医療DX入門6 標準と相互運用性 (Standard and Interoperability)

0. これまでについて

 これまでGAPSフレームワーク[1]にそって、医療DXについて解説してきました。ガバナンス(G)はDXの目的を示し、アーキテクチャ(A)では目的までの工程表を作成しました。人材・計画管理(P)では目的に向かって、工程を進めました。今回はGAPSの最後の標準と相互運用性(S)について概説します。


1. はじめに

 医療情報標準規格と相互運用性(Standard and Interoperability)について、私はこれまで20年近く取り組んできました。お話ししたい内容はたくさんありますが、本稿ではDXを推進する上で、医療情報標準化、医療情報標準規格を同役に立てていくのかということについて解説したいと思います。なお、医療で「標準化」というと、業務手順の「標準化」や電子カルテの操作方法などのユーザーインターフェースの「標準化」がイメージされますが、ここでいう標準化は「データの標準化」のことです。
 臨床で使われる医療情報システムはさまざまなデバイスや情報システムの組み合わせから成り立っています。それらの間で情報連携するためには交換手順、通信方式やデータ形式をあらかじめ決めておく必要があります。その都度データ交換手順を決めるよりも、ある程度標準となる方式を決めておくとシステム開発コストを削減することができ、データの活用につながります。
 医療情報標準規格の開発は1980年代に始まりました。日本でもオーダリングシステム、電子カルテが普及を始める1990年代より標準規格の開発と普及が国のプロジェクトとしても進められてきました。DXを推進してデータを活用していくためには標準規格の内容を吟味して上手に使う、あるいは使わない選択をする必要があります。標準規格はDXの手段であって目的ではありません。現在注目されている医療情報標準規格の一つであるHL7 FHIR[2]でも医療情報のすべてを標準化できるわけではありません。

2. 医療情報標準と相互運用性

 標準規格を採用することで、異なるシステムでデータを相互に連携して運用することができるようになります。相互運用性(Interoperability)は情報の標準化によって達成されるもので、HIMSS(Healthcare Information and Management Systems Society)はその相互運用性の達成度について4段階で示しています[3]。

  1. Foundation(Level 1): システムやアプリケーション間で安全にデータを送受信する相互接続要件が確立される。(例:FTP, HTTP(S)などの通信手順)

  2. Structural (Level 2): データ交換の形式や構造が標準化され、受信側のシステムがデータを正確に解釈・処理できるよう定義される。(例:HL7 V2, FHIR, MMLなどのデータ形式)

  3. Semantic (Level 3): データの意味や解釈が共有されるために値セットや語彙について標準化された定義があり、データ項目を含めてコード化された共通の情報モデルが提供される。(例:ICD-10/11などの用語集やopenEHRなどの標準データモデル)

  4. Organizational (Level 4): 異なる組織や個人の間で、社会的意義や法的配慮、データ利用に関するガバナンスやポリシーを含めて標準化され、安全で境目のないデータ利用が可能となる。

 Level 4の組織的相互運用性は多施設間データ連携では必要となりますが、一般的な医療機関であればLevel 3を目指すこととなります。Level 1は医療情報標準というよりも一般的な通信手順を使うことで満たされますので、Level 2の形式とLevel 3の語彙、用語の標準化が医療情報標準規格の主な対象です。Level 3の意味論的相互運用性を達成すれば、異なるシステムであっても同じ意味のデータを同じように扱い、異なる意味のデータを異なるように扱うことができるようになります。

3. 標準形式

 データを相互にやりとりするためには、機械的に処理できる形式をあらかじめ決めておく必要があります。例えば、以下の血算データを見ていきましょう。

白血球数 5.3x10*3/μl赤血球数 435x10*4/μl血色素量 14.2g/dlヘマトクリット 42.3%血小板数 21.8x10*4/μl

 検査データの多くは「項目名」と「値」(単位も含む)で成り立っています。医療職であれば、前提となる知識として「白血球」が血液検査の項目名であり、続く数字が検査値であるということがわかっているので、これで理解することができます。しかし、機械的に処理するには、どこからどこまでが項目名で、どこからが値であるのかをわかりやすく示すルールが必要です。古典的には、先頭から何文字目までを項目名とし、次の何文字を値とするといった固定長区切りや、カンマで区切りを示すCSV形式が有名で今でもよく使われます。下記が先ほどの血算データをCSV形式にした例です。

白血球数,5.3,10*3/μl
赤血球数,435,10*4/μl
血色素,14.2,g/dl
ヘマトクリット,42.3,%
血小板数,21.8,10*4/μl

 この形式はMS-Excelでもよみこめます。CSVでデータを扱うには取り扱う項目の順番やデータ形式などを決めておく必要があります。検査結果報告書などの形式は病院や検査機関が異なってもだいたい同じなので、形式を統一した方がデータ交換に便利であるということで医療情報標準規格の開発が1980年代より進みました。HL7もその一つです。HL7 V2規格で先ほどの血算データを表現すると下記のようになります。

OBX|1|NM|2A010^白血球数^JC10||5.3|10*3/μl|||||F|||2024012912345600||||
OBX|2|NM|2A020^赤血球数^JC10||420|10*4/μl|||||F|||2024012912345600||||
OBX|3|NM|2A030^血色素^JC10||13.4|g/dl|||||F|||2024012912345600||||
OBX|4|NM|2A040^ヘマトクリット^JC10||40.2|%|||||F|||2024012912345600||||||||
OBX|5|NM|2A050^血小板数^JC10||21.8|10*4/μl|||||F|||2024012912345600||||||||

 先頭のOBXが検査結果であることを示し、順番を示す数字の後にデータ型(NM: Number)を示して、検査項目、その後に検査値、単位が続きます。縦棒(|)とキャレット(^)で区切りと階層を示します。このHL7 V2規格はシンプルであることから、世界中に広まっています。
 OBXは血算だけではなくすべての検査結果、観察結果を扱うことができるので、HL7 V2規格をサポートすると多くの検査機器からデータを取り入れることができます。「陽性」「陰性」のような文字列であれば、データ型としてNMの代わりにSTを使って対応しますし、他のデータ型も扱うことができます。
 しかし、以下のように同じ検査項目を意味する言葉であっても用語が異なれば違う検査として扱われてしまいます。

Ht
Hct
ヘマトクリット
Hematocrit
Haematcrit

 そこで、用語について整理した標準用語集もあわせて開発されてきました。

4. 標準用語集(Terminology)

 医学用語集は医師会や各学会が整理して公開していますが、多くは学会誌において論文として公開するためのものです。医療情報システムで使われる用語集(ターミノロジー)は電子的に扱いやすいように用語に一意の記号(コード)を割り振って、分野ごとに整理されています。同義語や解剖学的部位、病名、検査項目、薬剤、処置などそれぞれに用語集が整備されています。代表的なものを表に示します。

表1 主要な医学用語集

$$
\begin{array}{llll}
\hline
\text{名称} & \text{概要} & \text{開発団体} & \text{URL} \\
\hline
\text{ICD-10} & \text{国際疾病分類第10版} & \text{WHO} & {https://icd.who.int/browse10/2019/en}\\
\text{JLAC-10} & \text{臨床検査項目分類コード第10版} & \text{日本臨床検査医学会} & {https://www.jslm.org/committees/code/}\\
\text{LOINC}
& \text{臨床検査や文書に関する標準コード集} & {Regenstrief Institute, Inc.} & {https://loinc.org/}\\
\text{医薬品HOTコードマスター} & \text{医薬品と製剤に関する標準コード集}& \text{医療情報システム開発センター} & {http://www2.medis.or.jp/hcode/}\\
\text{個別医薬品コード(YJコード)} & \text{日本標準商品分類を考慮した医薬品コード}& \text{医薬情報研究所} & {http://www.capstandard.jp/yj_code.html}\\\text{SNOMED CT} & \text{医療全般にわたる統制医療用語集} & \text{SNOMED International} & {https://www.snomed.org/}\\
\hline
\end{array}
$$

 先ほどのHL7 V2の例では、 "2A010^白血球数^JC10" のところで、JLAC10の2A010というコードが割り当てられた白血球という項目を示しています。

5. 標準規格の運用と課題

 2.で紹介したHIMSSの相互運用性レベルは標準形式を取り入れることで、Level2 Structural Interoperabilityが、標準用語集を取り入れることで Level2 Semantic Interoperability(意味論的相互運用性)が達成されます。システム連携やデータ利用などの目的に応じて規格を採用していけば当面は良いと思います。
 標準規格を取り入れることで、システムの構成コストや再利用についてのコストを下げることができます。厚生労働省も医療情報の標準化に20年以上取り組んできました。厚生労働省標準として、これまでのべ約40個の標準規格が認定されています[4]が、その普及率は一部を除いて2割程度にとどまっています。

表2厚生労働省標準とその普及率

厚労省「日本における医療情報システムの標準化に係わる実態調査研究報告」2019年より病院でのデータを抜粋https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/000685906.pdf

 普及させるためには法令で義務化すべきだという意見もありますが、私はそうは思いません。義務化するのも手段の一つではありますが、技術的に問題のある標準も多いので、まずそれらを解決して企画を採用するメリットを高めることで自発的に導入を促すべきだと私は考えています。(標準規格の問題については長くなるので別記事でまとめます。)
 標準を取り入れるにはそれなりのコストもかかります。「標準規格に準拠した」というだけでは何の価値も生み出しませんので、データの連係や活用のために標準を使っていかなければなりません。そこで、標準規格の運用におけるGAPについて考えていきます。

6. 標準と相互運用性のGAP

 標準規格を導入するにあたってはその標準規格が何を対象として規格化されているものか、どういう特性があるのかなどを理解しておく必要があります。標準規格に対するガバナンス、アーキテクチャ、プログラムマネジメントについて検討します。

6.1 標準規格ガバナンス

 標準規格を採用し、維持していくには経営陣が以下のことについて理解しておく必要があります。

  • 何を目的として導入するのか。

    • システム連携かデータ活用か。

    • 対象となるデータは何か。

  • どの程度のコストがかかるのか。

    • 導入コストや維持コストは少なからずかかります。

6.2 標準規格、アーキテクチャ、技術構成

 システム連携のための標準化であれば、対象となるシステムについて以下のようなことを把握しておくべきです。

  • どのようなデータを連係するのか

  • ソフトウェアの追加が必要か

  • 中継サーバやストレージなど追加ハードウェアが必要となるのか

  • ネットワークを使用する場合、どのようなプロトコルを使用してどのような回線を経由するのか。

6.4 標準規格マネジメント

 同じ標準規格を使っていても、バージョンや細かい形式の違いで思わぬ結果を招くことがあります。薬剤マスタの更新が遅れて、新しい薬にダミーコードを割り当てていた結果、電子処方箋で思わぬ障害が発生するようなこともありました[5]。標準を適切に運用していくには以下のようなことを実施していきます。

  • システムで使われている標準コードの種別とバージョンを記録・管理

  • 標準規格の運用、マスター管理についてのスタッフ教育

  • 外部の検査会社や薬局などとどのように連携していくか

6.5 使わないという選択

 標準規格の採用は2割程度にとどまっているとお話ししました。つまり、8割の医療機関はその標準規格を採用しなくても情報システムを運用できています。運用コストがメリットに合わないと判断したらあえて導入しないのも選択の一つです。
 病院内でシステム間接続を行ったり、データを再利用するだけなら、独自のCSVで入出力できれば十分なことも多いです。

7. まとめ

 医療情報システムを連携しデータを有効活用していくためには標準規格を採用しておくことが望ましいということは言うまでもありません。今後は医療において情報活用が進んでいくことや2025年から始まる医療情報共有サービスへの参加などを考えると、標準化を進めていくことは国策としても重要課題です。
 ただし、診療報酬制度が緊迫化していく中で、将来役に立つかもしれないが現時点ではあまりメリットのない投資はなかなか行うことはできません。将来必要となるデータが何か、そしてそれはどのような形式で扱われるべきかということを正しく見通すことが難しく対象が絞りづらいうことも標準化の課題です。HL7 FHIRが注目されてはおりますが、HL7 FHIRで標準化できる医療情報の範囲は現時点でせいぜい1-2割程度です。複数の標準規格を組みあせていく必要があり、医療DX担当者はそれぞれの適応と限界を熟知しておかなければなりません。
 新しい検査、新しい薬剤、新しい治療が医療に取り組まれ、日進月歩で医療は進歩してきます。標準規格の開発もまた、医療の進歩に追随していく必要がありますし、規格の更新や継続的開発も行われています。
 国策としての医療情報標準化の推進と病院経営の一環としての医療DXで標準をどのように取り入れていくのかはそれこそガバナンスの課題です。

参考文献

  1. Asia eHealth Information Network, Mind the GAPS, https://www.asiaehealthinformationnetwork.org/mind_the_gaps/

  2. HL7, FHIR, https://www.hl7.org/fhir/

  3. HIMSS, Interoperability in Healthcare, https://gkc.himss.org/resources/interoperability-healthcare

  4. HELICS協議会、「医療情報標準化指針」一覧(採択されたもの)、https://square.umin.ac.jp/helics/html/helicsStdList.html

  5. 厚生労働省、電子処方箋システ ムの一斉点検の実施について、https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001361410.pdf