佐藤俊樹『近代・組織・資本主義』(2章、3章)



◯ 第二章 ゼクテの論理と近代社会 -コルプスからコーポレーションへ-


 中世後期以来の西ヨーロッパは二つの身体論 (社会は身体であり、一つの人格=王がそれを代表する) を一次モデルとしており、社団もその延長上にあった。それに対してピューリタンは契約神学 (人間と神が契約を結ぶ) を一次モデルとしている。これはとくに「個人単位の契約」と「見えない聖徒[=救済の不可視性]」という特徴をもつものであった。では、この一次モデルは個人と組織に何をもたらしたのだろうか。

 まず、個人に対する影響から考えてみよう。

 そもそも「個人単位の契約」はどのようにして可能になったのだろうか。原罪が人間の側にあるという考えを徹底するためには、人間に責任を帰する根拠が必要となる。そこから、人間には選択能力=自由意志があり、その選択ゆえに人間が責任を負うのだとされる。罪の発見は、同時に選択する主体を発見するのである。こうして「自由に選択する自由な個人」というものが契約神学のなかで発明されることになった。

 そして、契約神学においてはそこに「見えない聖徒」といった救済の不確実性が加わる。これは常に自己の〈自由意志 / 欲望〉を疑い続ける無限の二重体を生むことになった。「私は救済されるか」、すなわち「私の選択は、欲望に動かされた罪深いものではないか」を常に疑い続ける主体が生まれることになるのである。こうして、欲望と自由意志という準拠点は消去不可能なものとなる。これが、契約神学が個人に対してもたらしたものであった。

 では、契約神学は社会に対して何をもたらしたか。

 中世カトリックは自然発生する正しい秩序への傾向性を信じたため、ローマ教会という特別の組織を信じられた (キルへ)。しかし、全て等しく堕落していると考えるプロテスタントはこうした組織の存在を信じることができない。それゆえ、プロテスタントは信仰の共通性によって自発的につどうという形をとることになる (ゼクテ)。

 しかし、誰も正しい信仰とは何かを確信できない以上、この「信仰の共通性」に基づく組織は一時的なものにしかなりえない。信仰には常に誤っている可能性がつきまとうのだから、誤っていると感じた人はそこから抜け出てしまう。それゆえゼクテは離脱の自由を持つことになる。ピューリタニズムが組織にもたらしたのは、まさしくこのゼクテの論理 (合意と契約[=離脱の自由]の論理) であった。実際、マサチューセッツ社会の会社組織のハード・ウェアはこの論理に支えられていたのである。



◯ 第三章 近代社会とホッブス問題 -近代のダイナミズム-

 近代の大きな特徴として、① 個人の選択の自由を大幅に認める選択-帰責の論理を採用していること、② 諸制度が高度な可変性をもつことが挙げられる。これについて、具体的な諸制度 (制度Ⅰ) とその制度を更新するルール (制度Ⅱ) という二つのレベルの複合という視点から考えてみることにしよう。

(なお、ここでは制度Ⅱ=「制度を更新するルール」だとされているが、以降制度Ⅱは主に「制度Ⅰを選択する自由」を意味する言葉として使われている。まぁ「制度Ⅰのあり方を選択する」=「制度を更新する」ってことなのかな。)

 制度Ⅱが選択する自由である以上、そこには責任が観察される。①' 個人の選択-帰責の論理を採用した19世紀近代における制度Ⅱは、諸制度の選択の責任を個人に負わせるものであった。このような仕組みゆえに、変動のリスクと責任負荷は社会にとって小さなものとなり、②' 制度の高度な可変性が生み出されるのである。(仮に、選択した結果の責任を社会が負わなければならないとしたら、社会は及び腰になり制度Ⅰの変化は遅いものとなってしまう。[国家主導で西洋の諸制度を選択した日本などはまさにこうした問題を抱えていた。] しかし、その選択の責任を個人が[有限の形で (cf.一章)]引き受けるのであれば、変化は素早く多様なものとなる。) とくにピューリタン社会においては、自由な個人が理想の社会を目指して無限に諸制度の変更を続けていくであろう。こうして近代の特徴がピューリタニズムのなかで準備されていく。

 ただし、こうしたピューリタンの世界観に困難がないわけではない。それゆえ19世紀型近代社会では自然と進歩が正面に現れる。個人の自由は原罪ではなく「自然な権利」となり、神の秩序への漸近運動は「進歩」となるのである。

 まとめておこう。ピューリタニズムは契約神学によって個人を社会以前の存在として想定した (真の個人性の想定)。そして、ゼクテに表れていたように、その個人が契約によって会社=社会を形成したのである (理想的な秩序の想定)。こうした想定にはもちろん無理がある。しかし、西洋近代はこの想定を消しさることはできない。



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