
楽しい面倒で満たす
日々、面倒なことが多い。
やらなければならないことの積み残しに後ろ髪をひかれる気持ちで、エネルギー切れ、時間切れを迎えて本日終了、はよくあること。
たとえば苦手なアイロンがけ、面倒。
では、なぜ、こうやって文章をしたためてアップすることをやっているのか。
いわばこれも面倒なこと。
最近、面倒を選り好みする自分自身を不思議に思っていた。
すると、この本にこんな一節を見つけた。
「面倒なこと」には、むなしい面倒と、楽しい面倒がある。
(「背筋を伸ばしてみたら、私は綺麗だと気づいた」朝倉真弓 WAVE出版 より)
あ、これやー。面倒の選り好みの原因!
せっかく苦労してアイロンをかけても、衣類にはまたしわがつく。むなしい。
一方で、文章は面倒でも、考えを表現できるとすっきりするし、共感してもらえると嬉しいし、楽しい。
でも、「アイロンがけはスキップできない。むしろ好き。面倒でもちゃんとやる」という人はたくさんいる。その人は、なぜむなしくないの?
すると、本にはこう続きがあった。
あなたにとっての「楽しい面倒」というのは、あなたが心の奥底で握りしめている「こうありたい」「こう生きたい」という理想を形にしたものです。
むなしい面倒は思い切って手放し、楽しい面倒にだけ目を向けて、余白を持って生きていくことが大切なのではないか
そうか、人によっては、アイロンがけが人生の美学と一致していて、やっても苦にならないかもしれないし、文章を書くことが苦でしかないのかもしれない。これって当たり前だけど相対的なことなのね。
幸せは到達点でなくて、そのときそのときに感じること。楽しい面倒の積み重ねで、楽しい道のりを歩いていきたいものだ。
街へ出よう。アイロン不要の服を着て。