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「老人と猫」3



フクちゃんの通院カルテと経過と思い出あれこれ。

23.2.4
引越し前に通院。
歯周病による痛みあり、右上顎化膿
パウチ食べるが食事量少なめ。
血液検査
腎臓の数値は高いが年齢相応。
コンベニア、デポメ、1TDC
化膿は良くなったが、痛み軽減ない様子。

23.2.18
口の痛み継続
コンベニア、デポメ
痛み軽減ない様子。
関節痛あり、ジャンプするのを戸惑っている。
ソレンシア注射
後日痛み軽減。ひょいとジャンプできるようになる。
新しい家や先住猫に臆することなく、マイペースに過ごしている。


23.4.1
残ってた2本の犬歯のうち、上の犬歯が折れる。
痛がり、口の周りを掻いて出血。水も飲めない。
抜歯は全身麻酔になり、高齢&腎臓数値の高いので負担大の説明を受ける。
最悪、麻酔から醒めない。
痛みで食事も水分補給も出来ず、苦しいまま衰弱させるくらいなら、と抜歯の予約をする。
18歳猫の全身麻酔と全顎抜歯。
ここまで高齢になるとネット検索してもなかなか出てこない。

1年ほど前、フクちゃんの相棒から、「おフクの痛い歯、病院で抜いてやってくれ」と言われた事があった。
「全身麻酔は高齢で腎臓も悪いフクちゃんには負担が大きすぎる。今はなんとかご飯食べられているのだから、もう少し様子を見ては」と返答したな、私は。
あの時、フクちゃんがもし死んでしまったら、この人も一気に弱ってしまうだろうな、と想像したんだった。

後日お嬢さんが「父の生前に、うちが治療すべきだった」と言ってくれたが、これは私が招いた事態で、フクちゃんに大変申し訳ない。

帰りにフクちゃんの実家のお屋敷前を通ると、庭の桜が満開だった。
ひらひらと花びらが舞っていて綺麗だった。
2ヶ月経ってもまだ、窓から、木の上から、そこかしこにお屋敷の主人の気配があるような気がした。

フクちゃんは口を掻きむしるのをやめて、鼻をぴくぴくさせながら、じっとお屋敷を見つめていた。

術前血液検査
ソレンシア注射
口の痛みにも少々効いた様子。


23.4.3
全身麻酔で抜歯と縫合
何日も不安で堪らなかった。

夕方、麻酔からも無事に醒め、歯周病の悪化から歯も抜きやすく、手術時間も麻酔の量も少なくて済んだと説明を受ける。

ふらつきもなく、診察台でうわあ、うわあ、と鳴きながら頭突きして甘えてくるフクちゃんは、泣けてくる位可愛かった。

小さな口の中と1ミリにも満たない小さな歯を一本一本丁寧に診て下さっていて、悪くない歯、右下の犬歯は残してくれていた。

ほとんどの歯が無くなり、口の中は縫合だらけなのに、その日から沢山ご飯を食べた。
首を振ったり、口を搔くなどの痛がる様子もなし。
人間は親知らず一本抜いただけで「ご飯食べれなぁい」となるのに、なんと強い生き物か。
さすがかの方の相棒猫。


23.4.15
術後2週間後の血液検査、
口腔内チェック

口腔内は良好に治癒傾向。
全身麻酔での抜歯だった為、当然腎臓の数値はup。
食欲もup。カリカリでもウェットでも沢山食べる。
痛みがないせいか、ご機嫌がめちゃくちゃ良い。

23.5.13
ゼリー状の半透明の血の塊の下血とうっすら血尿あり。
水を沢山飲んで吐いた。
食欲変わりなくある。
血液検査
BUN83.5
クレアチニン3.33
2〜3日に1回200mℓ点滴指示
ラプロス朝夕、ビクタス
コンベニア注射

指示通り通院で下血、血尿止まる。

フクちゃんと実家のお屋敷に寄せてもらう。
遺品の整理に来られていた息子さんとお会いする。
「覚えてるかな」「ねえ、どうでしょう」と言いながらキャリーを開けると、フクちゃんはすぐに出てきた。

「どうしてもここを通る時は声をかけること」とかつての恋人から教育されていたフクちゃんは、「うわあ、うわあ」と鳴きながら、禁止エリアのキッチンと廊下を通り、いつも恋人と居た寝室で寝そべり、広いサンルームと奥の和室前の廊下で日向ぼっこをしていた。
猫は家につくと言うが、実にその通りだと思う。

息子さんから、父の履歴書が出てきたよと、大変貴重な物を拝見させていただく。

15歳で海軍に入隊、21歳で海軍上等兵曹と書いてあり、17歳で大東亜戦争に従事、ハワイ、アメリカ、横須賀、呉、何年にもわたり戦務、戦務と記されてあった。

「父、パールハーバーに行っていたようです」と息子さんが言った。
真っ白な水兵さんの服を着た、当時の写真のその人は、顔は子供なのに表情は大人のようだった。

船のお風呂やお手入れや、玉ねぎをかじった話ばかりで、聞いても戦争の話をしてくれなかった。

「僕たちは戦争なんかしちゃいなかった」
「ただ毎日生きていたんだよ」と。



23.5.20
食事、飲水量多めで状態安定。
フクちゃんと自分の負担軽減の為、数日おきの点滴通院→自宅点滴への切り替えを希望する。
輸液パックと針とアルコール綿の処方。

『なんなの、もう』と言いながら自宅で点滴させてくれる。
小さな肩甲骨の間に太い針を刺す。
お薬も錠剤のまま上手に飲む。
お顔を撫でるとゴロゴロいう。
賢い子。可愛い子。

23.5.27
食事量、飲水量多め、機嫌よく活動量多め。
血液検査
BUN横ばい
クレアチニン5.30
尿検査結果
潜血(−)
ソレンシア注射
ラプロス、点滴継続
FCVリキッドプロ追加

23.6.24
23.7.28
服薬、点滴継続で安定。

23.8.13
通院前にフクちゃんの実家へ寄せていただく。
お父さんの初盆で、お嬢さんが遺品の整理をしていた。
フクちゃんは沢山撫でてもらって声を出して甘えていた。
意欲的な表情で庭に出て、迷わず縁の下手前の壁際に寝転ぶ。
暑いよ、と迎えに行くと、フクちゃんのいる場所は縁の下から冷たい風が通り、とても涼しかった。
やっぱりこの家をずっと覚えている。
快適な場所を知り尽くしてる。

初盆ですよ、相棒で恋人のあの人は帰ってきていた?

血液検査の数値横ばい、点滴、服薬継続。

23.9.22
23.11.12
安定していた。血液検査の数値は横ばい。クレアチニンは3〜4の間を行ったり来たりで一時期を思えばまあ良しとする。

点滴、お薬、ホットパック継続でご機嫌良く、活動量も増。
ご飯もしっかり食べれていて、痛みもない様子。
ソレンシア注射も継続しているので、今まで登れなかった高い場所にも登れるようになった。
食べる事が好きだったようで、グルメになってきた。
釣ってきた新鮮な魚を捌いていると『ちょうだい』と言いにくる。
19歳になった。
欲しいものは何でも食べたらいいよ。
抜歯に耐えてくれて本当に良かった。
何か治療して何か失うのは人間も同じ。
体重が2.9キロから3.6キロに増加。
毛艶も良く、丹念に毛繕いしている。

23.11.20
透明の鼻水、赤い涙が出る。鼻が詰まっている音がする。
コンベニア、
PAヨード点眼追加。

薬と点滴は問題ないが、点眼はイヤイヤと首を振る。
赤い涙は止まり、グスグスも治る。

そういえば相棒さんの生前も同じような症状があり、丁度遠方から来ていた息子さんに点眼をお願いした事があった。
動物の点眼は手元がしっかりした方でないと危ないので。
「イヤイヤと言って引っ掻かれました」と笑って話して下さった。
フクちゃん、あなたは幸せ者。
相棒さんも幸せ者。

23.12.26
状態安定と伝える。
体重は3.9キロに増えてお尻が丸くなって可愛い。
病院でも脚をぱかっと開けてお腹を見せる。
血を取られる時も皆に撫でられてゴロゴロ言っている。
血液検査の数値は少し良くなった。
ソレンシア、お薬、点滴継続。
状態安定が続いているので、点滴の回数を減らして様子観察の指示。

23.12.29
前日夜からピタっとご飯食べず、夜間に胃液を5回吐く。
泥状の下痢3回。尿意が間に合わないのか、失禁しても気づいていない様子。
脱水が進行する為、手持ちのファモチジン(胃薬)飲ませ、点滴。
朝イチで受診。
ファモチジン追加処方。
急性腎不全の可能性あり、入院ではなく自宅での治療を希望する。
食べられるようになるまで回数増やして点滴の指示。

調子が悪いのでじっとしている。
食べない、飲まない。
ヨロヨロでもちゃんとトイレに行く。

23.12.31
大晦日。
指示通り処置して観察していたが、ごはんは食べない。指に乗せて差し出すと好きな味のちゅーるだけ少し舐める。
相変わらず布団の中でじっとしていて、撫でるとゴロゴロ言う。
吐いてしまうのでラプロスとFCVはskip。
下痢が続き血が混じるようになった。

胸水10%
体重3.5キロに減少。
レスチオン、バソラミン、ディアバスター等

明日から動物病院は正月休みに入るが、状態が変わらないなら来て良いよ、と言ってくれた。
先生たちは嫌な顔一つせず、苦しい動物や困った人の為に元旦でも病院を開けてくれる。

その時が来たらフクちゃんを潔く相棒さんにお返ししよう、なんて格好の良い事を誓っておきながら、やっぱりもうちょっと待ってよ、なんて思っていた。
たった10ヶ月一緒に居ただけで、あまりにも可愛くてすっかり惜しくなってしまった。
相棒さん、まだ迎えに来ないで。
この子と離れて1年も待てないの、明日はお正月ですよ、御神酒でも飲んで、ああ、毎年ご馳走してくれていましたね、とにかくもうちょっと辛抱して下さい、なんて思っていた。

私はみっともなく命乞いをするタイプだ。
ダサくて良いのだ、惜しいのだ。

神(?)頼みのおかげか、夕方からご飯を食べだし、血便も止まった。
元日にはいつものように動き出し、心配でついて回っていたエビス君に猫ビンタをしていた。

食べ始めると調子が良くなり、ヨロヨロも改善して良いウンチをするようになった。
お正月からご飯もしっかり食べ、吐き戻しなし、調子が良くなる。
点滴と服薬継続。


24.1.20
吐き戻す事もなく食事もしっかり食べているが、何か変。

数日前から夜中によく鳴くようになった。
観察するとごはんやトイレに行くルートが変わり、壁やドア沿いを歩いている。
まさかと思い、目の前で好きなおもちゃを振ったら追わなかった。

目が見えなくなった?

検査の結果
右眼網膜剥離
左眼眼底出血あり。
両眼血管拡張。
右は失明、左は光と影がなんとなく見えている程度と言われる。
呑気に様子観察なんかせずに、よく鳴いた日に受診するべきだった。
年末に体調を崩し、治療して良くなったと思っていたが、ツケが回ってきた。
薬には必ず副作用があるのに。

血圧が高く、加齢による甲状腺機能の関係もあり、また腎臓病の治療の副作用もあるという。
夜に鳴くのは血圧か甲状腺が原因の可能性が高く、血圧が上がると猫もしんどいという。

アムロジピン1/4、1日1回、ステロップ点眼1日4回追加

猫は様々な器官で空間を認識していて、元々人間ほど目に頼って生きてないから、人間が視力を失うのと同列に考えない方が良い、幸いこの子には認知症もなく、何がどこにあるか分かっている、と医師が助言してくれた。

私のせいで、私の所に来たせいで、と悲観していたが、今回もメソメソしてるのは自分だけで、フクちゃんは物にぶつかる事なく歩き、トイレもご飯も日向ぼっこも、いつもの甘えん坊もマイペースに問題なくこなしていた。

白い男と黒い男は隙あらばフクちゃんにくっついて甘えようとするが、あまりしつこいと猫ビンタされる。

目が見えなくなってもビンタの的中率は変わらなかった。


24.1.27
点眼薬追加で継続中。
見え方はそう変わらない様子だが、相変わらずどこにもぶつからず上手に歩けている。

午後、フクちゃんの実家に寄せてもらう。
朝から一緒に釣りをした上司と、そのお子さんも一緒にお邪魔した。
一周忌の法要の為、家族様総出で来られていて、今回も遺品の片付けをされていた。
広いお屋敷は、フクちゃんの相棒さんのそのまたお父さんが建てたそうで、改築、増築を繰り返し、大勢の方が出入りしていた。
元々綺麗に片付けされたお家だったが、歴史が長く広いだけに、沢山物があって片付けが大変だとお嬢さんが仰っていた。
フクちゃんは沢山撫でてもらい、お嬢さんの手が止まると『もっと、もっと』と大きな声で鳴いた。

日本刀や古書、ご先祖が受けた勲章、奥様が好きだったという焼き物の数々。

フクちゃんの相棒さんが1番好きだったのは庭と土いじりだった。
広くて見事な庭で、更に奥には畑があり、数人の庭師さんが何日もかけて剪定していた。
庭師さんの事を大事にしていて、連日立派なお弁当を出前し、おやつを用意して楽しそうにもてなしていた。

ご自身もかなり高齢になるまで木に登り、暗くなるまで夢中で畑仕事をしていた。
畑仕事が出来なくなっても、庭で採れた柿や金柑、何日もかけて綺麗に掃除した銀杏を皆に分けてくれた。

更に高齢になり、庭で座り込んで作業していると、支えなしでは立ち上がれなくなった。
それでも庭に出るのを辞めず、土を触っている時が1番幸せだ、と言いながら「世話できなくても強くて勝手に育つから」という理由で一緒にミョウガの苗を植えた。
土がいっぱいついた手で、僕は土いじりが何より楽しい、今が1番幸せだと笑っていた。


99歳の十五夜の夜、サンルームから庭に当たる月の明かりが綺麗だと、4時間も月を眺めていたと聞き、「だから朝起きれないんですよ、昼夜逆転してる」と野暮な苦言を言ってしまったが、その感受性の豊かさと可愛らしさに皆が惹かれていた。

「あんな明るくて大きな月、久しぶりに見たよ」
「今は夜でも街が明るいから、月の明るさが分からないだろ?」

フクちゃんもその月を一緒に見ただろうか。

24.2.24
降圧剤のおかげか、夜中に鳴くことは無くなり、血圧も少し下がった。
点眼で右眼底の出血は落ち着き、両眼の血管拡張も軽減したが見え方は変わらず。

アムロジピン、点眼継続。
点滴とラプロス、FCV継続。


24.3.2
24.4.7
状態安定。内服と点滴内容も変更なし。
去年の今頃は抜歯があって大変だったねえと、帰りにお屋敷前を通る。
今年も桜満開。
少しの間フクちゃんを抱いて外からお花見。


24.4.28
血圧、まずまず安定。
点滴、服薬で腎臓の血液検査の結果も横ばい。
食事も排泄もしっかり出来ていて、体重も3.7〜3.8キロを行ったり来たり。
点滴と内服薬継続。

24.5.18
お嬢さんから連絡があり、フクちゃんと一緒にお屋敷へ。
自宅の片付けが最終段階に入り、電化製品など必要な方が居ればどうぞ、と仰って下さり、ピカピカに掃除した電化製品を沢山譲って下さった。
仕事柄色んなお宅に出入りしているので、寒いのに暖房器具が買えない、またその逆も、という家庭に、もし捨ててしまうのならください、と以前にお願いをしていた。
車に乗り切らず、2日にわけて訪問させていただいた。
どの製品も欲しいという方が多く、両日とも頂いた日に必要なお宅に配り終わってしまった。
なんだか寂しかった。

フクちゃんがこのお家に帰れるのは、ご家族の皆さんに順繰りに撫でてもらえるのは、これが最後になる。

土地を売りにだしたらあっと言う間に買い手がつき、夏には更地になる予定です。と息子さんが仰っていた。
ここは治安がよく、昔から良い場所ですもんね、と返した。

ここらへんに空き地なんてない。
空いたらすぐに新しい家が建っている。
こんなに広い土地が一気に売りに出される事はそうないだろう。

お嬢さんは寂しそうだった。

物が無くなったお屋敷は、思った以上に広く、長年にわたり沢山の人が暮らした迫力があった。

仕事であってもなくても、よくこのお屋敷に出入りさせてもらっていた。
あの人とお話するのも、言い合いになるのも、簡単に丸め込まれるのも、全て楽しかった。

大きな家にありがちな、高級な置き物や家具をバラバラと並べるのではなく、センスのある良いお品ばかりが、家族やお客様に必要な量だけぴしっと並んでいて、必要な時にいつでも取り出せた。

本棚に並ぶ本も楽しく、よく上司と「あの応接間で、日がな一日中本棚の本を読んで過ごしたい」と言い合っていた。

業者に委託せず、家族さんは何度も何度も遠方からいらして、最後までひとつひとつ、ご自分達の手で片付けをされた。

フクちゃん、お家無くなってしまうんだって。
お庭も今日でおしまい。
分からないよね、
寂しいね。


24.5.27
一時期を思えば活動量がやや減ったが19歳で年齢相応。
元々よく眠っていたが、更に眠る時間が長くなる。
機嫌も良い。

24.7.5
様子は特に変わりなく見えたが、BUN138、クレアチニン7.79と前回の2倍近く跳ね上がっていた。
何で?
どうして?
よく眠ってるけど、しっかり食べてるし、しんどそうなそぶりはなかったのに。

今も可愛い顔で診察台に座っている。

「年末にあった不調と同じく、腎臓がもう限界まで来てる」と医師が言った。

老衰も一緒に訪れていると。






















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