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【京都旅行③】 上賀茂神社・下鴨神社・晴明神社編
このシリーズは今月の10日・11日と友人と京都で巡った場所を紹介しています。
今回は、10日の朝に鞍馬寺・貴船神社を巡ったあとに向かった、上賀茂神社・下鴨神社・晴明神社の三社をお伝えしていきます。
10日の早朝に鞍馬山を登り、その足で貴船神社を訪れ、バスと電車を使って鞍馬山のふもとに戻ったあと車で向かったのが上賀茂神社。
上賀茂神社は貴船神社から車で20分ほどで到着した。
ちなみに鞍馬山と貴船神社、上賀茂神社、下鴨神社は、京都市の左京区にあり晴明神社はその下の上京区にあるため、車で巡るとそれぞれの場所に20分以内で到着できる距離にある。
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【上賀茂神社】
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上賀茂神社は、京都世界文化遺産の1つであり、正式名称を賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)という。
御祭神は、正式名称の賀茂別雷大神で、「雷を別けるほどに強い力を持つ神」という意味を持つ。
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京都最古の歴史を有する一社であり、かつてこの地を支配していた古代氏族である賀茂の氏神を祀る神社でもある。
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2600年以上前、ご祭神である「賀茂別雷大神」が、本殿から北北西の方角、2キロほどのところにある神山(こうやま)に降臨されたことが起源であり、628年頃より、現在のような社殿が造られるようになった。
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この直会殿の奥に拝殿があり、そこで日本の平和、世界の安寧を祈願する。
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楼門前にある細殿は、歴代の天皇が装束を整える場所として使用されていた。
建物の前にある砂山は、「立砂(たてすな)」と呼ばれ、神が降りる依り代とされている。
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境内は緑あふれる広大な敷地(約76 ヘクタール)あり、国宝が2棟、重要文化財41棟ある。
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重要文化財のひとつの片山御子社。
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この片山御子社は、賀茂別雷大神の母である賀茂玉依姫命が祀られている。
この片山御子社に紫式部が足繁く通い、「ほととぎす声まつほどは片岡の 森のしづくに立ちやぬれまし」と詠んだそう。
ここには十二単を着た紫式部を描いたハート型の絵馬が飾られていて、縁結びとの社となっている。
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上賀茂神社を後にして、向かったのは下鴨神社。
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【下鴨神社】
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下鴨神社も上賀茂神社と同じく京都世界文化遺産。
上賀茂神社と下鴨神社は、元は1つの神社だったが、奈良時代に分かれたそう。
下鴨神社の正式名は、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)であり、賀茂別雷大神の祖を祀る神社。
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御祭神は、玉依媛命(たまよりひめのみこと)と賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)で、玉依媛命は賀茂別雷大神の母親、賀茂建角身命は祖父にあたる。
このため下鴨神社を参拝したあと上賀茂神社を巡るのが、正しい順番だそうだ。
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下鴨神社は、東西に本殿がふたつあり、御祭神は西殿に賀茂建角身命、東殿に玉依媛命が祀られている。
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四脚中門の先に拝殿がある。
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こちらでも日本の平和と世界の安寧を祈願。
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下鴨神社の境内には御手洗川(みたらしがわ)が流れ、輪橋(そり橋)の景色が美しい。
下鴨神社では、水に浸すと結果が出る「みずみくじ」も販売されていて、輪橋の下を流れる御手洗川(みたらしがわ)が、みずみくじを浸す場所となっている。
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みずみくじは、「願い事」「体調」「金運」「学業・仕事」「恋愛」「旅行」について文字が浮かび上がってくる。
今回、写真に収めていないが、2本の木が途中で1本になっている連理の賢木(れんりのさかき)があり、上賀茂神社同様に下鴨神社も縁結びのスポットとなっていている。
また下鴨神社の広大な敷地には、原生林の 糺の森(ただすのもり)があり、こちらも世界文化遺産となっている。
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下鴨神社を散策したあとに向かったのは晴明神社。
下鴨神社から車で数分の距離にあり、京都御所の近くにある。
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【晴明神社】
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晴明神社は、街中の大通りに面した住宅街の一角にあり、京都の有名なお社とは異なり、いわゆる観光客が訪れる場所という感じはなく、安倍晴明に何かしらの興味がある人が訪れるという感じだった。
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晴明神社は、貴船神社、上賀茂神社、下鴨神社に比べると、こじんまりとしているが、その分、居心地のよさを感じ、社のつくりも落ち着いていて長く滞在したくなるような神社だった。
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陰陽師として活躍した安倍晴明が亡くなったのは寛弘二年(1005年)で、当時の帝である一条天皇の命により寛弘四年(1005年)に、この晴明神社が創られた。
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創建当時の晴明神社は、東は堀川通、西は黒門通、北は元誓願寺通、南は中立売通という広大なものであった。
しかし、応仁の乱の後、豊臣秀吉による都の造営や度重なる戦火によって、その規模は縮小したとのこと。
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御祭神である安倍晴明は、生前より天皇から貴族、庶民に至るまで広くその悩みや苦しみを取り払うことで大きな信頼を得ていた。
このため晴明神社は「魔除け」「厄除け」の神社となっている。
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安倍晴明は、天文暦学の道を深く極め式神を思いのままに操る霊術をも身に付けていた。
式神とは、陰陽師が使う精霊で人の目には見えないという。
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晴明公が念力により湧出させたといわれる晴明井。
病気平癒のご利益があるとされ、湧き出す水は現在でも飲むことができる。
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陰陽道では、桃は魔除け・厄除けの果物といわれている。
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晴明神社の御神木である楠は、樹齢300年。
楠は、かつて虫除けなどに使われる樟脳の原料だったそう。
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晴明神社前の大通りの前のバス停も味がある。
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こちらは晴明神社の授与所で販売されていた撤下(てっか)。
魔除けラムネで1300円。
撤下とは、棚や神前に供えられたものを下げるという意味。
晴明神社の袋も記念に購入した。
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撤下と袋は自宅で撮影。
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澄んだ空気の神気の漂う境内だった。
車で上賀茂神社、下鴨神社、晴明神社を巡り終えたのは午後1時半ごろ。
朝7時から鞍馬山を登り、合計一寺四社を巡る。
京都は一つひとつの観光名所が近くにあり、想像していた以上に順調に各所を巡ることができた。
電車やバスを使っての移動では、おそらくここまでスムーズに旅をすることは出来なかったと思う。
そういった意味では、長距離とはいえ車で京都に向かって正解だった。
この後、晴明神社の近くのラーメン店で昼食をとり、3時のチェックインに合わせてホテルに向かい、その後、夕方まで休憩して夜の京都を満喫することに。
夕方に清水寺界隈を散策し、事前に予約していた先斗町の居酒屋で夕食。
清水寺界隈は、まさにインバウンドの影響で京都にいながら京都とは思えないような光景を目にした。
京都という和の景色の中で、たくさんの外国の方々に囲まれるという、ある種、異次元的な世界を経験をした。
そういった意味では、鞍馬山から晴明神社までの旅は、京都らしい旅ができたように思う。
次回は、晴明神社の後に食べたラーメン店や夜の清水寺や先斗町での夕食の様子などをお伝えします。
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