消えゆく音、終わらない音楽――『Ryuichi Sakamoto | Opus』の公開に寄せて④
楽曲解説
Lack of Love
BB
Andata
Solitude
for Johann
Aubade 2020
Ichimei - small happiness
Mizu no Naka no Bagatelle
Bibo no Aozora
Aqua
Tong Poo
The Wuthering Heights
20220302 - sarabande
The Sheltering Sky
20180219(w / prepared piano)
The Last Emperor
Trioon
Happy End
Merry Christmas, Mr. Lawrence
Opus - ending
「The Sheltering Sky」
「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」
ベルナルド・ベルトルッチ監督による映画『シェルタリング・スカイ』(1991年)は、原作者ボール・ボウルズによる、このようなモノローグで幕を閉じる。
『async』(2006年)に収録の「fullmoon」では、この独白を引用し、様々な言語に翻訳した朗読を素材にしている。
この「fullmoon」の発表によって、「The Sheltering Sky」は特別な意味を持つ楽曲となった。もはや、単なる『ラストエンペラー』(1987年)に続く、ベルトルッチ監督の次回作『シェルタリング・スカイ』のテーマ曲ではない。
自身の生死と向かい合い、深遠な哲学的思索の果てに辿り着いた坂本による、重要なメッセージを孕んだ楽曲となったのである。
この映画は照明で、一日の日の動きが再現されているが、この曲の演奏により、空間が満月の夜のような薄暗さに染まっていく。
「20180219(w / prepared piano)」
日付が曲名となっているが、このような命名規則だけの楽曲が収録された『12』(2023年)には、この楽曲は収録されていない。
坂本はこの楽曲が出来た経緯を、次のように語っている。
そして「w / prepared piano」とあるように、ジョン・ケージに倣い、ピアノ線に金属製のクリップを挟んでプリペイド・ピアノで曲が奏でられる。
キャリア初となった、オリジナル楽曲によるピアノソロアルバム『BTTB』(1998年)でも、プリペイド・ピアノを披露している。
しかし、ここで聴かれるプリペイド・ピアノの演奏は、クラシック音楽の楽曲形式を曲目に持ちながら、クリップなどで調律し直すことで、東洋音楽のガムランを再現した「prelude」や「sonata」(ともに『BTTB』に収録)などとは、別の意図を持っているように思える。
というのも、坂本は東日本大震災で水没したピアノを、「自然が調律したピアノ」として、インスタレーション作品に仕上げている。
つまり、この映画での坂本のプリペイド・ピアノは、前述のガムランではなく、この「震災ピアノ」を意識したものであると考えてもよいのではないだろうか。
『BTTB』より20年以上の時を経て、西洋と東洋だけではなく、自然と人間との対立を、坂本はプリペイド・ピアノによって前景化している。
「The Last Emperor」
ベルトルッチ監督と初めてタッグを組み、アカデミー賞を受賞した記念すべき作品。「戦場のメリークリスマス」と同様に、坂本のコンサートには欠かせない一曲である。
映画には収録されていないが、この映画の元になった配信コンサートでは、1曲目として「Improvisation on Little Buddha Theme」が演奏されていた。(Blu-Rayにはボーナストラックとして収録される)
この曲は、ベルトルッチ監督「リトル・ブッダ」(1993年)のテーマ曲をベースに即興演奏を行ったものである。
この映画で坂本は、「ラスト・エンペラー」(1987年)、「The Sheltering Sky」(1990年)、「リトル・ブッダ」(1993年)とベルトルッチと共演した全3作品、そして、ベルトルッチ追悼のための曲「BB」を演奏している。これはベルトルッチに対する最大の経緯を示すものだろう。
実は中世イタリアの作曲家、カルロ・ジェズアルドをテーマにしたベルトルッチの映画を手掛ける予定であったが、実現することはなかったことが残念でながらない。なお『Async』(2017年)では「fullmoon」にイタリア語の朗読で参加している。
「Trioon」
アルヴァ・ノトとの初コラボレーション・アルバム『Vrioon』(2002年)からの一曲。同アルバムは『V.I.R.U.S』としてシリーズ化され、2022年にリイシューされている。
アルヴァ・ノトとの出会いは、1998年に池田亮司のイベントにアルヴァ・ノトが出演しており、このイベントを観に行った坂本は終演後に池田に紹介してもらい、Morelenbaum2 / Sakamotoのライブ・アルバム『Live in Tokyo 2001』に収録された「Insensatez」のリミックスを依頼したという。
アルヴァ・ノトはデヴィッド・シルヴィアンなどと同様に、坂本龍一と生涯を通じてのコラボレーターでもある。この曲は、アルヴァ・ノトへ捧げた演奏であるのかもしれない。
参考文献
『InterCommunication』(2000年秋季号)、4p
坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』、10p
吉村栄一『坂本龍一 音楽の歴史』、278p
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