日
水彩の絵具と筆を買って適当に線を引いたりして遊んでいた。私にとって生産性なんてこんなもんで十分だよな、という気がした。
電子書籍に挑戦している。良し悪しを語るには体験しないといけないと思って手にとってみた。使いなれた頃の私はどんな風に思うんだろう。
最近自炊をしている。といっても、大雑把な味付けで茹でたり焼いたりしているだけなので、人に振る舞えるような代物ではない。自分ひとりで食べるご飯に、あまり美味しさや美しさを求めていないことに気づく。最低限生きていければ良いと思ってしまう。現状にしろ食卓にしろ、わたしの人生にとって、生身の誰かの温度というのがとても大切なものとして扱われているのだと思う。存在感と相違ない。そこにいること、いたこと。あったこと、なくなったことに気づくのはいつだって部屋に残っている方で、部屋を出ていった側にはその残り香の苦しみなんて分からない。だからこそ、いってらっしゃい、とか、ただいま、とか、とるに足らない言葉を大切にしてしまう。ささやかな言葉の有無に傷ついてしまう、罪だか罰だか、そんな風に囚われ続けている。
人に期待をしないことと、誰かに頼ること、共存って出来るのかな。考えたことなかったけど、今の私にとってそれは すごく難しいことのように感じられる。頼る、って、ある程度の相手の反応を求めて行われることではないのかな。それは期待と何が違うんだろう。勝手に期待して勝手に失望するのは良くないなー、とか。漠然と、暴力的なほどに、誰かに必要とされていたい自分がずっとひとりで居る。