『てん』 短編小説・写真
「ミミズ千匹だ」
ミミズを主食としている生き物が言った。
「え!いや、さすがにミミズ千匹は
厳しいですよ!」
ミミズを副食としている生き物は返した。
ピンクに咲かせた薔薇がトレードマークの、
最近オープンしたカフェ〝Rose Yourself〟
で交渉は始まった。
「ミミズ千匹が絶対条件だ」
「だからそれは本当に無理ですよ、
しかも2日以内って…」
「では何匹なら準備できるんだ?」
「ミミズ990匹です」
ミミズを主食としている生き物は
顔を(たぶん)赤らめ、怒りを露わにし、
言い放った。
「だったら千匹にしろ!!」
「それが本当に無理なんです。
私共も入念にこの近郊をリサーチした上で
お答えしているんです。
あと10匹は存在しない、物理的に無理
なんです!」
ミミズを副食としている生き物も反論し、
そして続けた。
「逆に、私の立場で言うのも恐縮ですが
何で千匹なんでしょうか?
990匹では駄目な理由は何でしょうか?」
と蓮舫のような質問をした。
ミミズを主食としている生き物は少し
躊躇った後に答えた。
「響きだ」
「響き?え?」と、ミミズを副食としている
生き物は、(たぶん)目を丸くした。
「そう、響きだ、ミミズ千匹という
響きだ。おまえにも分かるであろう」
「いや、分かりません」
ミミズを副食としている生き物は即答した。
ミミズを主食としている生き物は、
(たぶん)腕を組みながら話し始めた。
「この交渉の話をいずれ誰かに自慢する時、
変じゃないか。
話相手に、〝それで何匹だったんですか?〟
と聞かれ、わしが〝ミミズ990匹だ!〟
と言ったらしらけるだろう。
中途半端なやつだと思われたくない。
ここはやはり、〝ミミズ千匹だ!〟と堂々と
答えたい。おまえにも分かるであろう」
「いや、分かりません」
ミミズを副食としている生き物は「あろう」の
「ろ」ぐらいで即答していた。
「そんなの990匹だったとしても、千匹って
ことにしてしまえばいいじゃないですか」
「わしは嘘だけは絶対につかないと決めている。
それはどんなに小さな嘘であってもだ。
ついた嘘は己の身に必ず返ってくる。
天罰が下るのだ」
ミミズを主食としている生き物は、
最もらしいことを言ってみせた。
「んん…まぁそう言われても無理なんですけど、
そもそも千匹もどうするつもりなんですか?」
ミミズを副食としている生き物は、
そもそものことを聞いた。
「……困っている仲間たちに分け与える」
「…ほんとですか?」
「当たり前だ」
「…嘘ですよね?ちょっと間がありましたし」
「本当だ」
「…今こんなこと言うのもあれですけど、
みんなあなたのこと超ケチって言ってますよ。
けっこう前から、みんな。これ…話を
盛るための〝みんな〟じゃなくて、
結構ほんとの〝みんな〟ですよ」
ミミズを副食としている生き物は、
もう立場をわきまえなくなっていた。
「…だからこそだ。
だからこそ、このチャンスを活かすのだ。
挽回し、信頼を取り戻すのだ。
だからこそ、話題となり、
そこでの〝響き〟が重要となるのだ、
ミミズ千匹という響きが!」
何故か、やたらと説得力が増した。
ミミズを副食としている生き物は
あと10匹を何とかしようと考え始めた。
元々それほど信頼されていないことも
伝えたくなったが、グッと堪えた。
「分かりました。そこまでおっしゃるので
あれば何とかします。ミミズがいるかは
定かではありませんが、少なからず可能性が
ある場所が1つだけあります。
私自らそこへ探しに行ってみます」
ミミズを副食としている生き物の
(たぶん)キリッとした表情には覚悟が
感じられた。
「本当か…ありがとう。君には恩に着るよ、
これでわしの、皆からの信頼も取り戻せる
はずだ。
わし自身、何年も前から感じてはいたが、
一体どうすればそれを挽回できるのか、
そもそもいつから信っ…?!!……」
ミミズを主食としている生き物は、
一気に天高く舞い上がっていった。
「………」
ミミズを副食としている生き物は、
呆然とそれを見上げた。
「ママ〜!何かこんなのがいた〜!
飼ってもいい〜??」
「やめなさい!何なのそれ!気持ち悪い!
絶対に飼っちゃダメ!!」
「いいでしょ!ちゃんと世話するから!
こいつ何食べるのかな?ミミズとか?」
「分からないけど、ミミズでも何でも
食べるんじゃないの?!ミミズも気持ち
悪いからほんとにやめて!!」
ミミズを副食としている生き物は、
何事もなかったかのように、
草の茂みの中に消えていった。
Lose Yourself