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坂本龍一『NEO GEO』のリイシューに寄せて⑭
B-2 Unitsとダンスリー
NHKで放送されたB-2 Unitsの公開収録を参照しつつ、同バンドについて、更に深く掘り下げていきたい。
まずはB-2 Unitsが結成された経緯を、前出とは別の資料より振り返ってみよう。
最初はバンド名どおりに『B-2 UNIT』のようなミニマルな音楽をライヴでできるバンドがあったらいいなと思い、そういうデモーテープも作ったんですよ。でもやはり時期的に『左うでの夢』の音楽性に近くなっていき、即興部分が多い演奏を行なうバンドになりました。クリックに支配されて曲のサイズもあらかじめ決まっているYMOでの演奏とちがい、B-2 Unitsは自由で楽しいバンド活動でした。
当初は『B-2 UNIT』のような音楽を志向したものの、次第に『左うでの夢』の音楽性に接近。最終的には即興性を重視したバンドになったようである。
公開収録のMCで、バンド名は立花ハジメによる命名であると坂本が発言しているが、上記の事情が関係していることが分かる。
続いてNHK509スタジオで行われた公開収録ライブのセットリストを参照しながら、同バンドの音楽性について分析を試みたい。
Photo Musik
Demo#4 (Replica)
The Arrangement
Happy End
Thatness and Thereness
Demo#6
H
Robin's Eye View Of Conversation
Piano Pillows
サルとユキとゴミのこども
Dance
Epilogue
in E
バンド名は電子音楽の極致ともいえる『B-2 UNIT』を連想させるものであるが、実態はサックスを中心としたアコースティック主体のバンドであり、『B-2 UNIT』の楽曲は「Thatness and Thereness」の一曲しか演奏されていない。また『左うでの夢』の楽曲についても、「サルとユキとゴミのこども」の1曲と、『左うでの夢』から派生したロビンスコットとの共作『The Arrangement』(1983年)からの同名の楽曲「The Arrangement」しか演奏されていない。
ここから考察できることは、この頃の坂本は、ニューウェーブ的な色彩の強かった『B-2 UNIT』や、そこからの脱却を図った『左うでの夢』を過去の作品とすべく、新たなクリエイティビティに挑戦していたということである。
その結果、『B-2 UNIT』や『左うでの夢』の収録曲には依存せず、5曲のデモ・トラックをベースにライブでの即興演奏によって、楽曲を構築するという実験的なスタイルが採用されることになる。
Demoという言葉の後に番号が付された、タイトルの楽曲があるが、これはデモ・トラックの録音順を示すものであるという。「Demo#4」については、『音楽図鑑』(1984年)に「Replica」として収録。Demo#6については、ライブ活動中に誕生した楽曲とのことだが、正式な楽曲としてのリリースには至っていない。
ここで指摘しておきたいのは、後に『音楽図鑑』で「Replica」としては発表される「#Demo4」が、今後の坂本の方向性を示唆しているということである。というのも、『音楽図鑑』の「レプリカ」のレコーディングには、メンバーのロビン・トンプソンのほかに、ペンギン・カフェ・オーケストラのサイモン・ジェフスの二人が参加しているのだ。
あらためて引用するが、ペンギン・カフェ・オーケストラについて、坂本龍一は以下のようにコメントしている。
「アルバム「左うでの夢」のレコーディングで知り合ったロビン・トンプソンらのミュージシャンと気が合って、彼らとペンギン・カフェ・オーケストラのような明るいミニマリズム音楽をやってみたいと思ったんですね、この人たちとならできる、と。ぼくとしては初めてのリーダー・バンドのようなものでした。
実はペンギン・カフェ・オーケストラをB-2 Unitsのリファレンスとしていたのである。ペンギン・カフェ・オーケストラはサイモン・ジェフスを中心とした、古楽と現代音楽が交わり合ったような作風が特徴の前衛的な演奏家集団である。同様の雰囲気は、B-2 Unitsでの「Happy End」に顕著に現れているように思える。
それは「Happy End」について、「曲の骨子はバロック風の小品である」というふうに坂本が言及していることを踏まえれば、納得のいくところである。むしろ、YMOのような電子音楽ではなく、アコースティック楽器で演奏されることによって、曲本来の姿に還ったような印象さえ受けるのだ。
先に述べたように、同時期に坂本は古楽の演奏集団、ダンスリーと共作でアルバムを制作している。坂本はこのアルバムで「Dance」という楽曲をダンスリーに提供しているが、同曲はB-2 Unitsの公開収録ライブでも演奏されている。
このように「Happy End」と「Dance」という2つの曲の成り立ちを踏まえると、ペンギン・カフェ・オーケストラを補助線に、一見して無関係に思えるB-2 Unitsとダンスリーについて、近接性を指摘できるのではないか。
さらにB-2 Unitsでは、後の「Replics」の原型となった「Demo#4」のように、『音楽図鑑』のアーキタイプ(原型)をそこに見出すことができる。B-2 Unitsだの活動通じて芽生えたであろうアイデアが『音楽図鑑』として結実するには、「FAIRLIGHT CMI」という機材の登場を待たなければならないが、これについては別の機会で論じることとしたい。
セットリストの解説に議論を戻そう。公開収録のライブでは、「H」、「Robin's Eye View Of Conversation」、「Piano Pillows」などのように、立花ハジメのソロ・アルバム「H」に収録された楽曲も演奏されている。それは同アルバムのレコーディングにB-2 Unitsが参加しているからである。公開収録によれば、坂本龍一がリーダーのB-2 Unitsは、立花がリーダーのときバンド名に「H」というバンド名になるというのだ。
このようにメンバーを共有しながら、状況によってリーダーが変わるという二重の属性こそが、このバンドの特性である。そして、二重性とも言えるB-2 Unitsの特性は、公開収録で以下のように前景化される。
公開収録で演奏された坂本の楽曲は、ペンギン・カフェ・オーケストラやダンリーのようにアカデミックな趣きが漂うミニマル音楽である。
一方の立花の楽曲は坂本のそれと同じように前衛的な雰囲気こそあれ、アンダーグランドな匂いがするのである。コントーションズのジェームス・チャンスや、ラウンジ・リザーズのジョン・ルーリーが奏でるサックスのように。
このように坂本と立花によるコンセプトの二重性が、このライブでは顕在化するのである。
ところでNYのアンダーグラウンド・シーンを想起させる立花の楽曲については、もともとプラスチックスではギターを演奏していた立花が、サックス奏者に転向したことが大きく関係していると推測される。
次節では立花ハジメについて、そしてプラスチックスについて、深く掘り下げていきたい。
参考文献
『サウンドストリート』(1982年5月5日放送)
坂本龍一『オフィシャル・スコアブック「坂本龍一 /05」』、9p