人の動きまでデザインするも、失敗!?(疫学研究の裏側11)
疫学研究はどんなふうに進められているのか。「3世代研究」を例に、研究のリアルをご紹介する「疫学研究の裏側」シリーズをお届けしています。
前回の10回目から少し間が空いてしまいました。前回は、質問票の封筒詰め、箱詰め作業の様子や、マニュアルと説明スライドの準備状況を解説しました。
今回は研究参加を呼びかけて質問票をお渡しする数が全部で2万人ほどと、数がすごく多かったんですよね。そのために、発送する質問票を封筒に詰めるだけでもものすごい作業量でした。そして、その後しばらく保管するだけでもかなりの場所が必要でした。まずは小さく試してみて、かかる時間や必要なモノと場所を確保し、あとは本番として実施する、ということを繰り返しながら物品の準備をしていました。
そんな中「トラブルが発生した」と前回説明していましたよね。それがどういうことだったのか、紹介したいと思います。
●「質問票の封筒詰め」作業の実態
今回の研究対象者の方には、食習慣と生活習慣の質問票、そして研究の内容を説明した説明書をお渡ししたいんですよね。そのとき、学生、母親、祖母の3世代で質問票の内容が異なるので、疫学研究の裏側4で説明しているように、学生は茶色、母親はオレンジ、祖母は緑、という違う色の封筒を使うことにしました。この封筒の中に説明書と2冊の質問票を入れます。そして、中身が入った3色の封筒を、さらに大きな茶色の封筒に入れる、という作業が「質問票の封筒詰め」という作業の中で行う作業の実態です。
●回答の流れをデザインする
ところで、研究を実施した私たちとしては、参加者の人たちには、1) 同意書、2) 食習慣質問票、3) 生活習慣質問票、の順で回答記入してほしかったんですよね。そもそも、同意書に記入しないと研究の参加を参加者の人が認めたことにならないので、研究に参加できないんです。質問票に回答してあっても無効ということになってしまいます。なので、これは最初にしてほしいことです。
2つの質問票のうち、なぜ生活習慣質問票より先に食習慣質問票に答えてもらいたかったのかというと、まず今回の目的は、どちらかというと食事の内容を丁寧に答えてほしい、という思いがあったんです。それなのに、もし生活習慣質問票のほうで尋ねているダイエットに関する質問や病気に関する質問を先に答えてしまうと、その内容や答えた内容に引きずられて、食習慣質問票の回答が変わってしまうことがあるかもしれません。そういうことを防ぐために、食習慣を答えてから生活習慣を答える、というふうにしてほしかったのです。たくさんいる対象者全体に、同じように先入観なく食事のことを答えてほしかった、ということです。
●参加者の動きもデザインする
そこで工夫をしました。食習慣質問票の表紙を、通常研究で使っている質問票の表紙から改変して、同意書を表紙にして印刷して綴っていました。この工夫は、そのまま、食習慣質問票に答えてもらうためでもありました。
そして、質問票を封筒に詰めるときにも工夫することにしました。封筒を開けたときに、研究の説明書、同意書つき食習慣質問票、生活習慣質問票、の順に封筒にいれておけば、参加者の人が封筒を開いたあとに使う順番に並んでいることになります。
この順に封筒に入れることにし、質問票の封筒詰めの作業をする人への説明用のマニュアルを作りました。研究事務局だけで作業するには人手が足りず、別の研究室にいた同期生や、質問票作成でお世話になった業者さんたちもお手伝いしてくださることになっていて、事務局メンバーが常に作業現場に立ち会うことはできなかったため、口頭での説明だけでなく、こうしたマニュアルが必要だったのです。封筒詰めの内容はこちらの図で説明したつもりでした。
●せっかく考えたのに!
封筒詰め作業の初日に私は作業現場に行くことができず、事務局以外の人が図を見て作業をすすめてくれていました。数日後、私が現場に行ってみると、食習慣質問票と生活習慣質問票を入れる順番がなんと逆になっています!図を渡したのにどうして!?と思って図を見たところ、私が作成した図では、食習慣質問票と生活習慣質問票の文字が逆になっていたのです!(上に紹介した図は修正して正しい順になっています。原本ファイルを修正したために、間違えてしまったファイルは残っていないのです…。)あんなにみんなで考えたのでどうしよう、と思いましたが、作業は既に3分の1ほど終わっていました。これからやり直す、となると、いったん箱詰めして箱の封をしたものもあるため、現場が混乱しそうでした。それで、作業はこのまま進めてもらうことにして、事務局メンバーや先輩方には謝って、共同研究者の先生方に説明のときに質問票の回答順をしっかり説明してもらうことにしました。
●きっと現場では色々起こる
このときの失敗は、対象者への説明の場面でなんとかフォローできるものであったことから、大きな失敗にはつながらなかったと思っています(実際にどの程度フォローできたのかは未知ですが…)。この経験から、現場に行くことができない状態では特に、提供するものが間違っていれば大きな間違いの結果を生む可能性があることを肝に銘じました。そして確認をしっかりすることの重要性を痛感しました。当然ですけれどね…。
そして、今後、参加者の回答の現場には行くことができないけれど、見えていない場面で様々なことが起こるんだろうな、というふうにも感じました。事務局はそれに対応する必要があるんですね。
●まとめ
参加者の人に質問票に回答してもらう、という行動だけをしてもらうことはできても、それをなぜしてもらう必要があるのか、という背景まで改めて考えてみると、単に回答してもらうだけでは配慮が足りない可能性があります。今回は「参加者の方の食習慣をなるべく正確に知ってその内容をもとに信頼できる研究結果を出したい」という目的が背景にあったため、質問票に回答する順序にこだわりました。また大規模疫学研究を実施するときには、研究する側としてもたくさんの人の協力が必要になります。そして、自分一人で現場をすべて見ることはできません。参加者の人の行動がスムーズに流れるように、そのときに研究者やスタッフも混乱なく対応できるように、たくさんの仕掛けを作っておくことが、丁寧な実施と信頼できる結果を生む、ということがしみじみと分かってきたのでした。
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