惨めでもかっこいいよね
世の中仕事ができる人や成功している人はたくさんいる一方で取り残されていく落ちこぼれマンもいるよね。この差は一体なんだろう。資本主義ゲームの中では勝てばスターになれて、負けたら負け犬になるという残酷なもの。ただ、それが今も昔も当たり前だし負けた人を慰めるのはいつも負けた者か勝負に参加すらしていない者が多い気がする。言い方悪いかもしれないけど負けたらその試合はもう終わり。次の試合に向けて練習するしかないんだよ。
そこで私が言いたいのは、負けた者を慰めたり励ましたり同情するのはその人のためにはならない。負けた者が次の勝負に挑もうとする瞬間を邪魔するようなもの。(例外で相当メンタルが弱い人には優しく慰めたりするのがベストかもしれないが)
惨めでもいい、笑われてもいい、かっこ悪くてもいい。そこからボロボロになった体を踏ん張って立ち上がることがかっこいいんだよ。
ボクシングの試合でも、勝った瞬間を見れば誰もが興奮や感動でいい気持ちになれる。負けた瞬間は、応援していない人からすると悲しくなないが、応援してた人にとっては悲しい。ただ、この両者がどっちも感動する共通の瞬間がある。それは、
「ボロボロになっても立ち上がる瞬間」
この瞬間は誰もが感動するんじゃないかな。むしろ勝った人より負けた人にMVPをあげたくなる。
これはボクシングだけの話ではない。仕事や恋愛や勉強だってそう、ボロボロになってからが勝負。勝負なんか最初から決まっていない。
人間はみんな弱い、それでも一所懸命生きている。人間って惨めだよね。
ただ、なんで救いようのない中で、もがき続ける姿がかっこいいのはなんでだろう。
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