ふくふく童話大賞受賞作品「さようならラム」
さようならラム
ラムが死んだ。十六歳だからネコとしては長生きよ、とお母さんが泣きながら言った。ラムはぼくよりずっと年上で、ぼくが生まれてからうちにはいつもラムがいた。
ペット葬儀屋さんの車でラムが行ってしまうのを、お父さんとお母さんとぼくの三人で見送った。ぼくは苦しくなるぐらい泣いた。お母さんも泣いていた。お父さんもちょっと泣いていた。夜も泣きながら眠った。夢でもいいからラムに会いたいと思った。
次の次の日、学校へ行くと、ラムのことはあんまり思い出さなかった。でもうちへ帰ってきて一人で部屋にいると、隣のリビングから、ラムが足音をたてて歩いてくるような気がした。ラムは白くて大きなネコで、ネコのくせにいつもドスドスと音をたてて歩いてた。「ラム」と呼んでみるけど、足音は聞こえてこない。涙が出てきた。
何日かして、お母さんがラムのトイレを片づけた。ぼくたちのトイレの便器の横にラムのトイレは置いてあった。だからトイレのドアはいつも少し開けておいた。ラムは前足でじょうずにドアを開けて入った。そして用を足したあとはなぜだか走って飛び出してきた。もうドアはぴったり閉めていい。ぼくが生まれてから、いつでも少し開けてあったドアだけど。
トイレを片づけたあとも、ラムのベッドもエサ入れも水入れもまだそのままにしてあった。
「見るたびに思い出すけど、片づけちゃったら、それが置いてないことがまた悲しいから」
お母さんはお父さんにそう言っていた。お母さんも、寝る前とか朝起きたとき、泣いていることがある。お母さんのほうが、ぼくよりずっと長くラムといたから、よけいに寂しいのかな。
ぼくだって、たくさん思い出がある。
ゆかの上に寝そべってテレビを見ていると、いつもラムがそばに寄ってきて、ぼくの足をまくらにして横になった。
プロレスごっこもした。やりすぎると怒って、ぼくの手にかみついた。お母さんは、
「ラムがいやがることするからよ」と言って、いつもぼくのほうがしかられた。
小さい怪獣のおもちゃを並べて遊んでいるとき、ラムは前足でわざとおもちゃを倒した。それをコロコロ転がして、両足で持ち上げて口にくわえたりして遊ぶ。しまいにはテレビや戸棚の下におもちゃが入っちゃって取れなくなる。ラムは知らん顔する。ぼくは長いものさしや、おもちゃの剣なんかを突っ込んで、ホコリといっしょにそれを取り出す。だからビー玉とか、小さいものを床に置きっぱなしにしてるとお母さんに注意された。
「ラムが転がすから片づけて」って。
ぼくの消しゴムのコレクションも、よくラムが転がしてって行方不明になった。
ぼくは、おもちゃ箱の上に置いてある、消しゴムのコレクションを開けてみた。もとはチョコレートが入っていたきれいなカンに入れてある。ひとつひとつ取り出して眺めていたら、緑色のサッカーボール型の消しゴムに小さな傷があった。ラムが爪でひっかけた傷だ。ラムがそれを両方の前足で転がして遊んでいる姿が目に浮かぶ。そうするとまた、もうラムはいないんだって思い出して涙が出そうになる。
カメの怪獣のかたちをした消しゴムが見あたらないのに気がついた。青くて大きくてずっしり重い、二年生の時にお父さんに買ってもらったやつだ。カンの中身を全部出して見たけど、ない。机の引き出しにもない。いつからないのか考えたけど思い出せない。
ひょっとしてラムが転がしていったのかも知れない。ベッドの下をのぞいてみたけど何もなく(きのうお母さんが掃除機をかけていたから)、机を動かして裏がわを見たら、えんぴつと別の消しゴムが出てきた。これはぼくが使っていて落っことしたものだ。
リビングのテレビの下を、腹ばいになって奥のほうまでのぞいたけど、ホコリがたまっているだけだった。冷蔵庫の下には、野菜のかたちのマグネットが落ちていただけだった。どこにいっちゃったのかな。
ラムが死んだのは土曜日だった。それから二回目の日曜日、お母さんが残っていたキャットフードを袋に詰めて、ネコを飼っている知り合いに持っていった。そしてエサ入れと水入れをきれいに洗って、洗面所の下にしまった。そのあいだ、お母さんは何もしゃべらなかった。ぼくもだまって見ていた。
毎朝、目覚ましがなるとすぐにラムはお母さんのベッドのそばへいって、「ウワン、ウワン」と鳴いた。お母さんはそれを
「『ごはん、ごはん』って言ってるよね」と言っていた。
人の言葉がしゃべれるネコって、気のせいだと思うけど。
お母さんがベッドから出てエサを入れるまで、ずっとお母さんの足元にまとわりついて「ウワン、ウワン」と鳴いた。お母さんは足をとられて転びそうになることもあった。ラムはとしをとってから、ごはんのたびに新しい水を入れてとねだった。お母さんは
「汲みたての水はあんまり好きじゃなかったのに、変わったのね」と不思議がっていた。
こうして、だんだんとラムのものがかたづけられていく。
「ゆかのそうじが楽になったな、ラムの毛が落ちないから」
次の日曜日に、お母さんがそう言った。まえは、毛布や洋服に、よくラムの毛がついていて、粘着テープでとったりしたけど、もうそんなこともない。そう言えばラムが死んだ次の日、お母さんはラムの首輪とおもちゃと、それからラムのベッドについていた毛をひとつまみ、ビニールの袋に入れてどこかへしまっていた。
ラムが死んでから、お母さんがぼくにラムの名前を言ったのは初めてだった。忘れているんじゃなくて、わざと言わないようにしてるんだってぼくは思っていた。
「お母さん、ラムの夢見た?」と聞いてみた。
お母さんは驚いた顔をして
「ううん。あんたは見たの?」と言った。
ぼくが首をふって
「おかあさん、ぼく夢の中ででもラムに会いたいよ」と言うと、
「そうね。」
お母さんは泣き出して、ぼくの肩をやさしく抱いた。
「ラムのこと、忘れられないよね」
ぼくはお母さんの腰に腕をまわして言った。
「ラムが死んでいなくなっちゃっても、ラムのこと大好きな気持ちはなくならないからね」
お母さんは言った。そして
「今はまだすごくつらいけど、心の傷ってだんだんと治っていくものだからね」
そう言いながらぼくの頭をなでてくれた。
「もうベッドも片づけようか」
お母さんは、気持ちを切り替えるようにそう言って、涙をふきながら、大きなビニール袋を台所から持ってきた。そしてリビングのすみにあるラムのベッドのクッションをビニール袋に押し込んだ。
「天国で、もっと上等のベッドで寝てね」
そう言いながらベッドを袋に入れようとした時、コロっと何かが転げ落ちた。ぼくの怪獣消しゴムだった。
「あっ、ぼくの消しゴム。ベッドの中まで持っていってたのかぁ」
消しゴムは、ひっかいたりかんだりしたあとがあった。ぼくはそれを手のひらにのせてまた涙がこぼれそうになった。
「ラムは、あんたのこと大好きだったね」とお母さんが言った。
「でも、お母さんのことが一番好きだったと思うよ」
ぼくは言った。お母さんは
「そりゃそうよ」
と言いながら、ビニール袋のくちを結んで、ポンとそれを手でたたいた。
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※2007年ふくふく童話大賞受賞作品
もう15年も前のことになるんですね。
先々代の飼い猫が死んだときに書いた作品です。
ラムを失った悲しみを昇華させて書いたものが賞をいただけて嬉しかったです。
物語の主人公と同じ小学生だった息子は今では26歳になりました。
これを書くにあたって息子に話を聞いたりしたことはなかったのですが、
受賞のあとでこの作品を読んだ息子が、「お母さん、僕の思ってることがわかるの!?」と驚いた顔で言っていたのが思い出です。