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闘病記 STAGE3 待機時間と命の対価

前回のあらすじ
体調不良で行った病院の精密検査結果、心臓の前に影を発見。医師から次回は家族を呼んでくださいと言われ、自分の身体が何かとんでもないものに侵されている事を知る。


前回の診察から一週間、私は母親と一緒に再度その病院を訪れました。
その時にはもう胸の痛み、違和感は緩和されていたようにも思えます。その病院に行ってくるまでの一週間、特に何か苦しかった訳ではなかったからです。
もしかしたら痛みはあったのかもしれません。ですが、あまり覚えてないという事はそういうことなのでしょう。

待つことしばらくすると、診察室へ案内されました。
そこには、眼鏡をかけた比較的若めな先生が座っていました。前回の内科医の先生もそうでしたが、両方とも20代後半〜30代前半に見えました。
こういう大学病院の先生かつ、こういうシビアな病気を見る先生は僕よりひと回り上のイメージだと勝手に思っていたので、「俺も歳食ったんだな」ともう若いと言えない歳なんだなと再認識しました。

「kさん初めまして。今回担当させていただきます胸部外科の〇〇です。よろしくお願いします。」

と挨拶から入りました。
この記事ではこの先生の事を
「メガネ先生」
と呼ばせていただきます。
この病気で、私がよくお世話になった先生は3人います。その中の一人がこの眼鏡先生です。

「早速ですが、kさんのレントゲンとCT画像を貼らせていただいています。
前回の内科医の先生からも説明があったかと思いますが、胸骨の裏から心臓の前、前縦隔という空間におおよそ9〜10cmの腫瘍があります。」

そう言うと、メガネ先生はフリーハンドで絵を描き出しました。
私の体の説明をするためです。
ものの五分くらいでしょうか、、、
素人の私でも一発でわかるくらい、しっかりとした体の断面図と正面から見た図を書き上げてくれました。
これを見て、「あ、医者ってやっぱすげえな。。。」と素直に思ったのを覚えてます。
そして新たなレントゲン写真を貼り、メガネ先生は続けます。

「これはkさんの4月に撮ったレントゲンです。
ご覧の通り、胸のところの影が4月の段階ではほぼ見当たりません。
ですが、今回のレントゲンではしっかり写っています。10ヶ月というこの短期間の間に、これだけ大きくなっていると言う事です。

まず、病名としては前縦隔腫瘍、胸腺腫、という病が一番疑われます。他には悪性リンパ腫、希少種、胸腺癌は稀なのですが可能性はあります。」

さらにメガネ先生は続けます。

「kさんの腫瘍は進行がとても早い。
なるべく早くに治療を進める形を取りたいと考えてます。
そしてこの病気は手術が前提となります。
術後の傷あとが目立たないロボットを使った手術も可能ですが、周りに心臓と肺、さらには重要な血管がたくさんあります。
kさんの腫瘍の大きさも考えると、ロボットよりも胸部正中切開手術になるかと思います。そうなれば12〜15時間の大手術です。」

「そして、kさんの年齢で、この胸腺腫という病気にかかる方はほぼいません。
ましてや、この短期間でこれだけ大きくなった事例は全国探しても症例がほぼありません。肺がんのように、何を使ってどうなるという見立てが立てられない稀中の稀な症状なんです。」

色々と話を聞き、自分の中でぼんやりとしていた
「自分がでかい病気を患った」
と言う事を再認識しました。

「なので、今日は次回の検査の予約と、〇〇区にある病院の本館で検査をします。
今日が20日なので、、、検査の予約を28と29に行いましょう。
そして、、、今手術室が空いてるのが3月の11日なので抑えておきます。


本館は家から車で10分くらい、今検査受けてる病院からも30分あったらたどり着く距離ですが、それよりも私の検査や手術はこんなに遅くなるのかと素直に思いました。
普通、癌が大きくなり早急に手術するとなると、イメージ的に3日後から入院して5日後手術みたいな感覚でいました。

「手術するの、そんなに遅いんですか?何日後とかじゃないんですか?」

私が病気を発見出来て、とてつもない病気だと言う割には遅すぎる気がしました。
何せ、この病気がわかったのが前の週。その週から数えて一週間待たされて、さらにそこから10日待たされた挙句、そこからさらに二週間で手術。
そうです。発見から約ひと月してようやく手術なのです。10ヶ月で10cm近くなった腫瘍をひと月ほったらかすのです。

「今のところ、これが我々にできる最短ルートです。手術室が開くのがこの日が最短なんです。簡単な手術ではないので、ご理解ください。」

その他何か聞きたいことありますか?
の質問をメガネ先生はしてきましたが、わからない事が多すぎるので
「わからない事がわからないので分かった時点で質問します。」
と返事しました。

その間、母親は黙って聞いていました。
たぶん、私以上に珍紛漢紛だったと思います。母親はこういう時の話は基本よく分かってない事が多いので。

「お母様は何かありますか?」

メガネ先生の問いかけに対し、私は母が何を言うか予想はついていました。
そして、それしか質問しない事も予想しておりました。

「あの、、、、お金はいくらかかるのですか?」


予想と全く一緒の回答でした。
メガネ先生は軽く説明をしていました。 高額医療費や限度額認定の金額は人によって違うが、おおよそ5万くらいで収まるだろうとの話でした。

「他はありますか?」

その問いに少し間を空けて

「いえ、もう大丈夫です。」

との返事で先生の質問を締め括りました。


『きっとお金のことしか聞かないだろう、、、』
びっくりするくらい予想通りの回答に、やはり少しモヤモヤ感がありました。
まあ正直な話、どちらかと言えば親不孝息子です。金銭面もまあまあ迷惑をかけましたし、それを綺麗さっぱり精算して親孝行した身じゃ私はありません。
そこを心配するのは仕方ない事です。実際、この病気の手術費入院費諸々は母親が入れていた入院保険で賄うことになります。

ただ、そこしか心配するところはないのか?と。。

これを読んでくれた皆さんに考えてほしいです。
いい大人になったとはいえ自分の息子が、娘に大きな腫瘍が出来た際、お医者さんに言う質問は何て言いますか?

「息子は助かるのでしょうか?」
「娘の病気は完治できるのでしょうか?」

と言う一言なんじゃないかなと思います。

母は違いました。
昔からそうだったのですが、お金に関しては少し執着する、いや、しすぎる事が多かったです。

お金の事の昔話を書き出したらキリがなくなるので割愛します。ただ、
「こんな時くらいは、金の話出すなよ。。」
と思ったのは正直な気持ちでした。

これを書いてる今も、やはり何かモヤモヤした感じが拭えません。

そうですね、、、
「私の命と手術費を天秤にかけた」
ように感じました。実際そうだったとも思っています。


その話の後、メガネ先生が所属している本館の方にメガネ先生宛にメガネ先生が紹介状を書いて手続きは終了しました。(ややこしいですね。系列病院のシステムというのは笑)

その話を仕事の相方に話すと、、

「また待たされるん?遅くねーか対応?」

まあ当然の反応だと。
私が逆の立場でも同じこと言うでしょう。

k 「まあ、医者がそう言うんやし実際予定が空いてないらしい。
俺も今日検査してすぐ対応してもらえると思いよったしな。」

相方 「あんまり遅い対応されよったら病院変えたほうがいいぞ。
分かっとるかk?自分の命やけな。」


そこから約10日ほどでしょうか。
検査を2日に分けて
MRI、心電図、新エコー、CT、レントゲンの検査を行い、後日別枠でペットCTの予約をとり、病気が発覚した2月という月が終わりを迎えました。

この回までは2月の病気発覚からを書いていきました。

次回は3月に入ってからの話を。
病気を発見して次の月の話になります。




ここまで読んでいただきありがとうございます。
よければ、次回書いたやつも読んでくれたら嬉しいです。
K











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