第七話 「転校」
よくわからない。よくわからないが、いつの間にか私は転校していた。
確か一年生の二学期になる頃には私は転校生となっていた。なぜ学校が変わって、なぜ引っ越しをしたのか、小学校一年生の私には到底理解出来なかったが、母は嬉しがっていた様子だったので、家族にとってこの引っ越しは良い出来事なのだろう。
引っ越し先は、これまで住んでいた町から駅二つ分離れた所だ。家が少なく、田んぼに囲まれた、いわゆる田舎だ。そんな中でも比較的町寄りの方に建てられていた平屋の貸家に、母と、兄と私、そして新たに男の人と住むことになった。
どうやら母は再婚したようだった。
色黒で、パンチパーマで、見た目がいかつく、お世辞にも優しそうには見えない、歳は母と同じぐらいで三十代後半といった所だろうか。
どうやらこの人が新しいお父さんになるらしい。というか、新しいお父さんもなにも、古いお父さんの記憶もないし、そもそも川で拾った子供なんじゃないのか。急に転校させられた上に、見知らぬ男の人をお父さんと呼ばなくてはならない。なんだこの状況は。
が、どうしようもない。小学校一年生の無力の私には、母が決めた事に従う。これしか術はなかった。
転校先は、新しい家から徒歩十五分くらいにある。緑に囲まれた学校だ。今でも当時の景観をそのまま残している。そんな学校だ。そんな学校で早くも私は、今の性格が形成される上で非常に重要な経験をする。
その学校では、全校児童が体育館に集まる全体朝礼の中で、転校生の紹介をするという時間が設けられていた。紹介だけならいいが、転校生自ら、軽く自己紹介をしなければならなかった。近くには母親が固唾を飲んで見守っている。今の学校でもこんなことやっているのだろうか。
よくわからないまま転校させられ、よくわからないまま知らない男の人と住むことになり、よくわからないまま自己紹介をしようと、今こうしてマイクを握っている。よくわからないが、ここは一世一代の大舞台のようだ。
そして私は、名スピーチを披露する。
「○○しょうがっこうからやってきた、○○○○です!こんど、いちねんいっくみにはいります!どうぞ、よろしくおねがいしまぁす!」
すると、会場がどっと笑いに包まれた。何がおかしいのかその時はわからなかったが、どうやら、「やってきた」の部分と、「いっくみ」がウケていた事がのちに母から聞いてわかった。「やってきた」って…オマエはヒーローか!というツッコミと、「いっくみ」って…いちくみね!というツッコミによる笑いだったようだ。ボケたつもりなどもちろんなく、真剣にやったまでである。母も笑いながら状況を説明してくれた。
…なんだろうこの感覚は。拾われた子供が、ようやく母に存在を認められたような気がした。みんなが笑ってくれて、恥ずかしく思うどころか、嬉しかった。光が差して目が覚めるような感覚が僕を包む。
そこから私の性格は噓のように明るくなり、クラスのムードメーカー的存在になっていくのである。
そう、学校は楽しかった。学校は。