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哲学カフェ「対話と配慮」(4月27日の感想+5月25日実施のお知らせ)
4月27日(土)に哲学カフェ「対話と配慮」を実施しましたー。
1.4回目の哲学カフェの開催
「対話と配慮」というテーマで、哲学カフェを開催しました。
主催側もこなれてきた感があり、(手前みそだけど)会を重ねるごとに良くなってる感じがします。
哲学カフェをしていると、参加前と参加後で、同じ言葉なんだけど、少し違って見えるような感覚になります。
みんなで一つの言葉の意味を捉えなおして、わずかなズレを作り出す会、みたいな感じ。
2.哲学カフェで印象的だった内容
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出てきた意見をそのまま置いてみました。
今回の哲学カフェの中で、印象的だった内容を紹介します。
①「自分のしていることは、自己満足(エゴ)かもしれない」と、思えること自体が、すでに配慮がある。
⇒「相手に手伝って」と言われて、すぐに手伝うのは、「応答」であって「配慮」ではない?
②配慮している「つもり」?
・配慮された側にとっては、「ありがた迷惑」なこともある。
・相手に対して配慮をしようという「気持ち」があっても、「行動」にでなければ「配慮」ではない?
・配慮は、「相手が~~だろう」という推測であれば、どこまでも自己満足でしかない?
⇒自己満足ではなくするための対話?
③利己と利他の共存(バランス)
・純粋な利他に基づく配慮ってあるのか? また、それは良いことなのか?
・利己(エゴ)って悪いことなのか?
⇒人が喜ぶことをするとき、人の役に立っているときに、自分の存在価値を感じる。
⇒そこには快感があって、それは人間の社会的であるという本能に基づいているのでは。
・「自分のために生きて、みんなのために生きる。」「みんなのために生きて、自分のために生きる」は可能か?
「同情」「相手の自立」「関係性」「自分への配慮」「配慮の判断基準」など、考えてみると面白そうな言葉もたくさん出てきました。
3.実施してみての感想(気づき)
まずやってみて思ったのは楽しかった!イメージとしては1つの舞台をみんなで良いライブ感で終わらせようとしている感覚が近いかしら。。。?
舞台の中で前に出て表現するシーンもあれば、一歩引いて全体を見るシーンもある。
ゴールも最後も決まってないけど「対話と配慮」について交わる表現が面白かったです。。
気づきとしては、自分にとっての「配慮」の感覚が少し変わった感じがありました。
感覚として配慮の必要性な側面とおせっかいな側面があると感じていました。
その中で、おせっかいな側面を考えて動かない瞬間もありました。
ただ今回の哲学カフェの問いで
・思うことは配慮なのか、行動が配慮なのか
・相手を考えて「動かない」を選択している時点で配慮なのではないか
という問いは考えさせられました。
人への配慮を考える時、自分がどういう思いなのか考えながら動きたいと思いました。
・次回の哲学カフェは…?
次回は5月25日(土)の14時から16時に開催します!
テーマは「対話と多様性」です。
申し込み、お待ちしてますー。
参加したい!という方は、以下のところから申し込みできます。
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〇申込方法
申し込みは、
X(旧:Twitter)・InstagramのDM、メールから受付しています。
下に申し込みのリンクを貼ったので、ぜひ活用くださいー。
・X(旧:Twitter)
・メール sketch@since2011.net
申し込みの際は、
①「名前(本名以外も可)」
②「哲学カフェに参加したい」
ことを記載してもらえると助かります。
後日、送っていただいたDMかメールに、ご案内の返信をしますー。