記録より記憶。記憶のための記録
今日は、記録より記憶っていうけど、記憶のためには記録が必要って話を書きます。
よくスポーツとかで、記録より記憶に残るって聞くじゃないですか。
なんとなく快挙を残す記録より、人々の記憶に残ることが大切みたいな感じがするんですが。
ふとスポーツではなくて、サブカル文化に関しての記憶に残るってことを考えてみたんですよね。
そしたら、記憶に残るためには記録が必要なんじゃないかと。
そもそも記録について調べた時、2つの意味が出てきました。
① 後々まで伝える必要のある事柄を書きしるすこと。その書きしるしたもの。 ② 競技などの成績・結果。特にその最高のもの。
「記録より記憶」と言われる場合の、記録の意味は②に当たります。
これは、まあ確かになあと思うんですが。
①の記録の意味は、記憶する以上に重要なことだと思ったわけです。
今の世の中、爆発的に何かのコンテンツがバズっても、次にいくサイクルが本当に早くなってるなあと思っていて。
昔は長い期間楽しんでいたのが、あっという間に消費していっています。
どんどん生み出す流れもできていれば、それはそれで良いことなんですが、なんとなくどれだけ良いものでも、昔より記憶に残らなくなってしまってるなあと思っていて。
それに唯一対抗して、記憶に残り続けるためにはどうすれば良いのかなと思った時に、記録に残し続けていくことが重要なのかなと、当たり前のことながら思ったわけです。
自分が見てきた中で、本当に良いもので残っていってるのは、それを伝承していったり、創作物として残していったり、熱狂的なファンの記録によって結果的に記憶に残り続けていったのだと思います。
日本での最たるものが「初音ミク」なのかなと思っていて。
あれほどマイノリティーの存在からマジョリティーとなっていき、今も残っているものは珍しいなと思います。
だから、自分が本当に良いと思うものは記録を残し続けていきたいと思いますね