析業務も多くが自動・半自動で行われるようになりました。

一般的に管理職の仕事と言われているものは以下の4種類に分類できます。

管理職の4つの役割
1. (計画策定) 企業・団体の目標、ビジョンの担当部門への浸透と目標設定
2. (指揮命令) 業務の進捗管理とそれに伴う課題管理・解決
3. (人事管理) 部門組織編成・人員配置と育成・チームビルティング
4. (企業・団体内外交) 他部門との調整・交渉

この中で、1や2はプロジェクトプランニングツール、ERP/CRM等のリソース・顧客情報管理ツール、社内SNS・メール・チャット・ポータル等やオンライン会議といったコミュニケーションツールの発達により、3もHR系のERPや人事系ツールやeラーニングツールによりかなりタスクが軽減されました。

1はツールを見ながら実際に目標や計画の中身を立てるところに頭を使い、2は問題解決の中身に頭を使い、3はよりメンバー一人一人に寄り添った対応に時間を使えるようになりました。4はコミュニケーションツールで一般的に生産性が上がるところ以外で、なかなかITツールの力で工数を削減することが難しい仕事です。

また、仕事のレベルとしては、1と4はよりシニアなマネジメント、2と3は現場のラインマネジメントで、と分業されることも多く、一言で管理職といっても2種類のレベルに分類されます。

いずれにしても、全体でみると、管理職の仕事はかなり昔に比べるとラクになってきており、「スパン・オブ・コントロール」を増やせるようになってきています。

管理職と一般職は単なる役割の違いに

そして、「情報の民主化」が進み、インターネット上に自社、他社含め様々な情報が氾濫するようになると、いままでは管理職のみが知り得ていた情報、たとえば管理職のほうが一般職よりどれだけ給料が高いとか、年齢や勤務年数があがるとどれくらい給料が高い、といった一般的な情報は一般職も知るところとなりました。

そのためか、昔は色々私が管理職をはじめた約20年前には、管理職の「特権」のようなものはすでに大分少なくなっていて、直近10年ほどで特に厳しくなってきたコンプライアンスの意識と合わせて、これは常に減少傾向がみられます。(情報が共有されていない大昔は好き放題やっていた組織もあったことでしょう)

管理職は、年功序列・終身雇用が当たり前だった昔の日本では、新卒で入社してある程度の年次が経って業務知識が身についてからなるものでしたので、給料も高いということになります。しかし、転職市場ができあがると、給与はそのポジションの難易度や需給状況によって変わるため、一般職でも専門性の高いポジションは管理職よりも高給で募集されるケースも増えてきました。加えて社外からいきなり管理職として配属される外部人材も多く登用されるようになりました。

また、マネジメントの手法も「上意下達」「指揮命令」の形から、メンバーの横や後ろに立っての「コーチング」「伴走型」の手法も取り入られるようになり、"上司" と "部下" と呼ばれていた関係は必ずしも「上下関係」でもなくなってきています。管理職は引き続き "上級職" ではあるものの、一般職とは上下関係というよりは「役割の違い」と言えるでしょう。

フラットな組織の成立条件と課題

それでは、ITツールの導入とそれに伴う効率化がしっかり進んだ組織は、「ティール組織」のような管理職のない完全にフラットな組織に進化していくのでしょうか?大きな会社、小さな会社それぞれでいくつかで合計10年以上管理職を経験している私の感覚で言うと、実は答えは「ノー」です。その理由について解説します。

まず、前述したように「管理職の役割」自体は組織構造の如何にかかわらず残るためです。「アンドロイドが完全に管理を代行してくれる」などITツールで100%なくならない限りは、管理職の仕事自体は残り続けます

ティール組織の特徴としてフレデリック・ラルー(Frederic Laloux)の「ティール組織」(原題:"Reinventing Organizations")で挙げられているのが、

1.自主経営(Self-management): フラットな組織構造で、従業員が自分自身で意思決定を行う。組織階層がなくチームや個人が自律的に運営される。
2.全体性(Wholeness): 従業員が職場で「本来の自分」を持ち込み認め合い、否定されず、心理的安全性が確保される状態が実現されている。
3.存在目的(Evolutionary Purpose): 組織は内外の環境変化に伴い常に進化し続ける目的を持つ。組織の存在目的を全員が理解している状態。

の3つです。これはいわば国を擬人化したときの「国際連合」のように、自らの意思で自己管理できる個人としての「国」が組織立っている状態と似ていると捉えることができます。個人事業主の連合組織のような形です。

ただし、この3つの特徴は、通常の感覚でいうと「めちゃめちゃレベルが高い人しか達成できない」と思うのではないでしょうか?自己管理ができる人というのもある程度シニアな人に限定されますし、全体性・心理的安全性も、私も色々な組織・部門の従業員満足度調査の結果を見ていますが、心理的安全性がきちんと徹底できているケースはほぼ有りません。

ティール組織は事例もいくつかあるので、成り立つことを否定するわけではありませんが、比較的小規模な組織で特殊な成り立ちと条件の事例が多いように見えます。大規模組織や、規制業種 (金融/医療など)、安全第一の業界(航空、建設等)といった自己管理や分散型意思決定が難しい業界では導入が難しいことは指摘されています。

加えて、時間が経過して従業員が入れ替わったり内外の環境が変わって組織全体が安定しない危機的な状況が訪れたりした場合も、成立が難しくなると思われます。

従業員のうち優秀な人だけを引き抜いてひとつの組織に配置したときに、全員が優秀に働き続けるかというとそうではなく、2:6:2のように優秀な結果を出す人と落ちぶれてしまう人に必ず分かれます。一定の難しい試験に合格して進学校に入ったとしても、その中で必ず成績優秀者と落ちぶれる人が出てくるのと同じです。

この性質は人間だけではなく、働きアリのうち働き者だけを引き抜いて配置しても同じことが起こることが知られていますし、はたまた生物に限らず気体分子も同じ温度の平衡状態でエネルギーの高い粒子と低い粒子に分かれることが知られています (理想気体はボルツマン分布に従う)。このように、集団が十分に時間が経った自然な状態「平衡状態」でパフォーマンスが一定の分布に従うことは統計的な経験則として知られています

この法則をティール組織に当てはめた場合、やはり一定の割合で自己管理ができない、心理的安全性が担保できないといったローパフォーマーが出現してしまい、そこから綻びが生じます。また、戦争や新型コロ ナといった危機的状況のもとでは国際連合もうまく機能しないことはこの数年でも経験してきていることでもあるかと思います。

以上のことを踏まえたときに、ITツールの力により昔よりも階層の浅い組織構造が可能になるものの、ティール組織のような完全にフラットな組織は普遍的に成り立つのは難しく、状況が安定している比較的小規模で業種的に適合した比較的特殊な条件下でのみ成り立つ、ということが導き出されます。

未来の組織像は?

人間や組織の能力は、ITツールの進化によりその力を借りてどんどん進化していきます。四半世紀前に比べるととても便利になり組織の形もより効率的で階層の浅い形に進化してきていますが、まだ進化の途中であり将来的にもっと変わっていくことは間違いないでしょう。

管理職や組織階層が完全にはなくならないにしても、人数や階層はより減っていき、一般職との関係性も上下ではなく役割の違いとして認識され、両者の関係性も変化していきます。

将来的に、汎用人工知能を持ったアンドロイドが職場に入ってきたら?これくらいの大きな変化が起これば、組織のあり方もまた変わってくるかもしれません。今の私には想像もつきませんが、数十年後にそういう変化が訪れているとすれば、どのような組織像になるのか興味深く見守りたいです。

最後までお読みいただきありがとうございました。では、また!

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