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プラズマ物理 とは

はじめに

「職業は何をされてるんですか?」
こう聞かれたときに、
「研究者です」とか「大学で働いてます」とかって返すまではいいんだけど、そうすると必ず
「何の研究をしてるんですか?」
と返され、ここで返答に苦労する。
「核融合の研究です」→核融合??「プラズマの研究です」→プラズマ??うーん、エネルギーとか電気とか?いずれにせよ短く伝えるのは苦しい。
そもそも聞く側からすれば、研究者ですと言われたら何の研究をしてるのか反射的に聞いちゃうけど、実際に中身が知りたいわけじゃないし。

ちょっと考えてみたんだけど、相手に対して何も遠慮しないで一言で答えるなら「プラズマ物理」が一番しっくりくる気がする。けれども、「プラズマ物理です」とだけ言われてもきっと普通の人は困るだろう。

今回は、プラズマ物理って何なのか、できるだけ普通の人にもわかるように(理系の知識なしで読めるように)解説してみたいと思う。
教科書みたいに正確な解説するつもりはない。検索すればいくらでもちゃんとした解説ページ(ウィキペディアとかでも)が出てくるから、わざわざ苦労して劣化版を書く意味はない。そうではなくて、「ざっくり言うとこんな感じだと思う」っていうのを書いてみる。だから全部が正確ではないし、主観や感想も入る(というか積極的に入れる)。こういう研究者個人の主観や経験ベースの解説の方が何となくわかった気になれるんじゃないかな。
難しい理系の言葉は使わないつもり。ただ文章自体は難しいかも。

プラズマとは

プラズマとは、固体・液体・気体と同じように、物質の状態を表す言葉。だからプラズマっていう物質があるわけじゃなくて、水素のプラズマとか、ヘリウムのプラズマとか、そういう風にいろんな物質がプラズマになる。
例えば水だと、固体(氷)は0℃で液体(水)になって、100℃で気体(水蒸気)になるが、1万℃くらいまで温度を上げるとプラズマになる。ただし水(H2O)はプラズマになる頃には水素(H)と酸素(O)に分かれて、水素のプラズマと酸素のプラズマになってるからもはや水ではないけれど。

いろんなところで「プラズマは物質の第4の状態」と説明されてるけど、プラズマってあくまで気体のなかまで、固体・液体・気体と並べて書くのは変な感じがする。絵で描いてみた。

図1:プラズマの説明。こんな感じの絵になると思うんだよなぁ。

固体・液体・気体は状態変化する温度が決まってるけど、プラズマになる温度はあいまい。プラズマになるのは状態変化とは違うので、温度の境目は無い。温度を上げていくと徐々にプラズマの割合が増える。
余談だけど、物質の温度には下限(絶対零度、-273.15℃)はあるけど上限は無い。温度の話もおもしろいけど、本題とそれるからいつか機会があれば。

図1の下の方に描いたけど、プラズマになるというのは原子を構成するイオンと電子が、分かれてバラバラに動くようになることをいう。通常、原子の中にはマイナスの電荷をもつ「電子」がプラスの電荷をもつ「イオン」のまわりをまわっていて、トータル的に電気的に中性になってひとかたまりの「原子」として動く。これが温度が上がると、電子とイオンがバラバラになる。このバラバラのイオンと電子が集まったものがプラズマで、プラズマは気体の性質と、電気的な性質をあわせもつ。これがなかなか複雑で、人類はプラズマ物理の研究を始めてちょうど100年経つんだけど、まだまだ分からないことはたくさんある。

ちなみにイオンと電子がバラバラって書いたけど、たくさん電子がついてる原子、なんでもいいけど例えば「ネオン」だったら、ネオンは原子核が+10でまわりに電子が10個ついてるんだけど、このうち1つでも電子が取れたらプラズマ。ネオン+と電子。10個取れたらネオン10+と電子10個。どちらもプラズマ。

流体力学

流体力学はプラズマ関係ないんだけど、これの紹介から始める。流体力学っていうのは液体とか気体のような物質の集団(例えば水とか空気みたいな)の性質や運動についての学問。

例えば「飛行機は重さ数百トンもあるのに何で落ちないで飛ぶの?」という質問をされたら、答えられるだろうか?流体力学はそれを正確に説明する。一応乱暴に説明しておくと、飛行機の翼の上側と下側を通る気流の違いで下側の方が上側より空気の圧力が高くなって、その結果上向きに揚力が働くから。大まかにはそんな感じなんだけど、実際には細かい構造(乱流など)があったり、もっと本質的な説明の仕方があるのかもしれないけど。

流体力学では空気など対象を「流体」として考え、物質によって異なる重さや粘度(粘りの度合い)、それから流体の温度、流速、密度、圧力、そういうものから対流や渦のような構造や、受ける力、膨張や圧縮などについての自然法則を数式で記述している。空気や水などをかたまりとして考え、例えば空気だったら窒素分子・酸素分子・その他の集まりだが、分子1つ1つがどういう動きをするのか、というのは流体力学には出てこない。分子レベルの微細な構造が集団全体に影響を及ぼすようなことはないので、流体の動きを考える上で原子や分子1つ1つに注目する必要はない。そもそも原子や分子はあまりにも小さく、きちんと理解されてきたのは意外と最近(19世紀くらいかな)のこと。気体がどのような動きをするのかは、原子や分子が出てこなくても十分に理解ができる。

プラズマの話に進む。

プラズマの性質

プラズマのところで書いた通り、プラズマも気体の仲間であり、流体のように集団として考えることができるという側面はある。電磁流体と呼ばれたりもする(余談だけど、電磁流体力学って英語で Magnetohydrodynamics っていうんだけど、学生の頃あんまりプラズマの勉強してなかったので長すぎる単語に恐怖を感じていた)。プラズマの集団にも温度、流速、密度、圧力があるし、集団が構造を形成したりもする。共通することは多い。

ただし、プラズマは電気的な性質もあるので、話は複雑になる。

気体の原子や分子がイオンと電子になると、例えば次のような性質が加わる。1つのイオンや電子が影響を受けるところを想像してほしい。

磁場や電場の影響

イオンや電子は磁場や電場があると力を受けて曲がったり加速/減速したりする。単純に磁石があればその周辺の磁場で曲がるし、地球の周辺にいるプラズマは地球の磁場(方位磁石が北を指すやつ)の影響を受ける。加速器の中で電場をかけ続けるとイオンや電子はどんどん加速する。
ここまで書いてから気づいたけど、磁場や電場からどんな力を受けるのかっていうのを物理の知識なしで説明するのはちょっと難しいので、プラズマが磁場中で力を受けた時にどんな運動になるのか絵を描いてみた。

図2:サイクロトロン運動。黒矢印の方向に磁場があるとき、イオンは赤線のような軌道になる。高校の理科で習うフレミングの左手の法則で説明できるけど、今回は省略する。

電磁波の影響

電磁波の影響を受ける。細かくいえば気体も電磁波の影響を受けないこともないけれど、プラズマへの影響はとても大きい。電磁波と言ってもいろんな種類(周波数)があるので、種類ごとに影響もさまざま。例えば、電子レンジの電磁波だったら、電子が電磁波に共鳴して加熱される、とか。というかそもそも電子レンジって、電子が加熱される周波数の電磁波だから電子レンジって名前なんだけど。
それから、放射。紫外光や可視光やX線など、イオンや電子は放射でエネルギーを失うこともある。別の言い方をすると、光る。プラズマの塊である太陽は明るい。ちなみにこの出てきた光を測るとプラズマの温度がわかる。こんな風にプラズマの性質を利用してプラズマの温度や密度やその他いろいろを計測する方法はたくさんあって、奥が深い。

プラズマ同士の反応

プラズマ同士も影響を及ぼしあう。普通の気体であれば単純に衝突(衝突にも種類はあるが)だけで、いちいち分子や原子1つ1つのことを考える必要はない。しかしプラズマの場合は、荷電交換反応(中性の原子がイオンになったり、イオンが原子になったり、電子を渡したり貰ったりする)とか、温度が高ければ核融合反応も考慮する必要がある。ちなみに次の図は、プラズマ中の高速のイオンと中性の粒子(プラズマになってない温度の低い粒子)とが荷電交換(CX)して、高速のイオンが中性になって外に出ていっちゃった、っていうのを描いた絵。これもちゃんと説明すればおもしろい話ではあるんだけど、このペースだと終わらないので今回は紹介だけ。

図3:「高速のイオンが中性の粒子と荷電交換して外に出ていく」っていう絵。

これらの性質はイオンや電子1つ1つに対して働くので、集団としての性質だけを考えてもプラズマの振る舞いを全部説明することはできない。つまりミクロ(イオンや電子1つ1つ)とマクロ(集団・流体)両方考えればいいのか?簡単に言えばそうなんだけど、イオンや電子は想像を絶するほど小さく、数が多い。例えばプラズマ実験装置でよく研究されてるプラズマ密度だと、1cm3あたり(1cm x 1cm x 1cmの立方体の中に)10兆個~100兆個のイオンと電子がいる。この膨大な数のイオンと電子1つ1つが、磁場や電場の影響で力を受け、電磁波を吸収したり放出したりし、衝突したり荷電交換したり核融合したりしてるわけだから、どうなってるのかを全部計算するのはスパコンを使ってもちょっと難しい。不可能と書かなかったのは、部分的には可能だから。いやどうかな。やっぱりまだ不可能かも。

また余談だが、ちなみに1cm3の中に10兆個~100兆個もの粒子が入っているというと、さぞかしぎっちぎちに詰まってるという印象を受けるかもしれないが、実際にはイオンや電子が小さすぎて、すっかすかという表現の方が近い。水素イオンの大きさは1000兆分の1メートル、電子の大きさは小さすぎてもはや不明というか、電子の大きさとは何か?っていう話から始めなきゃいけなくなる。

プラズマ物理は100年も研究して、何をまだやってるの?

まず、プラズマ物理の研究は今でもかなり活発に行われているが、基礎的な理論はずっと昔に確立している。かなり幅広いプラズマ物理の基礎がまとめられている教科書や、細かいテーマに対応した教科書は日本語でも多数出版されている。基礎は電磁気学や熱力学の応用でカバーできる。それでもまだまだ分からないことや見つかっていないものなど研究テーマはたくさんあるし、毎年多くの論文が出版されている。

プラズマ物理が今も活発に研究されている理由のひとつとして、核融合発電を目指しているというのは大きい。もちろんプラズマは太陽や地球磁気圏などの天体物理、医療や素材分野の産業応用など数多くの研究があって、核融合の話をことさら持ち出すのは少々傲慢かもしれない。しかしこの70年、核融合を目指して数多くのプラズマ実験装置が作られ、目標に向けてできる限り強い磁場、高いプラズマ密度と温度、強力な加熱ビームや電磁波という極限環境を更新し続けてきたことでプラズマ物理は大きく発展してきた。ちなみにここで言ってる核融合というのは主に磁場閉じ込め核融合の話。

核融合とプラズマ

そういえば核融合とプラズマの関係を説明してなかったことに気がついた。同じ調子で簡単に書くけど、検索すればもっと立派でわかりやすい説明は出てくると思う。

まず地上で安定して核融合を起こすためには、1億℃以上のイオン温度が必要。まあこれは目標とする炉によっては5000万℃かもしれないし5億℃かもしれない。ちなみに太陽の中心は1500万℃。こういう温度では、気体はほぼプラズマになる。なぜ高温の必要があるかというと、核融合するためにはプラスの電荷をもった2つの原子核がある程度以上近づかなきゃいけないんだけど、プラスのイオン同士は電気的に反発するので、勢いよくぶつける必要がある。温度が高いということはイオンの速度が速いということで、イオン同士が近づくとはじめは電気的な反発力で離れようとするんだけど、それに打ち勝ってもっと近づくと今度は核力という力がはたらき、核融合する。プラズマを高い温度で維持してそこらじゅうで核融合反応が起こっているのが太陽の中心であり、核融合炉の目指しているところである。

核融合に必要な温度で気体がプラズマになってるのはとても都合が良かった。プラズマは磁場に巻き付くような運動をするので、人にとって扱いやすい「磁場(コイルに電流を流せば作れる)」を使ってプラズマを空中に浮かせておくことができる。もし気体が1億℃でもプラズマにならなかったら、1億℃の気体を金属の容器に入れたら容器はすぐ溶けてしまう(というか1億℃の気体なんて用意できない)が、1億℃のプラズマは磁場で空中に浮かすので容器に触れないし、触れるようなことがあれば一瞬で温度が下がって消えてしまうだろう。

核融合の話をしに来たわけではないのでこのくらいにするが、要するに磁場閉じ込め核融合では高温のプラズマを安定に維持するために、複雑な磁場を用意し、ビームや電磁波で加熱している。何とかして発電を実現するためにいろんな種類の閉じ込め磁場配位(トカマクとか)だったり、加熱方法だったり、とにかく工夫を凝らしていろんな装置を作った結果、プラズマの挙動が理論に合う合わない議論されて、プラズマ物理の研究が進んできた。まだ実用化までには今まで実験したことのない領域でプラズマ実験をするだろうし、そうしたら何か予想外のものが出てくるかも。

まとめ

・プラズマとは、原子がイオンと電子に分かれた電離気体。気体の性質に加えて、電気的な性質をもつ。
・プラズマ物理はまだ研究が始まって100年だが、基礎は電磁気学、熱力学、流体力学などの応用でずいぶん前に確立している。教科書もたくさんある。
・プラズマが磁場に巻きつく性質を利用して、核融合反応が起こるような高温のプラズマを閉じ込めることで核融合発電を目指し、実験装置が大学や研究所、最近では民間でも多数作られ、研究が盛んにおこなわれている。
・新しい実験装置で謎現象が観測されるたびに、何がどうしてそうなっているのかそれを説明するために実験をして、論文にして知見を積み上げている。細かい話だったりするものの、まだわからないことはたくさんあるし、今後もまた新しい発見は出てくると思う。

おわりに

長々と書いたけど、テーマのボリュームが大きすぎて同業者が読んだら短くて気持ち悪かったかも。この手の解説は人によって変わってくるだろうし、多少変なこと言ってても許してほしい。それよりこういう研究者の経験ベースの日本語の解説文章(質はともかく)があるのはいいことだと思うし、これを読んでプラズマ物理って何なのか、なんとなくでも理解してもらったり興味を持ってもらえたら嬉しい。本当は、具体的には私はこんな研究をしているというところまで書きたかったけど、今回はこのくらいで。

はじめに言った「難しい言葉は使わない」というのはあまり守れなかったかも。もし質問などがあれば修正や追記をするかもしれない。
何かあればこれコメント欄かツイッター(じゃなくてXだっけ?)に。
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おまけ(ひとりごと)

流体力学の説明書いてるときに思い出した話。小学生の頃(覚えてないけど多分低学年だろうと思う)に父と風呂に入ってた時に「野球のカーブボールはピッチャーの手を離れてから、外から何も力を受けていないのに曲がるのはなぜか?」って聞かれて「え、すごい、ほんとだ曲がるわけないな」って思った。その時そう思ったことはよく覚えてる。その後すぐ説明してもらって(今思えばちょっと子供だましだったかもしれないが)とても納得した。こういうのが私の研究者の原点なのかなぁ、なんてふと思った。

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