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命のコスパ-2053年の尊厳死- 第12話

コラム:意味の変わった特殊清掃業

 特殊清掃業は、徐々にその意味を変えつつある。
「特殊」とつくだけあって、もともと従事者の少ない、需要も限定的だった業態だ。
 だが、急速にその範囲は拡大していった。

 孤独死が爆発的に増えたからである。
 少子高齢化が深刻になり始めた当時から、さんざん言われていた問題だが、結局はなんの打開策もなかったのだ。
 介護職は慢性的な人手不足が続き、さらに全世帯で医療費の負担額は3割に統一された。これによって、潤沢な資金のない高齢者は、満足な介護を得られないままやむを得ず一人暮らしになり、その後は公的支援から見えにくくなったのだ。
 特に認知症を患うと、親族も関わろうとしないことが増えた。独居老人はそのまま放置され、結果孤独死するのである。
 もともと孤独死にいいイメージなどありはしないが、認知症の果に亡くなる場合は、特に住宅の損壊が酷い。
 ほとんど支援がないため、生活が荒れ果てるのだ。生ゴミがあれば自炊できていたからまだマシと言われるほどで、ひどい場合には部屋中に排泄物が撒き散らされ、その中で遺体がぐずぐずに腐乱していることもある。
 ゴミ屋敷ならまだ清掃すれば済むが、こうなってしまうと死後の公的処理も含めて大仕事になってしまう。

 それらを引き受けるようになったのが、いわゆる特殊清掃業者だ。
 孤独死などの変死体があった物件の汚染除去、遺体や血液、肉片の除去、死臭や腐乱臭の消臭、感染症予防のための消毒、ハエやウジなどの衛生害虫の害虫駆除、残置物処理、室内解体工事、原状回復工事などの原状回復や原状復旧などを手掛ける業者である。
 尊厳死法の施行後、この特殊清掃業者が、尊厳死した人の居宅を清掃するようになったのは、当然の成り行きだった。
 これに加えて、もともとは別業種だった遺品整理業者と混合が進み、孤独死者が出た場合の事後処理をワンストップで引き受ける業者がシェアを伸ばしたのだ。
 さらに業者によるが、存命中であっても行政の指導の下、ゴミ屋敷の異臭の苦情、公道にまで漏れ出るゴミの清掃も引き受ける。この場合は、あくまで危険物の除去という体裁で行われるようだ。
 しかしながら、事故物件化してからよりも、存命中に清掃したほうが負担がずっと軽いため、2050年からはこの「危険物の除去」という根拠が拡大されだした。自治体によって違いはあるものの、総じて認知症を患った独居老人が補足されると、半年から一年に一度程度の頻度で、自治体職員や特殊清掃業者が訪問し、必要な場合は清掃する。
 認知症でまったく話の通じない居住者を横に置き、ともかく共用スペースや公道にはみ出たゴミを屋内に押し込めるという、かなり乱暴な手段だ。もっとも周辺住民からすれば、やらないよりはよほどマシだという話なのだろう。そもそも特殊清掃業者にしろ自治体職員にしろ、人手が足らない。時期や環境に依存するが、亡くなってしまって半年も経てば遺体は著しく損壊する。
 自治体の苦肉の策と言ってもいいだろう。

 もちろん問題がないわけではない。一部の業者が、認知症になっていない独居老人の居宅で勝手に作業して、費用を自治体に請求するなどという事件も起こった。一般人が近寄りがたい職種であるため、反社会的勢力のシノギになっているとも言われる。事件は一度や二度ではないが、未だに何の解決策も方策も打ち出されておらず、一人暮らしの老人の声はないも同然に黙殺されている。そもそも被害の声が出ないことも多いのだ。普段の生活自体もままならない認知症を患っていることばかりなのだ。被害にあっていない人でも、妄想と区別がつかない事がある。そういった難しさもあって、実態の調査はまったくされていないと言っていい。
 事業の拡大、それにともなう反社会的勢力の流入、人手不足による低い捕捉率。
 やらないよりマシかもしれないが、決して十全とは言い難い。だが、それが現実だ。

 驚くべきなのは、孤独死の6割は病死とされるのに、平均寿命はまったく下がっていないことである。
 男性が84歳、女性が90歳と、下がるどころか順調に伸びているのだ。
 医療負担が増え、年金額は減ったにしろ、寿命には影響がなかったのだ。現役世代から五割近く天引きをしていた2020年代の高負担は、健康寿命になんら与しなかったということだ。
 医療費の大部分は、高齢者に費やされていた。介護、医療、年金の3つで150兆円規模の歳出だった。当時のGDP比にして1.3倍である。それをして寿命に影響がなかったのだ。
 虚しいばかりである。

 その歪みを、今の特殊清掃業者が、まとめて拭き去っているような気がしている。
 特殊清掃業は、その意味を、意義を変えてしまったのだ。

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