還暦おやじのスタディアブロードWith ウクレレ㊱俺の魂が以前、北斎の魂だった???
そんなばかな!俺の魂が以前、葛飾北斎の魂だったなんてありえない?
明日の自己紹介での一番重要なポイントは、私はアブナイ人間だという誤解を解く事だ。その為に原稿をチェックしているが、ティナと作り上げた内容を出来るだけ変更したくない。
「シゲキ」と呼んでね、というのを「シゲ」と呼んでくださいと言い換えるのは簡単だが、大幅に変更するとなると再度暗記しなおさなければならない。どうすれば簡単にそれが出来るのか?そんなことを考えながらシャワーを浴びている。
しかし、やつの邪魔さえ入らなければ、今まで準備してきた内容で自信をもって臨めたのに。
全部あいつのせいだ。おけまんごろう。お前は許さない。
桶:「ヘ~い、お呼びで?」
鍵:「なんだよ。おぬし。その恰好は?」
桶:「へい、昨日時代劇を観やしたのでやす。」
鍵:「でも、時代劇ファンの私としては盗賊って嬉しいな。この部屋にピッタリ!」
桶:「随分お悩みでおますな。せいぜいお気張りやす。あっしが手伝いまやすか?」
鍵:「おぬしは、話し相手しか出来ないって聞いたぞ。」
桶:「そうでやす。しかし、だんなの前のだんなの親方とは、沢山話もしたしお手伝いもしたでやす。」
鍵:「親方ってどんな人だった?」
桶:「皆から親方って呼ばれていて、一日中絵を描いていたでやす。」
鍵:「絵描きだったの?」
桶:「江戸絵っていうのを描いておりやした」。
鍵:「えっ、江戸絵って浮世絵の事だけど、親方は浮世絵師だった、名前は?」
桶:「親方は何度も名前を変えてやしたが、最期は自分の事を卍と名乗ってやした。」
鍵:「卍!!そんなばかなぁ。おぬし、わしが北斎のファンだと知っていてからかっているなぁ。」
桶:「てやんでい、べらぼうめ。あ、失礼しやした。そんなことはないでやす。親方は、卍以外にも春朗、宗理、北斎、戴斗、為一、等と名乗ってやしたが、名前を弟子に売っちゃうので、そのたびに何度も新しくしてたでやす。」
鍵:「俺知らなかったけど「たいと」とか「いいつ」って言っていた時代もあったんだ。」
桶:「そうでやす。」
鍵:「え~。頭がくらくらしてきた。じゃ~。訊くけど、親方、いや北斎は一緒に住んでいる娘の事を何て呼んでいた。」
桶:「おーい、とか“アゴ”とか“お栄”とか呼んでいやしたが、それがどうしでやすか?」
鍵:「・・・・」こやつの言っている事はもしかしたら本当かもしれないと心の声。
桶:「あたぼうよ!だんな。あっしの言っていることは本当でやす。魂は嘘つきまへん。」
鍵:「なんで声に出していないのにおぬしに聞こえるんだ。」
桶:「だんな。あっしにはだんなが脳で考える事が全部伝わるんでやす。あっしと話すときは声に出して言う事はないのでやす。」
鍵:「北斎は、引っ越しが好きだったかい?」
桶:「親方は年中引っ越ししてたでおま。北斎と名乗っていた時には、一日に2度も引っ越しやしたでおま。多分、生涯で引っ越ししたのは90回以上になると思いやすが、目的は役人から逃げるのと、わてと話ができる場所を探していたでやす。」
浮世絵師は役人から追われていた。
老中が松平定信の時代は浮世絵は禁止だった。その為、北斎も追われていた。
鍵:「江戸時代は、浮世絵を禁止していた時期もあったし、美人画で一世を風靡した喜多川歌麿が役人に捕まって手鎖50日の罰を受けて出所後に54歳で逝去したし、歌麿の版元であった蔦屋重三郎は過料により財産の半分を没収されたなんて、こともあったよな。
だから同じ版元から出版していたことで役人からにらまれていた北斎も逃げ回っていたと考えられるけど、どうして北斎はおぬしと話せる場所を探していたんだ。」
桶:「そうでやした、蔦重もそのことを嘆いておりやした。そして親方は、あっしを通訳として使っていやしたが、パワースポットでないと親方と話も出来なかったのでやす。」
北斎はカプタンから絵の依頼を受けていた
鍵:「通訳って?そして、パワースポットってなんだよ。」
桶:「親方とカプタンが話をする時の通訳でおま。パワースポットは今で言うところのWi-Fiでやす。」
鍵:「カプタンって、チョット待ってググってみるから。えーと、カプタンは、江戸時代、東インド会社が日本に置いた商館の最高責任者で商館長の事。1550年に九州の平戸にポルトガル商船が来航し、1560年からは平戸での貿易が許可され、平戸ポルトガル商館が建設されるようになった。また、ポルトガルの要請を受けて長崎を開港、長崎にも長崎ポルトガル商館が立つようになった。それが長崎県の出島だ。」
桶:「そこのカプタンが時々江戸に来て浮世絵を買付に来たり、西洋の絵を売りに来たりしていたのでおりやす。
カプタンによっては、国へのお土産にこういった絵を描いてくれなどと言う注文をする人もおりやした。それを、親方や版元の蔦重が聞いてそれぞれ得意と思われる絵師に書いて貰うという事をしておりやした。
しかし、相手の言葉が分からないのであっしが、通訳して親方に伝えてやした。」
私はアブナイ人ではない
桶:「だんな。元はといえばあっしがまいた種。お手伝いするでやす。」
鍵:「そうかそれは助かる。わしが明日、英語で自己紹介するので、途中で言葉に詰まったらヘルプしてくれ。」
桶:「だんなが事前に英語で読み上げてくれたらそれを全部記憶媒体にコピーしときやすので、親方が指示してくれたらその部分を脳に伝達しやす。」
鍵:「かたじけない。とにかく明日の自己紹介では、わしがアブナイ人間でないことを皆に強く印象付けなくてはならんのだ。頼んだぞ。」
桶:「ガッテン承知のすけ。」
鍵:「See you.じゃなかった“とっとと失せやがれ、このすっとこどっこい”」ってちょっと違ったかな。
それでも、桶まんの姿は消えた。それにしてもあいつと話しているとつられてこちらの言葉の使い方がおかしくなってくるがあいつの話は興味深いし楽しい。
スマホで時間を確認すると11時。アシスタントを起動してアラームをセットして、寝ることにする。「Ok, Google Set the alarm at 6 a.m.」グーグル、6時にアラームをセットして。
明日の朝は早起きして、自己紹介文を再作成してSkypeレッスンでチェックしてもらうつもりだ。内容を変更しても桶まんがサポートしてくれるのならまる暗記しなくても大丈夫だと安心したら、砂さんとチエさんのことがふと気になってきた。
二人はカラオケから帰ってきたかなぁ。どんな歌を歌ったのだろう。明日の朝食の時間に聞いてみなくちゃ。
アラームが鳴る前に目が覚めてスマホを見ると5時を少し過ぎたぐらいだった。
いつものように動画のお気に入りからラジオ体操を選び裸のまま第2体操までやったあとにウクレレの練習をした。
便意を感じたのでシャワー室で温度を調整してからトイレへ。
そして、トイレでハンドウォシュレットしてからシャワーを浴びた。昨日買ったボディソープとシャンプーの香りは、ある夏の日の記憶を呼び起こしてくれる。
それはビーチで夏の暑い日差しを浴びながら、缶ビールを片手に白い肌の彼女の背中に日焼けローシションを塗っていている光景だ。
10代最後の私にはオレンジのビキニがまぶしかった。
鎌倉の材木座海岸だったがビーチ全体にTUBEの♪あー夏休み♪が大音量で流れていて、我々のすぐ近くで小麦色の肌の女達がビーチボールで黄色い声をあげながら遊んでいた。傍らで彼女らを意識しながら男らがカップヌードルを食べながら雀卓を囲んでいた。彼らの手元にはおびただしい缶ビールが転がっていた。
彼女の顔をみようとするが何度見ても見ることが出来ない。やっと見られたと思ったら妻の顔になってしまう。そして、私の視線の先には3人の子供達。なんってこった。サラリーマン時代にマイホームパパと揶揄されたが、青春時代の淡い恋の記憶までも上書きされてしまっていた。
気を取り直して服を着てskype レッスンの準備をすることにする。まずは自己紹介の文章をチェック。
私がアブナイ人間ではないということを分かってもらえる為にどうするか?
そもそも何故そう思われたのか?と自問自答してみる。
元はと言えば、桶まんご・・わーアブナイ、アブナイもう少しで奴のフルネームを呼んじゃうところだった。桶まんの奴が私とフルーツとの会話に割り込んできて、隣でごちゃごちゃ云うから私と喧嘩になって言い争ったからだ。
フルーツやジャムには、奴の姿が見えないし奴の声が聞こえないから、私が一人芝居をしている様に映ったようだ。
私はアブナイ人間ではありませんと言っても、代官のように一流企業に勤めていましたと言っても、説得力はないだろう。楽しむためにマニラに来たのに、何でこんなことで悩まなければならないんだ。冗談じゃない。桶まんごろうの奴は許さん!
桶:「Hello! だんな。お呼びで?」
鍵:「なんてこった。又、おぬしを呼び出しちゃった。」
桶:「だんな。たいそうお悩みでやすな?」
鍵:「どうでもいいけど、その旦那という言い方はやめてくれ。」
桶:「だんなはダメ?では、何ってお呼びしやすか?」
鍵:「そうだな。北斎が親方だから、う~ん、ご隠居がいいなぁ。」
桶:「Got it.ご隠居って水戸黄門みたいでやすね。」
鍵:「そうそう一度水戸黄門になってみたかったのですじゃ。ところで助さん。Got it.ってどんな意味なんですかな。」
桶:「あっしは、助じゃござんせんが、ガッテン承知という意味でござんす。」
鍵:「そのフレーズ使えるな。しかし、助さんが渡世人風に話すのもおもしろいですな。それに助さんから英会話のレッスンを受けるとは思いもしなかったですよ。ついでにわしの悩みも解決して欲しいですな。」
It's a piece of cake!
桶:「ご隠居、そんなの“It’s a piece of cake”でござんす。」
鍵:「それって?」
桶:「朝飯前でござんす。」
鍵:「勉強になりますなぁ。今日、忘れる前に使ってみますよ。助さんまたお会いましょう。とっとと、」
桶:「ちょっと待っておくんなせぇ。ご隠居、解決策は聞かなくていいのでございますか?」
鍵:「あてにしてもいいのですかな?助さん。」
桶:「へい。あっしに任せておくんなせぇ。まず、ご隠居が見えない奴と話をしていたというのを正当化すればよござんす。」
鍵:「そんなことが出来るのですかな?しかし、それにしても助さんは、コロコロとキャラ変しますなぁ。」
桶:「へい。昨日の夜、TVで水戸黄門を観やしたので。ご隠居は自己紹介の時に“私は落語が好きだ”って言っちゃえばよいのでござんす。」
鍵:「落語が好き??なるほど。それは使えるなぁ。落語が好きなので、誰かと話していても一人で二役を演じてしまうことがあるのです、ってかぁ。よしゃ、その作戦はよろしいですな。
まずは、自己紹介の文章に落語が好きだという部分を追加することにしますかな。
助さん。ありがとう。これから朝食に行くから。“とっとと、うせやがれ、このすっとこどっこい”
桶まんが、まんごろうに戻ったのを確認して、食堂に向かった。