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Utada「Kremlin Dusk」

宇多田ヒカルがUtada名義で2004年に発表した「Kremlin Dusk」という英語の楽曲の話をさせてください。

この曲は、エドガー・アラン・ポーの「大鴉(The Raven)」という物語詩を引用した楽曲です。
そう、なんていうか、文学的で、ちょっと小難しい曲なんです。

僕の説明も少し小難しいけれど、ちょっとだけ、興味を持って読んでみてください。

「大鴉(The Raven)」はこんな話。

恋人レノーアを失った主人公のもとに、大鴉が訪れる。
主人公は大鴉に様々な質問をするが、大鴉は繰り返し「Nevermore(二度とない)」と答える。
最後に主人公は、天国でレノーアと再会できるかを問いかけ、大鴉は「Nevermore」と答えた。
主人公は大鴉の影に魂を閉じ込められ、「Nevermore」と叫ぶことしかできなかった。

引用だけではなくて、彼女はこの楽曲でポーの詩を意識したライムを取り入れています。

All along I was searching for my Lenore
In the words of Mr. Edgar Allan Poe
Now I'm sober and "Nevermore"
Will the Raven come to bother me at home
Calling you, calling you home
You... calling you, calling you home
By the door you said you had to go
Couldn't help me anymore
This I saw coming, long before
So I kept on staring out the window
Calling you, calling you home
You... calling you, calling you home

長母音の「o(オー)」が繰り返し使われているのがわかりますよね。
この長母音の「o(オー)」のリフレインは、「大鴉(The Raven)」でも行われています。

ポーは「詩作の哲学」で「詩の調子である憂鬱とできるだけなじむ一語を選ぶために、最も響きのよい長母音"o"を選んだ」と書いています。
「大鴉(The Raven)」で、ポーは音の効果を細部にまで渡って考慮しているんです。
こうした韻律へのポーのこだわりを、宇多田は作品に取り入れているんだろうな、と思います。

もうひとつ特筆したいのは、歌詞後半の執拗に繰り返される、疑問文の繰り返し。

Is it always the same
Will come back again
Do you like this
Do you like this
いつもの調子?
また戻ってくるの?
好きなのね?
そうでしょう?
Is it like this
Is it always the same
If you change your phone number, will you tell me
それが好き?
いつもの調子?
電話番号を変えるなら、教えてくれるよね?

大鴉に問いかけているのだ、と僕は思います。
つまり、返ってくる答えは「Nevermore(二度とない)」。
楽曲から、レノーアを失った悲痛で重苦しい主人公の嘆きが聞こえてくるかのようです。

ポーの長母音へのこだわりを取り入れ、疑問文の繰り返しにポーの詩を踏襲したメッセージを隠している。
こうやってじっくり読み解いてみると、面白い。魅力的な作品だとは思う。

でも……、僕はこの曲に対して、こういうふうにも思うんです。
「正直、この楽曲の試みってどれだけの人に伝わったんだろうか」
「ほとんど誰もわかってなかったんじゃない?」

宇多田本人はこう話しています。

とりあえず『Kremlin Dusk』は説明のしようがないんですよ。
 私もなんなんだろう?って(笑)。
 絶対に日本語の歌詞ではできないし、タイトルは直接詞につながっていないし、私の中ではこういうイメージだったというだけ。
 歌詞を書く前からなんとなく『Kremlin Dusk』にしちゃってたんです。
 風景を指しているだけで、そこに主人公がいるとか関連性も作れるけど、印象だけでいいやと思って。

説明できなかったわけではなくて、説明しちゃ意味がなかったんだろうな、と僕は思っています。
「Kremlin Dusk」は「クレムリンの夕暮れ」。
クレムリンというのは、モスクワ川沿いにある旧ロシア帝国の宮殿で、
その夕暮れの風景の印象を、この楽曲の陰鬱なイメージと結びつけていた。

「印象だけでいいや」。
彼女にとって伝えたいのは「印象」だった。ポーに着想を得た陰鬱で悲しい雰囲気だけが伝わればよかった。
そういうことだと思うし、それはそれで良かったんだと思う。潔いと思う。

けれど、僕が彼女ならきっとどこかで説明したくなってしまっただろうな。
なんでも説明すればいいというものではないけれど。

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