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#23 断酒前日、最後の立ち飲み



・Suddenly 禁酒


「僕ちょっと断酒しますわ。」
衝撃が走った。
あんなに酒好きだった後輩が、神妙な面持ちで話しかけてきた。
定時ギリギリで出張から戻った私は「おいおい、突然どうした?」と反射的に返事。
どこか体に不調があるのか?確かに後輩ももうアラフォーに差し掛かる年齢である。
体のことも気になる年頃ではあるが、絶酒となると早いのではないか。
人生100年時代、ここから先まだ65年はあるぞ。耐えきれるのか?

かくいう私も、たばこを辞めて幾星霜。
健康面のことではなく、金が勿体なく感じたのでポンと辞めた。
それでも、たまに吸いたくなることもある。
たばこですらこのような状況なのに、酒が辞められるものなのだろうか。
いや、自分には無理だ。
と、思いながら後輩には「これから辛く苦しい道のりが続くだろうけどがんばって。」と無責任なエールを送った。
その返事は「また飲みに行きましょう!」だった。
え、大丈夫??

・酒飲みの矜持

何か寂しさとはまた種類の違う、寂しさのような感覚があった。
後輩は最近結婚し、子宝にも恵まれた。
後の心配を断とうという気持ちもわかる。
が、決して酒は悪ではない。
私も酒を飲むために、適度な運動を心掛け、油物は控えて、夜は泥酔し文字通り泥のように眠っている。
しかもわが社は健康診断が年2回あり、3日前ほど最後の抵抗として禁酒をするので、今のところ数値は正常。
こういった努力を積み重ねることこそが、酒飲みとしての矜持ではないだろうか。
楽するために努力をする、とよく言われるが飲むために健康に努める、ということが大切なのかもしれない。

・卒業式代行

まだまだ焦ることないって、今日を最後に止めりゃいいじゃん!最後に飲みに行こうや、と誘うもNO。なんて意志が固いヤツだ。
と、いうか完全に「禁煙宣言した途端にたばこをくれるヤツ」になってしまった。
心の「自分だけおいていかないでくれ」が思わず言動に出てしまった結果である。
私が単純に嫌われている可能性もあるが、今日だけは違うと信じたい。

しかし、それならば仕方ない。卒業式を代行してやろう。
と、いうことでいつも後輩と通っていた立ち飲み屋へ。
久しぶりに来てみると、値上がりの津波到来してるわぁ…と思うほどの値上がりっぷりであった。

・古から続くライフハック「青ネギ」

青ネギに注目してほしい

卒業式代行開始。
初手は味付け煮卵と角ハイボール。
ハイボールファンとしては角ハイボールが¥200というのはとっても嬉しい。
前までは¥180だったのが狂っていたのか。
仮にハイボールレンジャーなる特撮戦隊ものがあれば、角ハイは間違いなく赤レンジャーポジションである青レンジャーはニッカハイな。
しかし味付け煮卵も¥200となんともいえぬ価格。
少し前まで「これだけで10個入りの卵、1パック買えるやんけ!大儲けやの!」と大声で突っ込んでたのが今は昔。
令和の時代は¥200円では太刀打ちできない。
味はしっかり&好みの半熟具合。
そしてここに注目してほしい。青ネギが散らされているのだ。
この青ネギのおかげで「出来合いの煮卵を切って出しただけのもの」から「ちゃんとした一品料理」の体を醸し出している。
もしかして太古の昔から主婦層は
「マンモスの肉焼いて出すだけじゃ旦那が文句言うのよ~」
「じゃあ適当に青ネギ散らしとけばそれっぽく見えるわよ!」
とか言ってた可能性も…?太古のライフハックじゃん。
青ネギ、もしくは太古の主婦を研究されている方はご一報ください。

・通称≠食品偽装なのか

鱗石陰貝。え、なんて?

鱗石陰貝。
あなたはこの名前を目にしたことがあるだろうか。
語感はなんとなく柳生新陰流。違うか。
読みはコケライシカゲガイ。ヤギュウシンカゲリュウ。しつこい。
メニュー名は「白とり貝」だが正式にはコケライシカゲガイだそう。
変換でも出てこないような読み方をするんじゃない。

それは置いといて、通称と食品偽装って何が違うのだろうか。
その昔、バナメイエビを芝エビと偽って提供していたレストランがやられていた。
そのおかげでバナメイエビが「美味いじゃん!」となり、芝エビより名前を聞く様になった、という結果を生んだでおなじみの事件である。
と、いうことはコケライシカゲガイ=白とり貝は大丈夫なの?
調べたところ白とり貝という貝は無いそう。
と、いうことは「別に存在する生物を名乗って、そっくりな別物を提供する」のはNG。
しかし、「そもそも存在しないものを、勝手に名付けて提供するのはOK」ってこと?
じゃあ中学生が回転寿司に行ったとき、イキって披露する知識ナンバーワンの「回転寿司のマグロってマンボウなんだぜ!」はどうなんの?
この闇に切り込んでいくのが真のジャーナリズムだ!
あとはどなたかお願い致します。
白とり貝が美味かったので、私のジャーナリズムはここで尽きた。


・君は紅玉を知っているか

こんなん出てきたらどうする?君たちはどう生きる?

この店に来た時、後輩と決まって頼んでいた「紅玉(べにたま)」
刻み紅ショウガを混ぜて焼いただし巻き。
後輩はいつも「紅ショウガ多めで!」と頼んでいた。
こんなん食ってたら体もおかしなるわ、と言わざるを得ない。
ほぼ塩味に支配され、出汁の旨さなど微塵も感じないこの「The大阪」のアテに色んなことを話した。
仕事の話や私生活の話、この紅玉しょっぱすぎてほかの味わからん、などすべての会話が思い出になってしまう日が来たのだ。
しかし、卒業式も最後は涙で締めくくるもの。このアテ以外には花を添えることはできない。
塩気と紅ショウガのザクザク触感が癖になる。
中盤に差し掛かってくると、マヨネーズを駆使して少しづつ食べ進めるのだ。
いつもより少し時間をかけて食べ進め、ハイボールを飲み終えた。
卒業式終了。
この日は少し早く家に帰って、後輩が一番好きだったキリンラガーの350ml缶を飲み干して寝床についた。

・正直、もっと早く言ってほしかった

翌日、出社し雑務を片付けていた。
後輩も特段、なんの変化もなさそうな様子。
業務が落ち着いた折を見て、後輩に声をかけた。
昨日、久しぶりに一人であの店行ったよ。紅玉は相変わらずの味やったわ。と伝えた。
すると後輩は「やっぱそうじゃないとダメですよね!しかし健康診断2日前によー行きましたね!チャレンジャー!」と称えられた。
私も入社して暫く経つ。社内ではベテラン社員枠に片足を突っ込んでいる。わが社の健康診断はいつも10月の2週目と決まっていた。
しかし、コロナの影響を受け健康診断を受け入れる会場のキャパの問題などから、部署ごとに別日になったのであった。
後輩は「さすがに2日前には、僕もよー飲みませんわ!健康診断、終わったらすぐ行きましょ!」と颯爽と外回りに出て行った。
その後ろ姿は、いつものあの店に入店する時の様にイキイキとしていた。

奇しくも昨日の酒が、私にとっても断酒を迎えるにあたって最後の酒になったのは言うまでもない。


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