新型コロナウイルス感染症(COVID-19)接触確認アプリCOCOAは失敗であったのか?
TL;DR
失敗とは断定できない。それ故により根深い問題といえる。
接触確認アプリ(Contact tracing application)とは
接触確認アプリはスマートフォンの近接通信機能(Bluetooth)を用いてウイルス感染者と一定の距離以内に一定の時間以上接近したことを検出し、ユーザーに知らせるアプリで、2018年のブラジルでジカウイルス感染症対策として実用化されました。
新型コロナウイルス感染症対策としても期待されたことから、2020年のパンデミック初期からGoogleやAppleが専用のAPIを用意し、各国でアプリの開発と導入が進められました。
日本においても2020年4月頃よりボランティアによるオープンソースソフトウェアとして開発が始まり、6月には厚生労働省からCOCOAとしてリリースされました。経緯については厚生労働省、デジタル庁、会計検査院がレポートしてまとめています[1-3]。
COVID-19対策としてのCOCOA
COVID-19はコロナウイルスによるものと同定された初めてのパンデミックです。感染経路や予防法、治療法がよくわからない中で対策を進める必要がありました。COCOAが開発された2020年4月頃はとれる対策は何でもやろうと動いていた時期です。マスクやPCR検査も十分に行き渡っていない中で、総合的なパンデミック対策としてCOCOAやHER-SYSなどのソフトウェアが開発され導入されていきました。
2024年現在においてもCOVID-19は完全に収束したわけではありませんが、COVID-19の感染者数、死亡者数、超過死亡において日本は諸外国と比べても少ないレベルです[4]。さまざまな感染症対策が官民で行われてきた成果ではありますが、総合的に見て日本政府のCOVID-19対策は有効であったといえるでしょう。
さて、COCOAについて問題点がGitHub上で指摘されておりながら修正されないまま放置され、接触検知ができない時期があるなど保守運用上の問題点がありました[1-3]。行政によるソフトウェア開発における課題が濃縮されたような事件であり、COVID-19対策としての日本のデジタルヘルスの「失敗」の象徴のように語られております。
一方で、デジタル庁の報告書によればCOCOAを導入することで、感染症対策への行動変容があったともされています[1]。あくまで事後のアンケートなのでCOCOAを導入したことで行動変容が起きたのか、行動変容の一環としてCOCOAが導入されたのかはわかりません。しかし、期待された機能は果たしていなくても行動変容により感染対策ができていたとするのであれば、COCOAという「お守り」が有効であったともいえます。
そもそもCOCOAが導入された目的は感染対策です。したがって、COCOAも感染対策として、感染者数や超過死亡をどの程度抑止できたのかで評価されるべきであり、それに応じた目標設定や事後の検討がなされるべきです。プロジェクトにおいてマネジメントで瑕疵があったとしても、それが利益をもたらしていれば成功といえますし、マネジメントがすばらしくても利益をもたらしていなければ失敗です。実際に、イギリスでは同様の接触確認アプリについて事後の検討を行い、有効であったとしています[5]。
COCOAは延べダウンロード数も4100万件あり、陽性報告も369万件にのぼりますが、残念ながらそのような検討は2024年5月現在までなされていません。したがって、冒頭に述べたように「感染症対策としてのCOCOAがどの程度有効であったかはわからない」としか言いようがありません。はからずも、同じ国で接触検知ができていない時期をコントロールとして接触検知ができている時期と比較して感染予防効果を検討するケースコントロールスタディができるのに残念です。個人情報保護に配慮した結果、COCOAがどの程度感染防止に寄与したかを計測するデータがとれなかったというお話を関係者からおうかがいしたことがありますが、次のパンデミックにむけて検討すべき課題といえます。
COVID-19の流行とその対策は複合的であり、その中でCOCOAの影響を論じるのは難しいことではありますが、適切な目標を設定し、達成までの評価指標を定めることはDXにおけるガバナンスの役割です。それができていないという点において、COCOAはこれまで指摘されてきたGitHubの運用を含めた開発保守の問題というよりも、DXにおける目標設定とモニタリングというITガバナンスの根幹に関わる問題であり、それ故に深刻であるといえます。
参考文献
デジタル庁、新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)、https://report.jbaudit.go.jp/org/r02/2020-r02-0170-0.htm
厚生労働省、新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA) COVID-19 Contact-Confirming Application、https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/cocoa_00016.html
会計検査院、新型コロナウイルス接触確認アプリ等の各種システムの開発・保守等に係る業務の実施に当たり、各種システムの主要な機能についてのテストが適切に実施されるよう仕様書に定めるべきテストの実施に当たっての具体的な事項や受注者から報告を受けるべき内容を明確に定めたり、納品物が契約の内容に適合しない事態が発生した場合に、不具合に係る修理費用等の負担者を明確に確認するために、受注者に適切な資料を提出させて請求額に修理費用等が含まれていないことを検証したりなどするよう是正改善の処置を求め、及び不具合等に関する外部からの指摘等を適切に管理してこれを業務に生かす方法について検討するなどするよう改善の処置を要求したもの、https://report.jbaudit.go.jp/org/r02/2020-r02-0170-0.htm
Our World in Data, Coronavirus(COVID-19) Death, https://ourworldindata.org/covid-deaths#
Ferretti L, Wymant C, Petrie J, Tsallis D, Kendall M, Ledda A, et al. Digital measurement of SARS-CoV-2 transmission risk from 7 million contacts. Nature 2024;626:145–50. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06952-2.