IT業界であるもの、IT業界でないもの
今いまで、このあたりの記事で世間とはちょっと違う切り口でSIerってどんな感じの会社なのか解説してきました。
SIerと双璧を成すパワーワードとして「IT業界」という言葉があります。「IT業界」なんだからITをやっている会社たちの総称をそう呼んでいるのではないかと思うのが普通だと思います。もちろんその考え方は間違ってはいませんが、より本質的な部分を追求してみたいと思います。
ちなみに総務省や経済産業省では、「IT業界」を次のように分けているそうです。分かるような分からないような、という感じなのではないでしょうか。
「受託ソフトウェア開発」
「組み込みソフトウェア開発」
「パッケージソフト開発」
「ゲームソフトウェア開発」
「情報処理サービス」
「情報提供サービス」
「市場調査サービス」
「その他情報サービス」
「インターネットサービス」
受託仕事中心であるIT業界
規模の大小を問わず多くのSIerはITに関する役務を受託することが一般的です。一番わかりやすいのはプログラム開発で、あとはセキュリティシステム導入とかPCサポートとか、ちょっとガテン系入ってくるとLAN工事とかWiFiアクセスポイントを天井にくっつけるといったネットワーク工事なんかもあります。
ハードウェア・ソフトウェアを再販するのは役務ではなく物販ですが、現実的にはエンドユーザーの代わりに何か物を買ってくるという見方も可能です。人によっては購買代行なんて表現しています。そして「販売責任」という言葉の元にそれがちゃんと動くことを顧客はSIerに求めます。
物販も役務でも「エンドユーザーの代わりに色々やる責任を負う」という意味では同じで、それがSIerならびにIT業界の本質だと思って間違いないでしょう。
悪名高きIT業界ピラミッド構造
SIerやIT業界が何かと評判が悪いのは、むしろこのピラミッド構造に本質があると思います。ググればいくらでも怨嗟の声が聞こえてきますが、ともかくエンドユーザー企業→一次請けSIer→二次受けSIer→・・・・というのはあまりにも有名で、もちろん下位にいくほど収益は落ちます。そして給料も下がるのが一般的です。
もともと日本企業はIT部門の人員が限られているのでアウトソーシングに頼る傾向があるわけですが、それだけではこのような構造が出来上がる説明が付きません。なぜならば人員が限られているとはいえども、IT部門が各社に直接注文を出せばいいからです。わざわざ利ザヤを一次受けにくれてやる必要は本来ないはずです。
この辺りは諸説ありますが、企業の経営をリアルな意味で支えるシステムは事実上24/365サポートが求められる、システムが止まったときの訴訟リスクに耐えるには資本体力がある大手SIerと契約する必要があるといったものです。もちろんそういう面はあると思いますが、私はむしろ従来日本企業があまりにもカスタマイズやスクラッチを求めていたという理由が重要かと思います。
それも昔から言われていたことで、欧米企業はSAPなどのパッケージをそのまま使い、日本企業はすぐにカスタマイズする。そのため自社製品を持つパッケージソフトウェアメーカーもこのIT業界ピラミッドに組み込まれ、SIがパッケージ再販してカスタマイズのための要件定義をするとかそういう体制が出来上がってきました。
ただ、もうなんでもかんでも独自に作るという時代ではなくなってきました。たくさんのSaaSがありますし、ノーコードと呼ばれる簡易なシステムならばエンドユーザーが自分で作れるサービスが台頭しています。何よりお金がかかります。
今動いているシステムを破棄することになったら、また1から同じようなシステムを作るという選択肢を取る会社はそう多くないのではないでしょうか。
クラウド時代のIT業界
では、IT業界の一員ではないIT企業はあるのでしょうか?
もちろんあります。それは自社製品をエンドユーザーに直接販売するソフトウェアメーカーです。それはSaaS以前においては難しいとされてきました。それはサーバーやOSを構築運用保守する必要があったからです。
そういったインフラまで含めて提供・サポートするソフトウェアメーカーは少なく「それはお客様側でご用意ください」というスタンスが主流です。それゆえにSIerからまとめて購入、ちゃんと全部責任もってシステム一式面倒見てねという形になっています。
ただ、今やクラウド全盛期です。SaaS形式で提供されるソフトウェアのプラットフォームはソフトウェアメーカーが運営しています。その裏側にサーバー運用会社なんかがいる場合もあるとは思いますが、AWSやAzureやら安価なIaaSを自前のインフラチームで使用することが多いでしょう。自分たちでできちゃうのです。
そうなると、SIerがソフトウェアメーカーのSaaSを再販する必要はないように思えます。
はい、はっきり言って多くの場合はないです。少なくとも顧客側にとっては。
ただし、ソフトウェアメーカー/SaaS事業者側にはあります。SaaS以前から取引のあったSIerを外してこれからは直接販売しますとはビジネス上言えないのです。IT業界では「一度でも直接販売に舵を切ったメーカーは、SIerの信頼は得られない」という言葉もあります。
それに、SIerの営業力というのは(うまくワークすれば)強力で、製品はいいけど営業力はいまいちといったメーカーにとっては(サーバー構築保守が不要であっても)、再販チャネルとしての意味は十分にあるケースが多いです。
IT業界ではないIT企業
逆に言えば、もともとSIerへの依存も取引もなく、自前の直販営業部隊を持っていればSIer経由の再販体制は必要ないということになりそうです。
はい。それが正解です。歴史が短い新興SaaSベンダー、特に業務業種特化型は直接販売体制を敷いているケースが多いです。
セキュリティとかグループウェアとかあまり特殊な業界知識や商習慣への理解を必要としないものは今でもSIer経由が多いですが、業界・業種特化型SaaSは直接販売がメジャーです。例えば、建設業界のこういうシーンで使うとか、人事労務分野に完全特化しているとかそういうやつです。
その手のサービスは、SIerの営業力が発揮されにくいのです。はっきりいってちゃんと顧客の業務が分かってIT提案をしているSI営業などほんの一握りで、ほとんどの人は御用聞きかライトなチラシ紹介程度です。
SIerのSEはテクノロジーを知っていても、普段関わる機会がない業務上の課題など知りません。
そうなると、ソフトウェアメーカーの営業が、ある程度の業務課題ヒアリングや業務改善提案をできるようになって、直接販売する方が合理的です。
前述の通り、SaaSであればサーバー運用保守は必要ないのです。フォーカスすべきは業務課題と業務改善、Windowsサーバーのパッチ適用頻度とか再起動とか冗長性とかサーバーメンテナンス時のダウンタイムは何分まで許容するとかそういう話題から解放されているわけです。
これからITの仕事をしたい人へ
もちろんSIerにはSIerの良さがあります。たくさんの人員と莫大な予算が投入されるプロジェクトを進めていくこと、多様なシステムに関われることに面白さを感じる人も多いでしょう。
ただ、もうピラミッド構造のSIerモデルはクラウドの台頭により亀裂が入っています。市場ニーズある得意分野を持っている場合は別として、人海戦術要員供給だけだと、小さく弱いSIerから順に淘汰されていくのは避けられません。
もし「いいサービスを用いて、デジタル化が遅れている日本企業を改善したい。お客さんに喜んでもらいたい」「下請けではなく、顧客と直接対話する機会を持ちたい」といった気持ちがあれば、私は直販する業務業種特化型SaaSを推します。以前から確固として存在しているIT業界の慣習に縛られることなく、一次請け企業に遮られることなく、直接エンドユーザー顧客の担当者、場合によっては実際にそのSaaSを使うユーザー部門との対話すらできるでしょう。
営業だけではなく、SIerには存在しないカスタマーサクセスマネージャーという顧客の成功にコミットする職業も選択肢に入ります。
そういう会社は中小企業が多くて、企業規模ではSIerに遠く及びません。ただ、企業規模の大小だとか知名度が高いとかそういうことをいったん忘れて、SaaSベンダーを一度考えてみてもいいのではないでしょうか。