【ホラー小説】バルズの亡霊

バルズの亡霊

フタキは暗い部屋の中で、静かにパソコンの画面を見つめていた。デスクの上には、かつて彼がプロデュースしたデジタルカードゲーム『バルズ』の開発資料が散らばっている。書き込みの多い企画書、未発表のカードデザイン、そして勇者杯のポスター。

バルズのサーバーはすでに停止していた。すべてが無に帰した今、フタキの脳裏には、最後までこのゲームを支えようとした相棒のトミーの言葉がこびりついていた。

「まだ、終わっちゃいないぞ」

しかし、それは現実を無視した幻想にすぎなかった。課金システムは崩壊し、ソロモードも間に合わず、勇者杯すら消えた。歴代の勇者たち、大きなペダルさん、ズズズ、ヤギ乳先生、レベル1高木……彼らはバルズの灯火を輝かせたが、その火も消えて久しい。

フタキはPCの電源を落とし、無意識のうちにサーバールームの扉へ向かった。そこには、もう使われることのないサーバー機がずらりと並び、冷たい金属の匂いが充満していた。

彼は電源ボタンを押した。

……何も起こらない。

当然だ。バルズは終わったのだから。

しかし、次の瞬間。

「……オーイオイオイ……」

かすれた声が部屋に響いた。

フタキは息を飲んだ。聞き覚えのある声。まるで、あの迷惑なプレイヤー、ドシが会場で叫んでいたような、低く、ねっとりとした声だった。

「おーいおいおい……」

もう一度。

フタキは恐る恐る振り向いた。そこには、誰もいない。ただ、暗闇の中で赤いランプがチカチカと点滅しているだけ。

「バグか……?」

だが、バルズのサーバーは停止している。動くはずがない。

そのとき、PCのモニターが唐突に点灯した。

画面には、かつてのバルズのタイトル画面が映し出されていた。

『BALZ - PRESS START』

フタキは恐怖を抑えながらマウスを動かした。勝手にゲームが起動しているなど、ありえない。

しかし、気づくと彼の指は無意識にクリックしていた。

ゲームが始まる。

見慣れたインターフェース。6マスのエリアにユニットを配置する画面。

フタキのデッキには、見覚えのないユニットが混じっていた。黒ずんだカードの中には、顔のないプレイヤーの影がぼんやりと映っている。

彼はカードの説明を読んだ。

《亡霊の勇者》

効果:消滅したゲームの記憶を喰らう。

フタキは息を呑んだ。

カードのユニットが、画面の中で震えながら動き出す。ぎこちなくマスを移動し、やがて敵のユニットを喰らい始めた。すると、画面の向こうから苦しげな声が漏れ出す。

「……たすけて……」

画面を閉じようとした。だが、マウスが動かない。

「やめろ……」

無意識に声が漏れる。

そのとき、ゲーム内のエモート機能が勝手に作動し、フタキのアバターが不気味な笑顔で呟いた。

「まだ終わりじゃないぞ」

その瞬間、フタキの意識は暗闇へと沈んだ——。

翌日、フタキの姿はなかった。

彼のPCモニターには、奇妙なメッセージが映っていた。

「勇者杯、開催中。」

そして、その画面には、新たなエントリー名が追加されていた。

「勇者:フタキ」

第2章:復活の兆し

フタキは、古びたアパートの一室で、ぼんやりとスマートフォンを見つめていた。あのメッセージが届いてから、彼の頭から『バルズ』のことが離れなくなっていた。

「バルズはまだ終わっていない。真実を知りたくば、深夜0時にログインせよ。」

発信者不明のそのメッセージを何度も読み返す。ありえない話だった。ゲームのサーバーは完全に閉じられ、すべてのデータは削除されたはずだ。それなのに、誰かが『バルズ』にログインしろと促してくる。

「くだらない…」

そう呟きながらも、彼の指は知らぬ間にパソコンの電源を入れていた。

闇のログイン

深夜0時。フタキは、消えてしまったはずの『バルズ』の公式サイトにアクセスしてみた。すると、そこにはありえないものが映し出されていた。

[勇者杯 FINAL] という文字が、サイトのトップに堂々と表示されている。

「……勇者杯?まだ続いているのか?」

サービス終了したゲームの公式サイトが、生きている。それどころか、最後の勇者杯が開催されようとしている?

半信半疑のまま、彼は指を動かし、ログインボタンを押した。

画面が暗転し、いつものタイトルロゴが浮かび上がる。懐かしさとともに、胸の奥にぞわりとした違和感が広がった。ゲームのメニュー画面はかつてと同じだが、何かが違う。

「ギルドランキング…?こんな深夜に人がいるはずが…」

しかし、ランキングには見慣れたギルドの名が並んでいた。

そして、最下位に、不気味なギルド名が追加されていた。

???: 忘れられた亡者たち

そのギルドには、どこかで見たことのある名前が並んでいた。目を凝らして見ると、そこに刻まれているのは歴代の勇者杯の優勝者たちの名だった。

大きなペダルさん
ズズズ
ヤギ乳先生
レベル1高木

「……彼らは、今どこに?」

フタキは戦慄した。歴代の勇者たちのアカウントが、今もこのゲームに存在している。サービス終了後のゲームに、ありえない存在が跋扈している。

何かがおかしい。

亡者の対戦

その時、画面が暗転し、新たなウィンドウが開かれた。

[対戦相手が見つかりました]

フタキの心臓が高鳴る。マッチング? こんなはずはない。誰もいないはずのゲームで、対戦が始まるなど……。

対戦相手:ヤギ乳先生

「……は?」

驚愕した。彼は知っている。ヤギ乳先生は、最後の冬の勇者杯で優勝したプレイヤー。しかし、彼は数か月前に事故で亡くなったはずだった。

「これは、何の冗談だ?」

画面が切り替わり、戦場の6マスが表示される。ユニットを配置する画面だ。

だが、違和感は続く。

通常のユニットとは違い、ヤギ乳先生のフィールドには、異様な姿をしたモンスターが並んでいた。

黒く爛れた皮膚を持つ騎士。泣き叫ぶ顔を持つドラゴン。骨と化した神官。

それらのユニットの名前には、見覚えがあった。

「モクンン」
「Aya-na」
「トミー」

フタキの知る人物の名が、それらの怪物たちに付けられていた。

「……これは、一体?」

背筋が凍り付く。目の前で、『バルズ』の亡霊が蠢いている。彼は戦わなければならないのか?

しかし、フタキの手は震え、カードを動かすことすらできなかった。

その時、ヤギ乳先生のエモートが表示された。

「おかえり、フタキ。」

フタキは息を呑んだ。

エモート機能は、確かに対戦相手を煽るためのものだった。しかし、そのメッセージには、かつての煽りとは違う、何か不気味な温度が宿っていた。

画面には、一つの選択肢が浮かび上がる。

[対戦を開始する]
[逃げる]

フタキの手は、どちらに向かうべきか、決めかねていた。

その時——背後で、何かが微かに動いた気がした。

まるで、この部屋の中に誰かがいるかのように。

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