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研究は参加者のために!:お金をかけずにできるお礼は?(疫学研究の裏側7)

疫学研究はどんなふうに進められているのか。「3世代研究」を例に、研究のリアルをご紹介する「疫学研究の裏側」シリーズをお届けしています。

前回の6回目では、研究参加者を募るリクルートの過程や、参加率アップのために仕掛けていた戦略を紹介しました。

疫学研究は、まず一人ではできません。研究事務局というチームで実施してはいますが、それでも全国の栄養士養成校の学生さんに声がけするとなると、その各校の先生方に協力いただかなければ実施できません。得られたデータは共有して一緒に使う、などの約束をして、たくさんの共同研究者の先生方にも協力をいただきました。初めて自分で疫学調査を実施して論文を書くという先生もいらっしゃいましたが、最終的にはその先生方が論文を書くときにも私たちがサポートしながら、たくさんの研究結果が発表されました。うれしいことです。

ところで、前回「参加者の方に特別な謝礼を支払うことはできなかった」と書きました。今回はこのエピソードを少し詳しく紹介しておきたいと思います。



●謝礼は参加率アップの方法のひとつ

疫学調査に参加したことのある人や、募集の案内を見たことのある人は、「この調査に参加すると、謝礼として〇〇円をお支払いいたします」という案内文を読んだことがあるかもしれません。謝礼として参加者にお渡しするものは、現金以外にも、金券や物品などの場合もあると思います。こういった疫学調査の場合、参加者の方には、質問票への回答時間を拘束することになりますし、めんどうな作業をお願いすることもありますし、そういった負担へのせめてものお礼ということで、謝礼をお渡しすることはよくあることです。これが参加率アップのためのひとつの方法でもあるんですよね。

●3世代研究の謝礼は「結果票」

ところが今回の3世代研究の場合、対象者数がかなり多く、そして予算が限られている、という状況から、謝礼に研究費をたくさん使うことはできませんでした。もともとそのような予算も確保されていなかったんですよね。

それで、参加者の方への謝礼として使われたのは、食事の質問票の回答結果から導き出される、現在の食べ方がよいかどうかがわかる「結果票」でした。

当時の結果票はこんな感じでした。各栄養素の摂取状況がよい(青)か改善が必要(赤)か、信号の色でわかるようになっています。

予算の関係でどうしてもお金をかけることはできなかったのですが、それでも参加者の方には、調査に参加して質問票に回答していただいたことに対する直接的なメリットを感じてほしい、せっかくなら参加してよかったと思ってほしい、と考えて決まりました。

●参加者中心にデザインせよ

調査をするとなると、研究者が研究したいと思っていることを調べるために行う、ということになるとは思います。けれども「疫学」とは何かの基本に立ち返って考えると、疫学とはたくさんの人の状態を調べて、病気の予防のために役立てるための学問でした。

結果をいかに日常の生活のなかで活用できる形にして示すか、というのがとても重要なんですよね。

学問の世界にはどちらかというと、研究者の興味を追求することが先に立つような分野もあると思います。得られた結果を使うことよりも、研究者の知りたい気持ちを満たすことを大事にする分野です。けれども疫学はそうではありません。いかに結果を社会のために使うか、という観点が重要です。決して、研究者が「知りたいから」という興味だけで疫学調査がなされるようなことがあってはいけない、と私自身は教えられました。そのためには、まずは参加者の人に、調査に参加する十分なメリットがないといけないとも。

とはいえ、今回のように、予算的にお金でお礼をすることができない場面もあります。そういうときには自分たちの専門分野の知識を使って、参加者の方にメリットとなるような結果を返すことは、お礼の仕方としてありだと習いました。

さらに、最終的なお礼は、参加者の方に回答していただいて得られたデータで、とにかくたくさんの研究論文を発表すること。もちろん、世の中で使ってもらえる丁寧な研究結果を発表することです。データを作り上げたら、ネタがつきるまで論文を書き続けなさい、という教えを受けていました。

●アンケートと呼ぶべからず

こういう教えの中で、もうひとつ私たちがよく言われていたことが、研究で使う質問票や調査票のことを「アンケート」と呼んではいけない、ということでした。

アンケートと言う語は、もとはフランス語に語源があり、「調べる側が知りたいことを知るために対象者に答えてもらう質問票」みたいな意味があるそうなんです。アンケートに答える対象者本人はそれに答えたことによって何も新たな情報を得ることはない、ということになります。得られる情報は調べる側だけが興味をもっていて、調べられる側は興味をもっていないということになるそうですよ。学術的には用いられないのが普通だそうです

けれども、日本では、アンケートは本来の意味とは違って、一般的な質問票のことを言うようになってしまいました。これは一種の和製仏語であること、そしてこの言葉が持っている外国語風の響きが、安直な質問票調査で得られた数値情報を科学的で客観的なデータであるかのように見せかける上で効果的だった、と主張している社会学者もいます(文献1)。

そういう意味で、今回の研究に使うような、参加者に結果を還元することを目的に、食事や生活習慣を尋ねる質問項目が並んでいる冊子のことは、「調査票」や「質問票」と呼ぶべきだ、と研究室では教え込まれていました。アンケートと言ってしまった場合には訂正するように言われていました。

●まとめ

結果票が返ってくるとわかったから参加する、という人がどれくらいいたのかは未知ですが、今回の食事質問票の結果が授業中に返ってきたときには、学生さんたちはとても喜んで、熱心に自分の結果票を読み込んだり、友達と見せ合ったりしていた、という報告をしてくださった共同研究者の先生もいらっしゃいました。また、結果票がよい教材となったとの感想もいただきました。お金はかけられませんでしたが、調査に参加したことのメリットを少しでも返したい、という私たちの想いは伝わったかなと感じます。

それに、結果票だけではありません。得られたデータを使ってとにかくたくさんの論文を書くこと、というタスクも重要です。結果的には、3世代研究のデータを使って、少なくとも15報の論文は執筆されましたし、これからもこのデータは社会のために役立つ結果を出せるものと思います。こうして、たくさんの研究結果を出すことが、参加者の方々への一番のお礼になるのだと思って、研究を進めていきました。

アンケートのエピソード、調査を実施する方はぜひ覚えておいてくださいね!


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【参考文献】
1. 佐藤郁哉. UP 2015; 44: 10-7.


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